江戸の男女が実際にどんな会話をしていたのか?

 当然ながら録音した音声は残っていないため再現するのは困難…しかし、手がかりはあります。

 それは、戯作(大衆小説)の中のセリフです。読み解くと、身分差、男女差、職業差、年齢差などの厳格な社会だったことがわかります。

 とくに春本や春画の書入れは、江戸の男女が性をめぐる場面でどんな用語を用いていたのか、どんな言い回しをしていたのかを生き生きと伝えています。

 この連載では、江戸の性文化に精通した筆者がこれらを紐解き、江戸の男女の性をめぐるやりとりを再現、江戸時代の男女のリアルをお届けします。

 

図1『会本夜水交』(月岡雪鼎)、国際日本文化研究センター蔵

江戸の男色文化と「菊座」

「菊座」とは肛門のこと。襞(ひだ)が外に向かって広がる形状が菊の花に似ていることから、こう呼ばれるようになった。たんに「菊」ということもある。また、「後門」と書くこともある。

 春本や春画の書入れで菊座は頻繁に用いられたが、男色を描くことが多かったからにほかならない。つまり、菊座は性の用語といえよう。

 

●図1は、表題に「上品穴之図(じょうぼんけつのず)」とある。つまり、菊座(後門)の上級品ということ。

 上品穴は第一、後門に肉多く、ふくらかにして、肌やわらかに、四十二の襞(ひだ)あるゆえ、濡らすに従い、ゆるやかにして、うるおい満ち出でて、味わい、いたってよろしき也。

  春本『会本夜水交』(月岡雪鼎)

 四十二の襞のある菊座が一級品とされた。図1の少年は前髪があるので、陰間(かげま)かもしれない。陰間とは男色の相手をする、男娼である。

 

●菊とも釜とも

 肛門の名を菊と呼ぶことは、前にも言えるが如し。釜と呼ぶことは、またやや後なるにや。

春本『阿奈遠加志』(沢田名垂著、文政年間)

 古くから、肛門のことを「菊」と呼んでいた。ややあとになって、「釜」とも呼ぶようになった、と。

 

●若手の歌舞伎役者は副業で陰間をしていた。こうした役者を、舞台子とか若衆(わかしゅ)といった。大坂出身の男が、若衆と肛門性交をしながら、述懐する。

「若衆をしてからは、女子はむそうて、もみないわいの。……(中略)……尻(けつ)と言うたらば、なんぼもしたけど、わが身のような菊座は、またとあろまい」

春本『柳の嵐』(柳川重信)

「むそうて」は上方弁で、きたないの意。「もみない」は、うまくないの意。「わが身」は、おまえの意味。

 男は、女色より男色が好きなようだ。いったん男とすると、もう女は汚く感じる、と。また、この若衆の菊座は格別なようだ。

 

女色を禁じられた僧侶の相手

●江戸時代、僧侶は女色は禁じられていたが、男色は自由だった。そのため、僧侶は男色の相手として、寺小姓と呼ばれる美少年を寺に置くこともあった。六三という男はある寺の和尚に見初められ、寺小姓をしているあいだに、数々の妙技を会得した。

(六三は)よく和尚の気を慰むるのみならず、後門の味、十六、七の娘の新鉢(あらばち)をとぼすよりもはるかにまさり、やわらかに温かく、また巾着(きんちゃく)の如く、男根を締めてしごきつつ、気をやらせるの妙手を得たり。

春本『華古与見』(歌川国芳、天保6年)

「新鉢」は、処女の陰部である。(第12回参照)

「気をやる」は、射精すること。(第10回参照)

 

●ある僧侶が女と交わり、女陰の味わいに感激している。

「どうも、たまらねえぼぼだ。菊座とは大違いの味だ。ああ、どうも、大違い、ええ、大違い、大違い、それ、大違い、大違い」

 春本『一久禅師諸色問答』(幕末期)

 この僧侶はこれまで菊座はさんざん経験していたが、女体は初体験だったようだ。「ぼぼ」は、女性器のこと。(第1回参照)

 僧侶は、菊座よりぼぼの方が美味と感じていることになろうか。

図2『会本夜水交』(月岡雪鼎)、国際日本文化研究センター蔵

 図1で菊座の上級品を示したので、下級品も示そう。

 図2は、「下品穴之図(げぼんけつのず)」とある。つまり、菊座の下級品。少年は紫帽子をかぶって月代(さかやき)を隠しているので、舞台子であろう。

(編集協力:春燈社 小西眞由美)

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春画で読み解く江戸の男女
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