陣笠、旗指物、お貸し具足──誰もが思い浮かべる「足軽」の姿は、実は後世に作られたフィクションだった。彼らは農民だったのか、略奪は日常だったのか。

 同時代の史料を手掛かりに、足軽から戦国社会の実像へ迫る。

 今回は「雑兵」について、戦国時代の史料には「雑兵」という単語が見えるが、そのビジュアルをイメージする時、一般の方は『雑兵物語』に描かれたキャラクターを想像する。だが、これは戦国時代の史料ではなく、徳川時代の小説であることに注意を要する。

 まずは先入観を取り払うことから進めてみよう。

著者・乃至政彦
歴史家。著書に『戦国大変 決断を迫られた武将たち』『謙信越山』(SYNCHRONOUS BOOKS)、『上杉謙信の夢と野望』(KKベストセラーズ)、『平将門と天慶の乱』『戦国の陣形』(講談社現代新書)など。書籍監修や講演活動なども行なっている。1974年生まれ。高松市出身、相模原市在住。

『雑兵物語』の史料性を再検証

 まずは、足軽の視覚イメージの源流から見てみよう。

 戦国時代の足軽と聞いて、まず想像されるのは『雑兵物語』(全二巻)の雑兵である。一般的には、同書は天和貞享(1681〜88)の頃、上野国高崎城主・松平信興(1630〜1669)の著作とされることが多い。

 徳川時代の岡山藩士・湯浅常山(1708〜81)も「信興作ノヨシ」とこの説を支持している(『文会雑記』)。

 だが、根拠を追ってみると、通説は正確ではない。

 説の出所は、最古の写本奥付に、「此書者松平因州公(信興)之撰集也、源本補筆するもの也 享保十三戌申三月三日 日下部景衡」もあることに起因する(中村通夫解説/中村通夫、湯沢幸吉郎校訂『雑兵物語・おあむ物語』岩波文庫、1942)。

 ここにあることをそのまま読めば、『雑兵物語』の最初の原本は、松平信興が編者や著者ではなく、現存する最古写本の原本が松平信興によって編纂させられたものと考えられる。...