オリンピックイヤーということもあり、さまざまなドラマのあった2025-2026シーズン。選手たちはどんな思いだったのか?
電子書籍『日本のフィギュアスケート史 オリンピックを中心に辿る100年』(日本ビジネスプレス刊)の著者である松原孝臣さんが注目選手に振り返りと、次のシーズンの展望を伺いました。
今回は女子シングル、青木祐奈選手です。
●青木祐奈インタビュー(後編)はこちら
2025-2026シーズンのフィギュアスケート界において、ひときわ輝きを放ったスケーターがいる。青木祐奈だ。
初めて出場した四大陸選手権で優勝したのはむろんのこと、その演技は観る者を引きつけてやまなかった。何よりもフリーの『ラ・ラ・ランド』は鮮烈な印象と余韻を残し、長く記憶されてしかるべき名プログラムとなった。
その1年を振り返るとともに、『ラ・ラ・ランド』はどのように生まれたのか、これからへの思いを尋ねた。
アクシデントで始まったシーズン
青木祐奈は2024年12月、全日本選手権のフリーで思い描いていた演技ができなかったとき、一度は「やめよう」と思った。そこから現役続行を決めて迎えた2025-2026シーズンは、アクシデントとともに始まった。
3月、練習中にトリプルアクセルを跳んで転倒。額を14針縫う怪我を負った。
4月には体調不良に襲われた。
「1カ月くらい休みました。原因ははっきりしなくて、ウイルス性という診断だったんですけど、今までにないくらい顔が腫れたり、体中がぶつぶつになっちゃったり、大変な1か月でした」
シーズンのスタートが遅くなったことへの焦りはなかったという。
「ただ、ちょっとトラウマというか、氷に戻ってきてからジャンプをやるとき、ダブルアクセルを跳ぶのにもけっこう時間がかかってしまったりしました」
6月には捻挫もあった。
その中でシーズンへの準備を進めていった。ショートプログラム『アディオス・ノニーノ』は前シーズンから継続。フリーは新たに作ることにしていた。それが『ラ・ラ・ランド』だった。
選んだ理由には、指導を受ける中庭健介コーチからの「みんなが知っているような曲を。その中でカラーを出してほしい」というアドバイスと、青木自身の思いがあった。
「もともと使いたかった曲の1つでもありますが、個人的なことなんですけど母から『明るい曲を滑ってほしい』というリクエストがありました。フリーだと疲れとか感じてしまうかなと思って避けていて、でも今回ちょっと挑戦してみようと思いました」
「常に最後だと思って」
振り付けはアメリカでコーチ、振付師として活動するアレクサンダー・ジョンソン。自ら連絡をとって依頼した。
「体調不良で休んでいた期間にアレックスのインスタがたまたま流れてきて、そこでフィーリングが自分と合っているかな、と思ってお願いしました。『すごいうれしい。僕でいいなら』とすぐ受けてくださいました。2023年のNHK杯でコーチとして来日していて、そのときも声をかけてくれていました」
ただ、『ラ・ラ・ランド』で行くと正式に決まるまでには紆余曲折あった。
「アレックスの得意としている分野はわりとコンテンポラリーできれいな曲調が多いので、アレックスは『ラ・ラ・ランド』をやるのに少し抵抗がありました。何度も他の曲を勧められました」
それでも自分の意思を貫いた。
「『この曲でやるって決めたんだ』って言いました。常に最後だと思ってやっていて、母のリクエストを聞きたいなと思っていたからです。『ラ・ラ・ランド』はたくさんの方が滑っていて、例えば(友野)一希くんだったり川畑和愛さんだったり、自分の見てきた人たちの演技がぱっと浮かんでくる曲でもあったんですけど、この歳になって、やっと自分の色に染められるのかな、という思いもありました」
映画『ラ・ラ・ランド』では多数の曲が使用されている。その中から選んだ曲をさまざま組み合わせ、「14、15パターンぐらい編集していました」。そうして完成にこぎつけたプログラムにこめた思いがあった。
「映画のストーリーを表現したいなと思いました。(ラ・ラ・ランドの)主人公のミアがオーディションを受けるシーンの曲も入っていて、『誰かに見つけてほしい』というような願いを込めつつ自分をアピールするプログラム、という風に解釈しました。そこに自分のスケートに対する思いと重なった部分もありました。プログラムの最後の部分は、アレックスからはアシュリー・ワグナーの(ラ・ラ・ランドの)終わり方で、と話があったんですけど、ほかの人に幸せを届けられたらと思っていたので。『絶対に明るく終わりたい』と頑固に言って、それが通りました」
「皆さんに楽しんでもらいたいという一心」
2025-2026シーズンはオリンピックシーズンでもあった。
「オリンピックシーズンであることの意識は全くなくて、私の中では、『ラ・ラ・ランド』という作品をより良いものとして披露したいという一心でした」
