オリンピックイヤーということもあり、さまざまなドラマのあった2025-2026シーズン。選手たちはどんな思いだったのか?
電子書籍『日本のフィギュアスケート史 オリンピックを中心に辿る100年』(日本ビジネスプレス刊)の著者である松原孝臣さんが注目選手に振り返りと、次のシーズンの展望を伺いました。
今回は女子シングル、青木祐奈選手です。
●青木祐奈インタビュー(前編)はこちら
「4月1日に決めました」
「表現者」たるフィギュアスケーター青木祐奈は、表現することにこだわり、そして表現することにスケートの魅力を見いだしてきた。それはどこで育まれたのか。
「(以前指導を受けていた)都築章一郎先生のときから音楽をかけて、そこで踊って、という練習をいつもしていたのも大きいですし、今までのスケーターだったり、スケートに関係なくエンタメを見ているときに、感情を動かされる表現をする人がすごく好きで、そうなりたいという憧れがありました。それが自分の中でもいちばん楽しいことだなとほんとうに気づいたのはここ数年かなと思うんですけど、小さい頃からの積み重ねがあるのかなと思います」
ただ、誰もが「表現したい」と思っていても、形にできるわけではない。表現として形にできる、できないの差をどう考えているのだろうか。
「感性とかそういうのが大事になってくると思うので、スケートだけでなくいろいろなところから吸収していくのが大切なのかなと思います。ダンスだったり、ミュージカルだったり、そういうのも見て、感性を研ぎ澄ますじゃないですけど、極めていくうちに表現の力も上がってくるのかなと思っています。自分の理想に近づくように見よう見まねでも真似するみたいな、そういうことは小さい頃からたくさんしてきたので。今、音楽を楽しむことがフィギュアスケートの表現の魅力かなと思っているので、そこにフォーカスしてやってます」
青木は多くのスケーターから「音をとれる選手」とも評される。「音をとれる」ために大切なのは何なのか。
「まず音楽を聴けるか聴けないかが第一段階だと思います。次に、聴こえていても動きが追いつかないこともあります。そこだけをフォーカスしてやっていくわけではないんですけど、動きのバリエーションだったり切れみたいなところを強化していったり、いろいろなことをしていくうちにできるのかなと思います。
私は小さい頃から母の影響で音楽を聴いていたり、都築章一郎先生に、何をやるにも音楽を流して『それに合わせろ』と指導を受けていたので、それが身に着いて今の私が完成しているかなと思います」
培ってきたものがあって、現在があることを一連の言葉は示している。
その一つの到達点となった2025-2026シーズンを終えて、競技生活を継続するかどうか、考え続けた。
そして続行を決断した。
「4月1日に決めました」
それに先立つ3月25日にはフィギュアスケート日本代表エキシビション「ドリーム・オン・アイス」の出場者が発表され、青木も名を連ねていた。その時点で現役続行を固めていたとはたからは思われたが、実際はまだ決めていなかったことになる。
「『ドリーム・オン・アイス』は続ける、続けない、を決めていない段階でお声がけいただいていて、引退するのであればゲスト出演で、というお話でした。ただ私が決めるのが遅かったので、あの形で発表になりました」
青木は続行と引退のどちらを選択するのか、「半分半分」だったと振り返る。
「四大陸選手権で優勝して、終わったときは『まだ行けるんじゃないか』とポジティブな気持ちがありました。ただ、四大陸が終わったあとすぐに国スポ(国民スポーツ大会)があったんですけど、優勝というタイトルを背負って初めて出る試合で、思った以上の緊張がありました。そこでさらに悩むようになって、(指導を受ける中庭健介)先生とも相談しました。先生からは『(出演が決まっていた)アイスショーに行って新しい環境や出会いもあるだろうし、そこで考えることも変わるだろうから』と」
そして「今回は、先生も半分半分な感じでした」と付け加えると、言葉を続けた。
「去年は中庭先生の言葉に背中を押されたのが続けたきっかけにもなったんですけど、今回は先生も迷って、私も迷って、という感じで、なかなか決めるに決めきれなかったです」
「年齢が上がって下の子たちが増えていく中でこのアカデミーという環境にいると、指導にも興味が湧いてくるので、まずはお手本になり、将来的には中庭先生はじめMFアカデミーの力になれたらいいなと思います」
心に残ったマリニンの言葉
進退を考える中、2月26日から3月7日にかけて、スイスのチューリヒなどで開催されたアイスショー「Art on Ice」に出演する。今年で30周年を迎える歴史あるショーで、2013年に日本で開催したこともある。日本開催時を除けば、出演した日本のスケーターは、佐藤有香、荒川静香、安藤美姫、高橋大輔、宮原知子しかいない。その列に加わったことになる。
「楽しくて、ほんとうに光栄だなって思いながらも、『自分はこれがしたいんだな』って感じました。スポットライトを浴びて一人で滑るのも、アーティストさんやダンサーさんとコラボするのも貴重な機会でした。規模の大きいアイスショーだったので、モニターとかも凝っていましたし、演出も面白いなと思いました。アイスショーの見せ方もそうですし、ダンサーさんもたくさんいらっしゃったのでそこから刺激をもらったり。オリンピックに出場したスケーターも多かったんですけど、みんなオリンピック直後なのにすごい練習をしていて、まだまだ自分も足りないなと感じたのがいちばんの収穫かなと思います」
