この夏、劇場版「無限城編」が公開される『鬼滅の刃』。シンクロナスのコンテンツ「歴史の部屋」でお馴染みの乃至政彦さんが、歴史家ならではの視点で、作品世界の「歴史の謎」に挑みます。

最終回に登場した『善逸伝』は、本当に善逸が書いたのか?鬼殺隊はなぜ「非公認」のまま活動できたのか?無惨のあの「パワハラ会議」に、実は超合理的な戦略が隠されていたとしたら?物語最大の謎、無惨と産屋敷家の千年の因縁の起源とは? 最強の鬼・無惨が、なぜついに「千年王国」を築けなかったのか……。

第4回は、「鬼舞辻無惨の千年史」として、鬼舞辻無惨が名付けたという十二鬼月の名前から、彼らの真相に迫る。

作品を愛する著者が、歴史という補助線を引くことで導いた考察をお楽しみください。

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【ネタバレ有り】
この記事には『鬼滅の刃』第23巻に掲載されている最終話のネタバレが書かれています。未読の方はご注意ください。

鬼舞辻無惨に歴史あり

 鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)がいくら1000年以上生きていたとしても、その思考法は、人間のそれと根本的に同じであろう。同じ知的生命体でも、ミ=ゴやバルタン星人やキュゥべえより、遥かに人間的である。それもそのはず、『鬼滅の刃』世界の鬼たちはすべて元・人間だからである。

 例えば、無惨が「千年以上生きていると喰い物が旨いという感覚も無くなってくるが飢えていた/今の食事は実に美味だった」と述べるところがあるが(第180話)、このセリフは人間味に満ちている。それは無惨が人間たちと同じ文化と時代にあり、しかもその延長上にある存在だという認識を、語り手(無惨)と聞き手(鬼殺隊)が共有していることを前提に、主観的心情を伝えようとしているからである。先述の異星人たちならどれもあり得ないことだ。

 鬼舞辻無惨に歴史あり──。長期的に変化存続するありとあらゆるものに歴史がある。歴史は人類以外にも存在する。建築物、病気、地理の歴史。百姓どころか豚にだって歴史がある。野猪が飼育に適応するようになると、敵を狩る牙も身を守る毛皮も必要なくなり、歯と骨が小型化して、家畜の豚に変態していった。この経緯を歴史というのだ。

 ならば、単体で1000年以上、知的生命体として意識を持ち続けた鬼舞辻無惨という存在にも、当然のごとく歴史がある。無惨は「私が嫌いなものは“変化”だ」「あらゆる変化は殆どの場合“劣化”だ/衰えなのだ」(第98話)というが、歴史とは変遷そのものである。無惨も初めから我々の知る無惨であったわけではない。無数の変化があって、鬼滅作中の無惨として完成したわけである。

 これから、無惨の千年史を追跡してみたい。

無惨のネーミングセンス

 無惨の思考の変化を見るにあたり、わたしが注目したいのは、鬼たちの名前である。人間のセンスや好みには、時期によって変化がある。無惨も同じだろう。...