(1)はじめに
(2)序章 ジャンヌ・ダルクと平将門①

(3)序章 ジャンヌ・ダルクと平将門②
(4)第一章 村娘の冒険①
 ・ジャンヌを止めようとした人①
 ・ジャンヌを止めようとした人②と③
 ・三人のやさしさ
 ・父親は本当に夢を見たのか
右から、ジャンヌの父であるジャック・ダルク像、ヴォークルールの教会 写真/神島真生(以下同)

ジャンヌを止めようとした者

 ジャンヌが預言者として受け入れられるまで、彼女は三人の男性から、その決断を強引に取り消されそうになっている。

 一人目は父親であった。

 ジャンヌが家を出てヴォークルールに赴こうとしているまさにその時であろう。

 彼女自身の証言によれば、「まだ父母と一緒に住んでいた頃」、一五歳のジャンヌは父親から「ジャンヌが兵隊達と連れだって家を出てしまう夢を見た」ことを「何度も言われた」という。それ以降、父母の監視が強化され、兄弟たちからの監視を受けることになった。

 父親は、ジャンヌの兄弟たちに「儂がジャンヌのことで夢にみたようなことが起きるぐらいなら、あの娘を溺れさせてやりたい。お前達にできないなら儂自身でやってやる!」とまで訴えたという。半狂乱といっていい。

 だがジャンヌは、黙って旅立ってしまった。

 娘の出奔を知った父母は、「気を失うばかり」に絶望したという。

ジャンヌを止めようとした者②と③

 二人目は、そのヴォークルール初訪問のときである。

 おそらくクリスマスの数日後、ジャンヌがヴォークルールを訪れると、そんな娘がやってきたことを奇異に思った隊長(ロベール・ド・ボードリクール)は、ジャンヌに同行者していた彼女の親戚の男性(叔父ラクサール)に「平手打ちをくわせて追い返せ」と帰宅を厳しく命令して、追い払った(小説などの創作物では、ボードリクール本人が平手打ちすることが多い。しかし事実はそうするよう伝えただけで、実際に誰かが平手打ちしたかどうかは不明)。

 三人目は、先の隊長の部下で準騎士のジャン・ド・メッスであった。

 メッスは、貧相な赤い服を着た村娘を見て、「娘さん、ここで何をしようというんだね。王様は国から追い出され、俺たちはイギリス人にならなければならないのかね?」と蔑むように言い放ったという。

 しかしジャンヌはこれを毅然と言い返して、メッスにその侮りを後悔させた。

三人のやさしさ

ヴォークルール城

 三人に共通するのは、目の前の素朴な村娘を戦場に送り出したくないという思いであろう。

 特に兵士たちの辛辣さは、男たちが破壊と殺戮に明け暮れる戦場の恐ろしさを味わう前に日常に戻れということを、身をもって教えてやろうとするものに違いない。

 今日的な女性への偏見や差別的蔑視ではなく、そのように振る舞うことで、まだ子どもであるジャンヌの思いを挫折させ、危険から遠ざけたかったのである。

 その証拠として、ボードリクールとメッスはジャンヌの覚悟が本物と思い知ると、その活動を全面的に支持するよう方針を改めている。

 軍人貴族のボードリクールは、二度目の訪問を受け入れ、ジャンヌの身支度を整えさせており、準騎士のジャン・ド・メッスはジャンヌがあまりにも堂々と言い返してくるので、すぐに態度を改めて、彼女を王太子シャルルのもとまで護衛することを神に誓い、従者の服をジャンヌに与えて男装の支度をさせた。

 以後、メッスは六人の兵を率い、彼女の実質的な護衛隊長として活動することとなる。

父親は本当に夢を見たのか

ジャンヌ・ダルク中心の家系図

 それにしてもジャンヌの決断は、誰が聞いても無謀だと思う大変な出来事だった。しかし彼女の覚悟が本物であることは一目瞭然であった。

 ただ、ジャンヌの父親はどうやってジャンヌの決意を知ったのだろうか。それに自分が見た夢をなぜジャンヌ本人に何度もいう必要があったのだろうか。

 この点を国内の研究で追求した例を見ていないが、父親は誰かジャンヌと親しい人から彼女の計画を聞かされたのだろう。そしてその人はきっとジャンヌから誰にもいわないでと釘を刺されたと思われる。その人が誰なのか不明だが、その人は先の兵たちと同じくジャンヌの恐ろしい計画をやめさせたかった。

 そこで彼女の父親に密告したのである。

 父親は情報源を明かすことなく、ジャンヌを翻意させるには“わしは前にこんな夢で見たが、まさかそんなことはしないだろうな”と言葉を濁すしかない。現代人ならないことであるが、ジャンヌの父親は夢のお告げというフィクションを作り出し、説得の方便としたのだ。

 父親のいう「兵隊達と連れだって」とは、娘が戦場の男たちの欲求を慰める役になることを意味する。娘にそんな気がなくても、そのような運命に演じることは充分ありえる。そしてそれだけは絶対に許せないことで、殺してでも止めなければならないと考えたのだった。

 ここからわかることは、父親は人並み以上に道徳的な男で、娘にふしだらなことをさせたくないと願っていたこと、そして真相を明かせない事情があった場合、神秘体験じみた作り話を告げてでも、行動力ある娘の決意を食い止めようとする意思の強い人間だということである。このような厳しい父親に育てられたのだから、ジャンヌが道徳を重んじ、何事も真面目で、人の模範たらんとする意思の強い女性に育ったのも不思議ではない。

 15歳のジャンヌは、父親が見たという「夢」が作り話であることぐらいすぐに理解したであろう。

 聡明な娘であるから、心を許した人物が密告者だったこともそれとなく察したはずである。善意であろうとも、その人物に裏切られたようなもので、思春期らしいショックを受けたかもしれない。しかし彼女は何も言わなかった。

 一年ほどであろうか。それとももっと短かっただろうか。家族に出奔を疑われて監視下にある間、彼女は自らの傷心を癒しながら、今後取るべき行動を練りながら時を過ごしただろう。

 これが思春期のジャンヌが極めて個性的な人格を形成していく大きな一因となったのではなかろうか。

 ジャンヌは父親との確執、味方であるはずの人物の密告から、“真実は人に語るより前にまず実行しなければならない”と学んだに違いない。真実と善意は、時として理想と現実を阻害する。親しい人にもおいそれと心を許すことはできない。真実は胸のうちにしまい込むべきで、すべては実践と結果が勝るのである。

 そして、歯を食いしばり、自分は決して、父親が危惧するような道にだけは陥らない、それを証明するとの思いも固めたことだろう。

 ここにジャンヌは自身の前に立ちはだかる壁の乗り越え方を学び取り、普通の人間なら足を踏み入れない運命へと進む精神を獲得する。そのため、彼女を待つ運命は、ここにかえって過酷度を増していくことになる。

 ジャンヌを阻止しようとした父親、ボードリクール、そしてメッスがはじめに予想した以上に過酷なものであった。

前回 序章 ジャンヌ・ダルクと平将門②

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