国内の大会やグランプリシリーズの2大会を経て、12月の全日本選手権に臨んだ。そこで見せた『ラ・ラ・ランド』の演技は、ただただ圧巻であった。やまない拍手と歓声が、氷上の青木を包み込んだ。
この大会を5位で終えて四大陸選手権の日本代表に選出。ここでも会心の演技を披露して優勝を果たし、2位の中井亜美、3位の千葉百音とともに表彰台に上がったのである。
その2つの大会であの演技ができた理由を青木は自分なりに語る中で、「一心でした」とあらためて言葉にした。
「それこそ結果を求めていなかったので、皆さんに楽しんでもらいたいという一心でした。だから全日本でたくさんの人が見てくださっている中でやるのは緊張よりもワクワクの方がすごく大きく、『結果を』というストレスがなかったので伸び伸び滑れたのかなと思います。四大陸も結果は一切気にせずに、全日本と同じようにいい演技をしたいな、自分のやってきたことを出し切りたいな、というのがすべてでした」
試合に臨むスタンスの変化もあったという。
「今まではどうしても結果を求めていたというか、もちろん今も一切求めていないわけではないんですけど、でもフォーカスする場所が変わったおかげで自分の気持ちも楽になりました。たとえ失敗してもジャンプ以外のところで魅せればいいや、くらいなマインドでいて、そのマインドというのは、この1年、ほんとうに変化があったところかなと思います。もちろんジャンプもすべて入れてやりたいですけど、ジャンプがなくても感動してもらえるような演技を目指していました。今まではどうしてもジャンプを決めたいという気持ちが大きかった分、変な緊張もありましたし、それが結果的に良くなかったのかなって振り返る中で思います」
「過去イチ、難しいプログラム」
プログラムの世界を表現し、観る人に楽しんでほしいと願い、心をこめて滑った。マインドの変化もあった。それらも『ラ・ラ・ランド』が好評を博する出来となった要因ではあるだろう。ただ、それだけではない。
「ほんとうに、過去イチ、難しいプログラムでした。伸びやかなきれいなところと切れをつけてかっこよく踊るところと、そのメリハリがあるかないかで曲を表現してる、してないもぱっと見て分かります」
と青木は言う。
難易度の極めて高いプログラムを演じる4分間、上半身を大きく使いながらも滑らかなスケーティングが損なわれることはなかった。その上で、曲調にぴたりと合った動作とともに物語を豊かに表現する。向ける視線の先、足さばき、指先まで神経が張り巡らされたしぐさ……。密度は濃く、どこまでも行き届いて丁寧な演技が続く。それらすべては、感性も含め、長年積み重ねてきた努力の末に得た技術に裏付けられている。
また、冒頭のトリプルルッツ-トリプルループ、さらにはダブルアクセルからの3連続ジャンプの最後にトリプルフリップと、高難度のジャンプも組み入れている。
ジャンプ、スケーティング、スピンやステップ、つなぎ、それらすべて、技術あってこそ。技術か表現(芸術)かの対立、あるいはどちらが優先されるかではなく、その両者が見事に融合されたフィギュアスケートならではの魅力を体現してみせた。それが『ラ・ラ・ランド』であった。青木祐奈が長いスケート人生を歩んできて、だからたどり着いた世界があった。
「(四大陸選手権で優勝したとき)ほんとうにこれが現実なのかな、という感じでした。優勝を目標にしてきていなかった分、自分のやるべきことをやった結果だったので、やっと報われたかな、という気持ちがいちばんでした」
四大陸選手権、その翌週の国民スポーツ大会で2025-2026シーズンの大会はすべて終わった。
キャリア史上最高と言ってよい1年が終わり、その先をどうするか――。
2カ月以上の時間をかけて考え続け、青木祐奈は決断した。(後編に続く)
*JBpressでの連載「フィギュアスケートを支える人々」(2024年8月30日公開までの一部)と、書き下ろしを含む電子書籍『日本のフィギュアスケート史 オリンピックを中心に辿る100年』(松原孝臣著/日本ビジネスプレス刊)が発売中です。
冬季オリンピックが開催されるたびに、日本でも花形競技の一つとして存在感を高めてきたフィギュアスケート。日本人が世界のトップで戦うのが当たり前になっている現在、そこに至るまでには、長い年月にわたる、多くの人々の努力があった——。
日本人がフィギュアスケート競技で初めて出場した1932年レークプラシッド大会から2022年北京大会までを振り返るとともに、選手たちを支えたプロフェッショナルへの取材を掲載。
プロフェッショナルだからこそ知るスケーターのエピソード満載。
さらに、高橋大輔さんの出場した3度のオリンピックについての特別インタビューも掲載されます。
フィギュアスケートファンはもちろん、興味を持ち始めた方も楽しめる1冊です。
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