3月19日から22日にかけては「滑走屋~第二巻~」に出演。青木は一昨年の初回公演から継続して参加しているが、これまでの「滑走屋」と異なり、ストーリーが加えられた。
「自分はストーリー性のあるものをやるのが好きなので、入り込みやすかったなっていう印象です。演技指導をしていただく中で、アイデアを自分の今後にいかせるかなと思ったり、何かを伝えるとなったら、もっと感情込めて役に入り込むことが必要かなと思いました」
それぞれのアイスショーでは出演者たちと自身のこれからについての話もした。
「それこそ滑走屋では(島田)高志郎や(村元)哉中ちゃん、(村上)佳菜子ちゃんに相談しましたし、Art on Iceにいたみんなにも『どうするの?』と聞かれて。ただみんなトップで戦っているから苦労も分かるし、簡単に『続けなよ』とは言わなかったです」
一方で、Art on Iceに出てみて心に残る言葉があった。
「皆さん優しくて、『美しいスケートをありがとう』とおっしゃってくださってうれしかったですね。スケートだけじゃなくいろいろな方面を観ている方からも『美しい』と言っていただけて自信になりました。イリア(・マリニン)からは『(ユナは)ジャンプがなくても魅せられるから』とふと言われたのもすごいうれしかったですし、今まで頑張ってきたことが無駄じゃなかったんだなと思いました」
そうした言葉も、もしかしたら後押しになったのかもしれない。時間をかけた末に、競技生活を続ける道を選んだ。
「今シーズン、家族をはじめ(中庭)先生も喜んでくださって、それが自分にとって励みになりましたし、周りの人も喜んでくれるということが自分はうれしくて。プロとしてももちろん、魅せるスケートを徹底できると思うんですけど、競技だからこそ得られる感動というのは選手じゃないとできないと思っていて、それを全日本、四大陸で味わった分、さらに経験したいなという気持ちが芽生えていたのと、辞めてしまったら戻ってこれない、それに尽きるかなと思います」
自分のスケートを極めたい
新しいシーズンのプログラムは——。
「いや、全然。今、振付師を探したりコンタクトを取ったりという段階です。やりたい曲はいくらでもあるんですけど、やっぱり去年のイメージがある分、下手に動けないというか。本心で言うと、去年をいったん忘れてフラットな目で見ていただきたいなと思いながら、また新しい一面を見せられたらいいかなと思っています」
新たなシーズンでどうありたいのか、思い描いている。
「外から見ると、四大陸選手権で優勝の次は世界選手権を目指してとか、そのステージになってくるとは思います。もちろん行けたらうれしいですけど、結果ではなく昨年同様、いいものを創ってお見せしたい、自分のスケートを極めたいという思いが強いです。私の演技をより多くの方に見てもらえるチャンスが選手という立場なので、自分の中でいい作品を創り上げて、シーズンが終わったときに『今シーズンもすごい良いプログラムだったね』って言ってもらえるような1年にしたいなと思います」
ときにどん底と形容できる時期を味わった。失意に沈むこともあった。自分の可能性に疑いを向けたときもある。
それでもスケートから離れることはなかった。24歳になった今日までスケートを続けてきた。そして今がある。
その軌跡は後進の手本となる。限界を自分で決める必要はないこと。「◯歳がピーク」といった言葉がいまだに出ることもある世界にあって、限界やピークが定められているわけではないこと。「ジャンプだけではない」スケートの魅力を体現していることとともに、大切なことを伝えている。
当の本人は、自身をこう表す。
「とにかく曲を表現するのが大好きなスケーターかなと思いますし、これだけ『やめる、やめる』と思いながら続けているので、スケートが大好きなスケーターなのかなと思います」
これからを語る中にあった言葉もまた、青木祐奈というスケーターの芯を示していた。
「『ラ・ラ・ランド』でさらに幅が広がったんですけど、まだできない部分がたくさんあるのでその部分を突き詰めていきたいです。子どもみたいな目標なんですけど、もっと上手になりたいです」
氷上に新たな世界を築くために。青木祐奈は、新たなシーズンへ進もうとしている。
●青木祐奈インタビュー(前編)はこちら
*JBpressでの連載「フィギュアスケートを支える人々」(2024年8月30日公開までの一部)と、書き下ろしを含む電子書籍『日本のフィギュアスケート史 オリンピックを中心に辿る100年』(松原孝臣著/日本ビジネスプレス刊)が発売中です。
冬季オリンピックが開催されるたびに、日本でも花形競技の一つとして存在感を高めてきたフィギュアスケート。日本人が世界のトップで戦うのが当たり前になっている現在、そこに至るまでには、長い年月にわたる、多くの人々の努力があった——。
日本人がフィギュアスケート競技で初めて出場した1932年レークプラシッド大会から2022年北京大会までを振り返るとともに、選手たちを支えたプロフェッショナルへの取材を掲載。
プロフェッショナルだからこそ知るスケーターのエピソード満載。
さらに、高橋大輔さんの出場した3度のオリンピックについての特別インタビューも掲載されます。
フィギュアスケートファンはもちろん、興味を持ち始めた方も楽しめる1冊です。
『日本のフィギュアスケート史 オリンピックを中心に辿る100年』
著者:松原孝臣
出版社:日本ビジネスプレス(SYNCHRONOUS BOOKS)
定価:1650円(税込)
発売日:2026年1月20日
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