図1『好色訓蒙図彙』(吉田半兵衛、貞享3年)、国際日本文化研究センター蔵

 

 江戸の男女が実際にどんな会話をしていたのか?

 当然ながら録音した音声は残っていないため再現するのは困難…しかし、手がかりはあります。

 それは、戯作(大衆小説)の中のセリフです。読み解くと、身分差、男女差、職業差、年齢差などの厳格な社会だったことがわかります。

 とくに春本や春画の書入れは、江戸の男女が性をめぐる場面でどんな用語を用いていたのか、どんな言い回しをしていたのかを生き生きと伝えています。

 この連載では、江戸の性文化に精通した筆者がこれらを紐解き、江戸の男女の性をめぐるやりとりを再現、江戸時代の男女のリアルをお届けします。

うらやましさを感じる腎張

 腎虚(じんきょ)は艶笑小話、ばれ句(卑猥な川柳)、古典落語などで有名なので、知っている読者は多いであろう。房事過多、つまりセックスのし過ぎで衰弱した状態のことである。腎虚が悪化すると死ぬこともあると言う。

 話としては面白いが、現代人の感覚ではとうてい事実とは思えない。しかし、必ずしも与太話として一蹴することもできないようだ。というのは、江戸時代、人々の栄養水準は低く、とくに動物性たんぱく質の摂取は極端に少なかったからだ。死亡まではいかなくとも、房事過多で消耗し、寝込んだ男はいたであろう。

 図1は、腎虚の男。いかにも、やつれている。右で薬缶が湯気をあげているが、薬を煎じているのであろうか。

 いっぽう、腎張(じんばり)は精力絶倫のことである。好き者や、好色の意味合いもあった。

 ただし、その男が腎張かどうかは外見からはわかりにくい。

 

図2『浮世親仁形気』(江島基蹟著、享保21年)、国立国会図書館蔵

 図2は、大きな商家の主人が次々と店の女中に手を出し、その内のひとりの妊娠がわかった場面である。

 左のふたり連れの男が、主人を評している。

「あの歳で強いやつ」

「悪性な親仁じゃ」

 主人は老眼鏡をかけているので、かなりの高齢である。しかし、腎張だった。「強いやつ」は、忌々しいと感じつつも、腎張と認めていることになろう。

 主人は、その立場を利用し、手あたり次第に奉公人の女を手ごめにしているのだ。現代で言えば、セクハラとパワハラの合体であろう。こう言う状況を知ると、男(筆者も含め)は義憤を覚える。だが同時に、正直に言うと、うらやましさも感じるのではなかろうか。心中、複雑である。

 

「腎虚」「腎張」はどんな場面で使われたか

 では、男と女が「腎虚」と「腎張」と言う言葉をどんな場面で使っていたかを見ていこう。

 

女性上位の体位で交わりながら、女と男の会話。

女「お前のようないい男を、マア、今まで知らずに後家を立てますも、いい面の皮だのう」

男「先の宿六が腎虚したも、マア、もっともだぁ。好きな上に、妙に、マァ、締まりのいいぼぼだぁ」

                春本『津満嘉佐根』(葛飾北斎、文政前期)

 宿六は亭主のこと。女の亭主は腎虚して死んだようだ。女は亭主の死後、孤閨を守ってきた。ところが、男と出会って性の享楽を知ってからは、後家を通してきた年月を悔しがっている。「ぼぼ」は女性器のこと。

「前の亭主が腎虚して死んだのは当然だな」が、男の感想である。それくらい、女の肉体は男を夢中にさせたのであろう。

 

男がまたしようとするのを、女が案じる。

女「あれさ、もう今夜は、およしな。私はいいけれど、男はそんなにすると、腎虚とやらをすると言うから」

男「べらぼうめえ、一晩に二つや三つして、腎虚してたまるものか」

春本『浜の真砂子』(歌川国貞、文政12年頃)

 男にとって、こんな女の気づかいくらい、うれしいものはあるまい。いっぽうで、男としては見栄を張りたくなる。

 男は自分は腎張だぞと、強がりを言っていることになろうか。

 

それまでいた客が去り、ふたりきりになった途端、

男「おらぁ、さっきから、こんなだ」

 と、女の手を取って、へのこを握らせる。脈、ドッキドッキ。

女「おや、厚かましい。きつい腎張だねえ」

男「腎張には誰が仕込んだ」

春本『三体志』(歌川国貞、文政12年)

 ここの「腎張」は、好色の意味合いも込められているようだ。「へのこ」は陰茎のこと。男は性のテクニックを女から学んだようだ。「俺が助平になったのは、おまえのせいだぜ」は、男の身勝手な言い分である。

 

男が女の陰部を見ながら、毛深いのをからかった。

女「おや、憎い口だよ。そんなことを言うと、させねえからいい」

男「ふう、それもよかろう。あんまりやらかして、腎虚でもすると、いけえねえの」

女「おや、ようかし。腎虚する風かえ。腎張でいながら」

春本『華古与見』(歌川国芳、天保6年)

 男は精力絶倫のようだ。女も好き者であろう。好き者同士の会話といえようか。

 それにしても、女からこういう悪態をつかれるのは男冥利に尽きるのではあるまいか。

 

女を愛撫しながら、男がうそぶく。

「腎虚と食傷で死ねば本望だというが、違えねえ。さあ、早く入れよう。この手ざわりじゃあ、こてえられなくなった」

春本『花相撲四十八手』(幕末期)

 食傷は食当たり、食中毒のこと。「性」と「食」を思うがまま楽しんで、それが原因で死ぬのなら、男として本望だ、と。冗談とは思いつつも、男であれば誰しも幾分かは、「できれば、そんな大往生をしたい」という気分があるのではなかろうか。

 それにしても、腎虚と食傷で死ねば本望とは、言い得て妙であろう。

 

 腎張は男にとってあこがれであろう。いっぽうの腎虚は悲喜劇と考えられている。しかし、そこに至る過程を考えると、やはり腎虚は男の理想のひとつと言ってもよいのではあるまいか。

(編集協力:春燈社 小西眞由美)