樋口美穂子 撮影/積紫乃

2026年2月、イタリアで開幕するミラノ・コルティナオリンピック。

冬季オリンピックが開催されるたびに、日本でも花形競技の一つとして存在感を高めてきたフィギュアスケート。

日本人が世界のトップで戦うのが当たり前になっている現在、そこに至るまでには、長い年月にわたる、多くの人々の努力があった——

日本人がフィギュアスケート競技で初めて出場した1932年レークプラシッド大会から2022年北京大会までを振り返るとともに、選手たちを支えたプロフェッショナルの取材をまとめた電子書籍『日本のフィギュアスケート史 オリンピックを中心に辿る100年』(松原孝臣著/日本ビジネスプレス刊)が発売中。

その中にも登場している樋口美穂子コーチの「今」を紹介します。

●フィギュアスケートコーチ・樋口美穂子インタビュー(前編)はこちら

*この記事は2025年10月20日、JBpressで掲載されたものです。

4年かけてどう進んできたか

 もうすぐ開幕するミラノ・コルティナオリンピック。樋口美穂子は何度もオリンピックシーズンを体験し、オリンピック代表を目標に戦う選手たちをみてきた。

 その経験を踏まえ、オリンピックシーズンをどう捉えているのか。

「人それぞれにたぶん違うと思うんですけど、私が思うのは、1年1年やっていて、その中で4年に1回、オリンピックのシーズンが訪れるという感覚かな」

 そしてこう続ける。

「オリンピックシーズンだからではなく、4年かけてどう進んできたか、4年後を考えて、1年目はこうする、2年目はこう、3年目はこう、と進んでいくのがいいとは思います。計画を立てて準備していくこと。なんていうのかな、今シーズンはオリンピックだからと言って、気負い過ぎるものではないし、この1年だけ頑張るというものでは思います。オリンピックってそんな簡単に降ってくるものではないので」

 長年教えてきた選手の姿も、そこには反映されているかもしれない。2018年の平昌、2022年北京、その両大会に出場した宇野昌磨を引きつつ、話した。

「昌磨自身、もちろん頭にオリンピックはありますけれど、オリンピックは一つの大会に過ぎないという考えだったので、オリンピックだから特別なことしようとか、気持ちが入り過ぎるというのはなかったですね。だから(初めて出場した)平昌のシーズンもわりと自然体で行けたと思いますし、日頃から頑張っているのだから、オリンピックがあるからといってこれ以上どう頑張るの、それよりも今まで通りやっていこうという感じでした」

 一連の話は、積み重ねの大切さを思わせる。そしておおむね、毎シーズンの成績にそれは反映されるが、ときにオリンピックシーズンに一足飛びに駆け上がる選手もいる。

「そうですね。それまではそこまでの成績じゃなくても、それこそ代表選考の対象の大会の最後の2つくらいがとてもよくて、代表をつかむことができた選手もいます」

 たしかに、シーズン前にはそれまでの実績からオリンピック代表の有力候補として目される選手たちがいて、そのうえで決して可能性が高いと思われていなくても、オリンピック代表入りを懸けて勝負し、ひっくり返すケースはある。

 ただ、その場合に懸念されることがあると言う。

オリンピックに出られなくても

「選考が終わって、オリンピックまで1か月半か2か月ぐらいあるじゃないですか。そこのコントロールがけっこう難しかったりします。特にオリンピックの代表を勝ち取るところに合わせている選手だと、勝ち取ったところで燃え尽きつきて、オリンピックのときはなんて言えばいいか、ちょっと抜けちゃう選手もいます。その難しさはいつも思いますね」

 目的がオリンピックという舞台に立ったうえでそこでどう戦うのか、あるいはそこにたどり着くことなのか、どうしても意識の中でその比重は選手の立ち位置で変わってくるのかもしれない。そしてオリンピックを視野に、4年間積み重ねていく大切さもそこにかかわってくる。

 ただ、どれだけ真摯に取り組んできたとしても、切符の枚数は限られている。樋口は言う。

「オリンピックはほんとうに難しいですよね。ほんとうに難しい。何が起きるか分からない。どれだけ頑張ってきても、それがオリンピックシーズンに、大会にはまるかどうかというのもあるし、運もかかわってくると思います」

 そしてこう続ける。

「もちろんオリンピックは大事です。オリンピックでメダルを獲ったり、オリンピックに出ることができたら、一生オリンピアンと言われたり、だから出たいとは思います。でもオリンピックだけじゃないとも思います。オリンピックに出ても、その後がよくないかもしれないし、オリンピックに出なくても、その後、例えば引退してからの人生がよくなるかもしれない。それは分からないですよね。オリンピックという目標があって、いつも頑張っていれば、たとえ出られなくてもどこかでご褒美がもらえるんじゃないか、そんな風に思います」

 出場できる枠は限られていて、どれだけ真摯に取り組み続け、努力を重ねたとしても、それが代表の切符に直結するわけではない。それを知るからこその言葉であるようだった。

 そしてオリンピックシーズンを進もうとしている選手たちに、このような言葉を向けた。

「なによりも、『やりきった』という顔が見たいですよね。自分のやってきたことは間違いじゃない、そう思えるように過ごしてほしい。ちゃんと頑張っていれば、そう思えるはずです」

●フィギュアスケートコーチ・樋口美穂子インタビュー(前編)はこちら

 

 

『日本のフィギュアスケート史 オリンピックを中心に辿る100年』
著者:松原孝臣
出版社:日本ビジネスプレス(SYNCHRONOUS BOOKS)
定価:1650円(税込)
発売日:2026年1月20日

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