2022年4月26日に行われた高澤等氏と乃至政彦氏の対談Liveアーカイブです。これまで描かれてきた天才・織田信長像が近年変化していること、織田信長と浅井氏の関係、織田信長は何が優れていたのかなど。(以下で本編の一部を公開。)

【動画内容】 総再生時間:1時間25分25秒

・織田信長の父・織田信秀は戦国大名なのか
・織田信長と経済基盤
変化した織田信長像(以下で内容を公開しています)
・フィクションとノンフィクションの共存
・信長の転機となった比叡山の焼き討ち
・足利義昭、武田信玄の動き
・浅井氏との関係
・振り回された織田信長
・明智光秀の肖像画は本人か
・質問タイム
・もし「手取川合戦」の後、上杉謙信が上洛を試みたら

 

【一部公開】変化した織田信長像

乃至政彦(以下、乃至) 信長像ってだいぶ変わってきましたよね。ここ10数年特に。

高澤等(以下、高澤) 『新・信長公記』を書き始めた当初は「天才・織田信長」という感じで書こうと思っていました。

 だけど書き始めてすぐに天才じゃないなと思って、信長が天才だっていう言葉は1つも使っていない。あとがきでは信長は天才じゃなかったと書いています。

 ですからやはり時代によって変わると思うんだけど、今でもTVや小説の信長は天才で、中世を壊して近世の扉をこじ開けたとか、無神論者とか残虐とか、そういうことは時代遅れだと思いますね。

 

乃至 「天才・織田信長」と表現するところはTVや一部の小説で残ってはいるんですよね。

 しかし研究のほうでは全く別のベクトルになって、今は信長像が二極化していますよね。

『新・信長公記』では信長を人間として注目していますよね。天から降って湧いた天才がすべてを解決する。強引にどんどん塗り替えるんじゃなくて現場にいた人間がどう考えているかってことに重点を置いていて新鮮でした。

 研究と「天才・信長像」の真ん中「人間・信長」についてはあんまり出てきてないなと。

高澤 我々と同じように生活していたんだからね。TVにしても、予定調和というかもともとの信長像を求める層は巨大で、それに答えざるを得ない部分はあると思うんですよね。

 ごく一部、BSとかになると地上波と違ってコアな人たちが観るので、そういうところだと新たな信長像を出しやすいと思うんですけど。

 特にドラマでは新しいものを追求していくことが難しいことは理解しています。

乃至 この前の『麒麟がくる』の信長は両方に気を配った信長になっていたなと思うんですけど、そのハブとして狂気が使われているのかなと。

 人間的にすごく偏った人物にしてハブを埋めようとしたからああいう信長像になったのかなという気がしたんですよね。観る側のストーリーとしては面白いけどこれからの過渡期にある信長なのかなっていう感じは強かったですね。

 今やっている大河ドラマの義経なんかもそうなんでしょうね。研究を配慮しながら、今までの軍師的な天才・義経。その中間を埋めるために非常に偏った人間にすると埋めやすいのかなと思いました。続きは【動画】からお楽しみください!

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