オリンピックイヤーということもあり、さまざまなドラマのあった2025-2026シーズン。選手たちはどんな思いだったのか?
電子書籍『日本のフィギュアスケート史 オリンピックを中心に辿る100年』(日本ビジネスプレス刊)の著者である松原孝臣さんが振り返ります。
五輪は日本女子初の3大会連続出場
穏やかで、温かな時間と空間が広がった。
5月13日、フィギュアスケーターの坂本花織が引退会見を地元の神戸市内で開いた。
4歳でスケートを始めて、約21年。数々の実績を重ねてきた。
オリンピックは、2018年平昌、2022年北京、2026年ミラノ・コルティナと、日本女子初の3大会連続出場。
3大会で団体戦・個人戦をあわせて銀3、銅1と、鍵山優真と並び日本最多タイとなる4つのメダルを獲得。世界選手権で男女を通じ日本最多となる4度の優勝を果たした。これら、残した成績の主だったところだけみても、世界のフィギュアスケート界に残した足跡の大きさが伝わる。
すでにオリンピックシーズンの開幕前に引退することは発表していた。今年3月の世界選手権で金メダル、有終の美を飾り、しばらく間を置いてこの日を迎えていた。
「現役の間、練習だったり試合だったり、たくさんの感情に動かされて、その結果に対して一喜一憂して、という感じでした。自分が競技者じゃなくリンクに立っているのを客観視してみると、現役で一生懸命練習するっていうのは、すごく青春なんだなってあらためて感じてます」
競技者として励んでいた時代を、感慨深く振り返る。
その言葉の通り、努力とともに、築いてきたキャリアであることを会見での言葉は伝えていた。
坂本は、自身を「器用ではない」と言う。そして、坂本の武器の一つであるダブルアクセルについてこう語る。
「今では『花織と言えばダブルアクセル』と言ってくれるくらいのものにはなっているんですけど、やっぱりそれでもアクセルが跳べるまでに2年ぐらいかかったりとか、できるまでほんとうにいろいろ試行錯誤をして、できる人に教えてもらったりとかしていました」
今でこそ、トータルに秀でたスケーターとして名を馳せるが、もともとは違ったと言う。
「スケート人生の前の方は、ジャンプの迫力というのが自分の持ち味だし、むしろそれで自分は戦っていくんだって思っていました。下の点(演技構成点)が他の選手に比べて低いので、『なんとしても、ジャンプで稼ぐんだ』という気持ちでずっとやっていました」
「後半になってきてスケーティングを学ぶ機会も増えて、スケートの伸びだったり、疾走感がだんだん武器になってきて。そこはやっぱり、誰にも負けないところかな、と」
加えて、この数年で「魅せる」、表現の面でも進化していった。時間をかけて、努力したことで培った演技であることがそこにも表れている。
努力し続けてきた競技人生
先に記した最後の大会となった今年3月の世界選手権は、まさに集大成たる演技を披露した。ショートプログラムで80点に迫る高得点でトップに立つと、フリーは158.97点、ショートプログラムとの合計は238.28点と、ともに自己ベストをマーク、他を圧倒して優勝したのである。ときに成績の浮き沈みはあっても、演技の内容も含め、最後の最後まで成長を続けてきたことをも示している。
ときに苦しいときがあっても、壁にあたっても、止まることなく進んでくることができた原動力、支えを問われると、坂本は中野園子、グレアム充子コーチの指導を理由の一つにあげた。
「『全日本ジュニアに出れるかもね』『世界ジュニアで表彰台に上ったら、シニアでグランプリに2戦出れる』と、自分のできそうな目標を常に掲げてくださったので、一生懸命練習にとりくんだり」
大きく青写真を描くよりも、まず目の前にあることに一つ一つ、取り組んできた。その積み重ねがあったことがうかがえる。
これらの言葉が浮き彫りにするのは、やはり、努力し続けてきた競技人生であったことと、それができるアスリートであったことだ。目の前の、手の届きそうな目標を両コーチが掲げ続けたのも、坂本の特性を知るからだろう。
いつも笑顔で明るく、華やかな雰囲気にも包まれる。一方で、練習では失敗するたびに涙してきた。それでも必死に食らいつき、スケートに打ち込んできた。そんな愚直な姿勢が根幹にあった。
努力し続ければ成果を得られる。そうと分かっていても、人は容易に実行し得ない。ときに怠けたり、中断したりすることは珍しくはない。
でも、坂本は、成長や上達のために、特別ではない、でも大切な方法を実行してきた。長年にわたり、続けてきた。
最後までその姿勢は崩れなかった。それを体現してきたことに、坂本花織の真価がある。
坂本は指導者として歩む将来を描いている。
そのとき、自身の歩みと経験は、財産であり糧となるはずだ。
先のダブルアクセル習得に時間がかかった話に続き、こう話している。
「『できないからって、すぐあきらめないでほしいな』、というのは伝えたいです。『周りの人がなんと言おうと、やっぱり自分がスケートやりたい、勝ちたいって思うんだったら、一生懸命やるしかないんだよ』というのを伝えたいと思います」
忘れることのできない数々の演技、試合前後の誠実なふるまいを残したスケーターは、これからの人生へと、新たな歩みを始めている。
*JBpressでの連載「フィギュアスケートを支える人々」(2024年8月30日公開までの一部)と、書き下ろしを含む電子書籍『日本のフィギュアスケート史 オリンピックを中心に辿る100年』(松原孝臣著/日本ビジネスプレス刊)が発売中です。
冬季オリンピックが開催されるたびに、日本でも花形競技の一つとして存在感を高めてきたフィギュアスケート。日本人が世界のトップで戦うのが当たり前になっている現在、そこに至るまでには、長い年月にわたる、多くの人々の努力があった——。
日本人がフィギュアスケート競技で初めて出場した1932年レークプラシッド大会から2022年北京大会までを振り返るとともに、選手たちを支えたプロフェッショナルへの取材を掲載。
プロフェッショナルだからこそ知るスケーターのエピソード満載。
さらに、高橋大輔さんの出場した3度のオリンピックについての特別インタビューも掲載されます。
フィギュアスケートファンはもちろん、興味を持ち始めた方も楽しめる1冊です。
『日本のフィギュアスケート史 オリンピックを中心に辿る100年』
著者:松原孝臣
出版社:日本ビジネスプレス(SYNCHRONOUS BOOKS)
定価:1650円(税込)
発売日:2026年1月20日
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