岡万佑子 撮影/積 紫乃

オリンピックイヤーということもあり、さまざまなドラマのあった2025-2026シーズン。選手たちはどんな思いだったのか?

電子書籍『日本のフィギュアスケート史 オリンピックを中心に辿る100年』(日本ビジネスプレス刊)の著者である松原孝臣さんが注目選手に振り返りと、次のシーズンの展望を伺いました。

今回は女子シングル、ジュニアの岡万佑子選手です。

この記事は2026年4月1日、「JBpress」に掲載されたものです。

世界ジュニア選手権で銅メダルを獲得

 ミラノ・コルティナオリンピックをはじめ数々の大会で日本の選手が注目を集めた2025-2026シーズン。

 その中で、脚光を浴びたジュニアの選手がいる。岡万佑子(木下アカデミー)だ。

 高校1年生の岡は今シーズン、ジュニアグランプリシリーズに初めて参戦。そのデビュー戦となったトルコ大会で初優勝を飾るなどしてジュニアグランプリファイナルに進出する。

 4度目の出場となった全日本ジュニア選手権で2位になり初めて表彰台に上がる。全日本選手権ではショートプログラムでトリプルアクセルを成功させ5位。そうそうたる顔ぶれがそろう中、フリーは最終グループ入りする。迎えたフリーでもトリプルアクセルに成功し6位、五輪代表選考のかかったハイレベルな舞台で大健闘をみせた。

 3月には世界ジュニア選手権にも初めて出場し、堂々、銅メダルを獲得してシーズンを終えた。

「1つ1つ、初めてする経験が多かったので、それをどんどん次にいかしていきたいなっていう思いもあったし、自分の中でも『少しずつ成長しているな』と感じて、もっともっと成長したいっていう思いが強くなりました」

 と、シーズンで得た収穫を語る。

 これらの成績、トリプルアクセルもさることながら、脚光を浴びたのは別の要因もあった。

 岡は身長153cmと小柄だ。だが、氷上で滑っているときは、シニアの選手が「160cm後半くらい?」と思ってしまうくらい、大きく感じさせる。

 スピンなどでは他の選手にはない、独特のポジションをとれる柔軟性をみせた。

 それらの特徴が演技を引き立たせるとともに、優雅さを漂わせる滑りで観る者を惹きつけたのだ。

2026年3月7日、世界ジュニア選手権、女子シングル、フリースケーティングでの岡 写真/アフロ

「実際に会ったら小さいんですけど、ほかの人から『身長、高く見えるね』って言われます。(手足の長さは)特に長いと思ってなくて、ふつうかなと思います」

「『柔らかいね』と言われます。でも、特別に何かをやっていたわけではないです」

 と笑うと、こう続ける。

「リンクですごい大きく見えるのはいいことであるので、今後も大きい演技ができるように頑張りたいです」

北海道から京都へ、木下アカデミーへの移籍

 将来を嘱望される一人と目されるようになった岡は、北海道札幌市出身。6歳のとき、体験教室に参加し、「楽しい」と感じてスケートを始めた。

 当初は遊び感覚だったが、いつしか心境は変化していった。

「だんだんジャンプとかできるようになっていったり、バッジテストで上の級まで行くようになって、『もっと取り組みたい』という思いになりました」

 その後、育成を目的とした日本スケート連盟の「野辺山合宿」に参加する機会があり、気持ちはより強まっていった。

「同い年のライバルと関わりが深まって、自分ももっともっと頑張ろうという気持ちが強くなりました」

 中学1年生のときに出場した全日本ノービス選手権で2位となるなど頭角を現した岡は、大きな決断をする。京都にある木下アカデミーへの移籍だ。

「たくさんの選手に刺激を受けたいし、オリンピック選手を出しているコーチに習いたいと思いました」

 移籍すれば家を離れ、転校する必要がある。生活そのものが変わる。でも、「もっともっと成長したいという思いが強かった」から、ためらいはなかった。

「姉は2人いるんですけど、『頑張っておいで』って応援してくれました」

 中学3年になるとともに母と移り住み、スケートに励んだ。環境は、望んでいた通りだった。

「リンクがきれいで滑りやすいです。練習時間もたくさんくださって、ひと枠の人数も以前いたところより少ないので、しっかり集中してやることができます。バレエやコンディショニングトレーニングをできるのも自分にとってありがたいことです」

