「歴史ノ部屋」でしか読めない、戦国にまつわるウラ話。今回はなんと、大人気キャラクター、サンリオの「キティちゃん」の音声交代から、戦国大名の理念を考えます。
2022年4月19日、横浜でのサンリオ創業60周年展示会にて 写真/つのだよしお/アフロ

戦国大名の理念と標章

 戦国時代の大名たちは、今の企業と違って、理念や社是を明確に打ち出すところがあまりない。ただ、壁書などに家法を明示して理念を言語化するところもないではなかった。

 例えば伊勢宗瑞(北条早雲)の息子で、北条氏康の父である北条氏綱は、「義によりての滅亡と、義を捨てての栄華は天下格別である」とその遺言に伝えており、実際氏康はこの言葉を強く意識したかのように、とても義理堅く生涯をまっとうしている。

 このほか、戦国武将たちの中では、旗印や印判になんらかの標章を示すことで、自身の個性を強く打ち出す傾向が増えていた。

 例えば尾張の織田信長は、軍旗(小旗)に「永楽銭紋」を飾った。織田家伝統の家紋ではないところが、それまでの時代と異なっている。この時代、同族同士の内紛が増えていたので、家紋とは別の個人的資質を示すマークが必要になり、信長も独自の紋様を使おうと考えはじめたのだろう。

 そして美濃を制圧すると、「天下布武」の印判を使い始める。この言葉は信長の造語で、特に明確な意味を備えてはいないようだが、見る者の多くは「天下を武力で制する」の意味で受け止めただろう。

 信長本人はといえば、確かに気宇壮大なところがあり、実際にこのあとすぐ上洛して足利幕府を復興させた。ところが幕府の政治に関与する意欲まではなく、できれば美濃・尾張の地方大名として落ち着いた余生を過ごしたかっただろう。

 ところが天下はそのような運命を許さなかった。京都方面は権威だけの将軍よりも信長の実力に期待して、行政に介入することを強く求め、信長も仕方なくこれに応じるうち、将軍と不仲になり、あとは周知の通り「天下布武」の道へと突き進んでいった。

 さて、ここでサンリオのキティちゃんである。

キティちゃんの声が変わった

 私は歴史業に身を置いており、いつも400年以上も昔の戦国時代の話ばかりしているが、今回は我々が直面している現代の話をしよう。...