図1『解体新書銅版全図』(文政9年)、国立国会図書館蔵

 

 江戸の男女が実際にどんな会話をしていたのか?

 当然ながら録音した音声は残っていないため再現するのは困難…しかし、手がかりはあります。

 それは、戯作(大衆小説)の中のセリフです。読み解くと、身分差、男女差、職業差、年齢差などの厳格な社会だったことがわかります。

 とくに春本や春画の書入れは、江戸の男女が性をめぐる場面でどんな用語を用いていたのか、どんな言い回しをしていたのかを生き生きと伝えています。

 この連載では、江戸の性文化に精通した筆者がこれらを紐解き、江戸の男女の性をめぐるやりとりを再現、江戸時代の男女のリアルをお届けします。

 

陰茎が子宮に吸い込まれる?

 春本や春画の書入れのあからさまな文を読んでいて、「え、いったい、女性器のどこの部分をさしているのだろうか?」と迷うことがある。

 あるいは、性行為の手順を読んでいて、「おいおい、そんなこと、無理だろうよ」と、茶々を入れたくなることもある。

 ただし、たとえば春画の男がみな巨根であるなどは、ひとつの約束事なので、ここでは言及しない。

 さて、図1は『解体新書』に掲載された女性器の解剖図である。『解体新書』は日本史の教科書にも出ているので、いまさら説明は不要であろうが、安永3年(1774)に刊行された。その後、多くの人が目にし、学んだはずだが、とはいえ限られた人々だった。

 現在、日本人は義務教育の段階で、人体の解剖学の初歩くらいは学んでいる。しかし、江戸時代の寺子屋教育は「読み書きそろばん」であり、いわゆる理科教育はなかった。

 春本の作者や春画の絵師も大多数の庶民と同じく、『解体新書』の解剖図とは無縁だった。女性器に対する理解は、漢方の伝統的な人体図を土台とした俗信から一歩も出ていなかった。そのことは、図2でわかろう。

図2『枕文庫』(渓斎英泉、文政5~天保3年)、国際日本文化研究センター蔵

 図2が描かれたのは、『解体新書』の刊行のおよそ五十年後、江戸時代も後期である。その時点でも、この程度だったのだ。

 春本作者や春画の絵師が女体について珍妙な理解をしていた代表例として、子宮をあげよう。子宮には「こつぼ」という読み仮名が付いているが、現在の意味の子宮ではない。

 

●お好という女は上開の持ち主だった。男が感激して言う。

「こお、お好さん、おめえのぼぼは、なぜ、こんなにいいのだろう。へのこをちょっと入れると、すぐにいきそうだぜ。子宮(こつぼ)へ吸い込まれるようで、たまらねえ。やるぜ、やるぜ」

春本『風流枕拍子』(歌川国麿)

 男はたまらず射精するが、陰茎が子宮に吸い込まれるなど、荒唐無稽といってよい。子宮(こつぼ)は、膣の奥という意味であろう。上開は第3回参照。

 図2を見ても、子宮(こつぼ)と記した奥に、胎児の入った器官がある。絵師は、現在で言う膣と子宮を合わせたものが子宮(こつぼ)と理解していたのであろう。

 

膣と子宮の区別ができていなかった北斎

●女に、男四人がクンニリングスをする。

「さあ、なめよう」

 と股座(またぐら)へ、みなみな面(つら)を差し入れて、実頭(さねがしら)から空割(そらわれ)より、ペロペロ、ぺチャペチャ、ムニャムニャと、子宮(こつぼ)へ舌の先が折々、いらりいらりとこすりつき、そのこそばゆさ、むずむずと気味のよさ……

春本『縁結出雲杉』(葛飾北斎、文政6年)

 とりあえず実頭はクリトリス、空割は陰唇と解釈しておこう。

 それにしても、男の舌が子宮に届いていることになる。荒唐無稽と言おうか。アリクイのような細長い舌でなければ、とうてい無理である。

 子宮(こつぼ)が現在の子宮の意味でないのは明らかであろう。やはり子宮(こつぼ)は膣を意味していると思われる。

 葛飾北斎ですら膣と子宮の区別ができていなかったのを知ると、ちょっと愉快である。北斎は『解体新書』を見ていなかったに違いない。もし、北斎が人体の解剖図を学んでいたらと想像するのも楽しい。

 

●お沢という女を、男が三本の指を使って愛撫する。

 人差指と薬指で上下をこすり、中指にて子宮(こつぼ)をちょこちょこ突き立てれば、お沢はこの時、たまりかねてや、

「ひい、ひい」

 という声を出し、湯の如き淫水、ずるずる、だらだら、押し流す。

春本『春色入船日記』(歌川国盛二代、嘉永期)

 男の中指が子宮を刺激していることになる。子宮(こつぼ)は子宮ではなく、膣の意味なのは明らかであろう。

 

●女のあまりのよがりように、男もたまらず、

「おいらも、も、それ、いく、いく」

 と言いながら、毛ぎわのとこまでぎっしり押し込み、子宮(こつぼ)の口へ鈴口を向かわせ置きて、ずきずきと男根(へのこ)に胴脈打たせながら、湯よりも熱き淫水をあびせければ、

春本『千摩伊十紙』(歌川国盛二代、嘉永期)

 男はついに射精した。子宮(こつぼ)の口は、子宮の入口ではなく、膣の奥の意味であろう。

 鈴口は、陰茎の亀頭のこと。へのこに「胴脈打たせ」という表現が生々しい。淫水は精液である。しかし、湯よりも熱いというのは、なんとも大げさと言おうか。

 

●おたがい、絶頂に達する。

 女は少しも正体なく、肩息になって気をやれば、男は今はこれまでと、子宮(こつぼ)に向けてどっくどっくと、はじき込みたる腎水(じんすい)に、互いに全身しびれて他愛なく、

春本『小紋帳』(歌川国芳、嘉永6年頃)

図3『小紋帳』(歌川国芳、嘉永6年頃)、国際日本文化研究センター蔵

 腎水は精液である。ここの子宮(こつぼ)は、現代の子宮と見てもさほど矛盾はなさそうだ。ただし、歌川国芳がきちんと理解していたかどうかは疑問である。

 このあと、男は湯を飲むが、図3はその様子を描いている。

(編集協力:春燈社 小西眞由美)