この夏、劇場版「無限城編」が公開される『鬼滅の刃』。シンクロナスのコンテンツ「歴史の部屋」でお馴染みの乃至政彦さんが、歴史家ならではの視点で、作品世界の「歴史の謎」に挑みます。(全7回)
最終回に登場した『善逸伝』は、本当に善逸が書いたのか?鬼殺隊はなぜ「非公認」のまま活動できたのか?無惨のあの「パワハラ会議」に、実は超合理的な戦略が隠されていたとしたら?物語最大の謎、無惨と産屋敷家の千年の因縁の起源とは? 最強の鬼・無惨が、なぜついに「千年王国」を築けなかったのか……。
歴史家が考察する『鬼滅の刃』の謎の最終回となる第7回では、鬼舞辻無惨の支配から自力で逃れた唯一の鬼「珠世」を紐解く。
作品を愛する著者が、歴史という補助線を引くことで導いた考察をお楽しみください。
【ネタバレ有り】
この記事には『鬼滅の刃』第23巻に掲載されている最終話のネタバレが書かれています。未読の方はご注意ください。
この記事には『鬼滅の刃』第23巻に掲載されている最終話のネタバレが書かれています。未読の方はご注意ください。
歴史の証人、珠世
『鬼滅の刃』において、珠世は極めて特異な存在だ。鬼舞辻無惨の支配から自力で逃れた唯一の鬼であり、鬼でありながら人間を救うことを目指す医者。
彼女が人間だったのは、戦国の世。物語の舞台である大正に至るまで、彼女は約400年という長い時間を生き抜いてきた。
彼女の人生は、単なる復讐譚ではない。
それは、日本の近世から近代への大転換を、その身をもって体験した「歴史の証人」の記録でもある。
本稿では、歴史学、科学史、そして女性史の視点から、珠世の400年の軌跡を辿り、彼女が見つめてきた日本の姿を考察したい。
その一:(戦国~江戸初期)隠遁と絶望、復讐の萌芽
珠世が鬼と化したのは、戦乱の末期。夫と子を失う絶望の中で無惨の手に落ちた彼女は、我に返った時、自らの手で愛する家族を殺めていた(第138話)。この原体験こそ、彼女の長い旅の始まりである。...