 ジャンプにも磨きをかけることができたという。

「(濱田美栄コーチは)ジャンプをしっかり教えてくれます。例えばコンビネーションジャンプの成功率を上げるにはどうしたらいいか、すごい的確に教えてくださったり、トリプルアクセルをクリーンに降りられるようになったり、先生の教えがあったからこそだと感じます」

 京都に来てからの2年をこのように振り返る。その日々が、2025-2026シーズンの飛躍をもたらした。

インパクトを残せるように

 

 たしかな存在感を示すようになった今、スケートの魅力をこう語る。

「ジャンプが跳べるようになったり、自分のできなかったことができるようになったときの喜びがいちばんの魅力かなと思います。大会に出場して優勝できたり、今出せることを最大限に出せたとき、さらに次に向けて頑張ろうという思いが強くなります」

 ジュニアグランプリファイナルや全日本選手権では多くの観客のもとで滑った。緊張しつつ、充実感もあった。

「拍手とか、手拍子をもらった方が楽しいですし、曲をしっかり表現して皆さんに伝えられたらという思いがあります」

 そしてさらなる成長を誓う。

「人ができないようなポジションのスピンであったりコレオであったり、インパクトを残せるようにもっともっと頑張っていきたいところでありますし、もっとジャンプの成功率をあげたうえで、大会でも加点がもらえるようにして、強みにできればと思います」

 シーズンは終わり、次を見据える。

「今シーズン、海外の試合に初めて出させてもらったり、たくさんの経験をさせてもらいました。来シーズンもしっかり海外の試合に出場して、ファイナルにも出場したいという思いが強いです。(6位だった)ファイナルは悔しい気持ちだったので、リベンジとしてもっと成長した姿を見せれるように頑張りたいです。国内の大会でも全日本ジュニアでもっともっといい演技ができるようにしたいし、全日本選手権でももっといい結果が残せるように頑張りたいなっていう思いが強いです」

 もう1シーズン、ジュニアで戦ったあと、シニアに上がることができる年齢に達する。

「将来の夢はオリンピックに出ることなので、4年後もしっかり意識して頑張っていきたいなと思います」

 丁寧に、一生懸命に話そうとする姿と、柔和な、という言葉が思い浮かぶ物腰。一方で、スケートへの取り組みには、京都へ移ることの決断が象徴するように、芯の強さを思わせる。

 内面に秘めた情熱とともに進む岡万佑子の未来は、どこまでも広がっている。

 

*JBpressでの連載「フィギュアスケートを支える人々」(2024年8月30日公開までの一部)と、書き下ろしを含む電子書籍『日本のフィギュアスケート史 オリンピックを中心に辿る100年』(松原孝臣著/日本ビジネスプレス刊)が発売中です。

 冬季オリンピックが開催されるたびに、日本でも花形競技の一つとして存在感を高めてきたフィギュアスケート。日本人が世界のトップで戦うのが当たり前になっている現在、そこに至るまでには、長い年月にわたる、多くの人々の努力があった——。

 日本人がフィギュアスケート競技で初めて出場した1932年レークプラシッド大会から2022年北京大会までを振り返るとともに、選手たちを支えたプロフェッショナルへの取材を掲載。

 プロフェッショナルだからこそ知るスケーターのエピソード満載。

 さらに、高橋大輔さんの出場した3度のオリンピックについての特別インタビューも掲載されます。

 フィギュアスケートファンはもちろん、興味を持ち始めた方も楽しめる1冊です。

 

『日本のフィギュアスケート史 オリンピックを中心に辿る100年』
著者:松原孝臣
出版社:日本ビジネスプレス(SYNCHRONOUS BOOKS)
定価:1650円(税込)
発売日:2026年1月20日

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