吹奏楽部員たちが部活に燃える日々の中で、書き綴るノートやメモ、手紙、寄せ書き……それらの「言葉」をキーにした、吹奏楽コンクールに青春をかけたリアルストーリー。ひたむきな高校生の成長を追いかける。
第46回は愛知工業大学名電高等学校(愛知県)#5(#1はこちらからご覧になれます)。
本連載をもとにしたオザワ部長の新刊『吹部ノート 12分間の青春』(発行:(株)日本ビジネスプレス 発売:ワニブックス)が好評発売中。
吹奏楽部員、吹奏楽部OB、部活で大会を目指している人、かつて部活に夢中になっていた人、いまなにかを頑張っている人に読んで欲しい。感涙必至です!
「パーフェクトな部長」である重圧を越えたナギサ。姉の想いを背負う副部長ルリ。そして、彼女たちを支えるミサキ、ユイカ、ホノカ。5人の幹部たちは——そして、55人のコンクールメンバーはそれぞれに壁を乗り越えてきた。そして、ついに運命の全日本吹奏楽コンクール当日。宇都宮の舞台で、すべてを懸けた名電の12分間が始まる。
全日本吹奏楽コンクールの日
10月19日、日曜日。ついに全日本吹奏楽コンクール・高等学校の部の当日がやってきた。愛知工業大学名電高校吹奏楽部の座奏Aを乗せたバスは会場を目指し、宇都宮市の国道を走っていた。名電の出場は、午前の部の13番目。ステージに出る時間は12時35分だ。
部長のナギサは落ち着いた気持ちでバスに揺られていた。もともと本番前に緊張しないタイプだが、高校生活最後の全国大会を前にしてもそれは変わらなかった。顧問の伊藤宏樹先生に「パーフェクトな部長」と評された姿がそこにあった。
隣には、副部長でクラリネットのトップ奏者を務めるミサキが座っていた
「ここまで来たらやるしかない。頑張ろうね」
「うん、頑張ろう」
ふたりは意気込みを確かめあった。
ほかのメンバーもいい意味で普段と変わらない適度にリラックスした雰囲気のように思えた。心配する必要はなさそうだ。
やがて、窓の外に角張った建物が見えてくる。宇都宮市文化会館だ。2024年と2025年の2年間はそこが全日本吹奏楽コンクール・高等学校の部の会場となっている。
(ここに戻ってこられてよかった)とナギサは思った。
1年前、初めて全国大会を経験した場所。先輩に代わってアルトサックスのソロを吹き、銀賞という結果に涙した場所。そこに名電の部長として戻ってきた。
会場に到着し、バスを降りて宇都宮の空気を吸い込んだ。コンクールが始まったときは真夏だったのに、もう秋の匂いが濃くなっている。
名電のメンバーは会場に入り、本番に向けて準備をした。各校はチューニング室で30分間ずつ最終調整の時間が与えられる。名電は宏樹先生の指揮でいつも部活でやっている基礎練習をし、課題曲《マーチ「メモリーズ・リフレイン」》と自由曲《藍色の谷》のポイントとなる部分を合奏した。
(みんな、集中してきてる。本番は楽しく演奏できるといいな)
ナギサは平常心のまま、仲間たちと同じように集中力を高めていった。
名電のメンバーは最終調整を終え、出番を待つために舞台裏の通路に整列した。ナギサの左右には同じアルトサックスを担当する同期のふたりがいた。ひとりは昨年座奏Aに入れず、全国大会前日にナギサに手紙をくれた城唯花(ゆいか)。もうひとりは去年から一緒に座奏Aに入っていた大塚来未(くるみ)。初めて全国大会を経験する唯花は明らかに緊張している様子だったが、それを見せないように努めて明るく振る舞っているのがわかった。
(ふふ、かわいいな)
ナギサは微笑ましく思った。そして、この同期と一緒に全国の舞台に出られることを嬉しく思った。
もうすぐだ。もうすぐでそのときが、来る。
決戦の場所で
出番を待つ時間、4人の副部長もそれぞれ最後の演奏に向けて気持ちを高めていた。
クラリネットのミサキにとっては、高1のときから数えて3回目の全国大会。かといって、すっかり慣れているわけではなかった。それは、自由曲《藍色の谷》の冒頭に大事な「どソロ」があることも影響していた。
(やれることは全部やってきたよね。あとは、それを出しきればいいだけ……)
この日を迎えるまで、たとえ緊張しても本番に自分らしく演奏できるくらいやり尽くそうとしっかり準備してきた。
(それに、私はひとりじゃない)
まわりには信頼できるクラリネットパートの仲間たちがいた。最後のコンクールで、クラリネットの同期は全員が座奏Aに入れた。3年間一緒に頑張ってきたみんなと最高のステージで演奏できることがミサキは嬉しかった。
通路に前の学校の演奏が聞こえてくる中、ミサキはパートの全員とグータッチをし、「頑張ろうね」と笑顔で言った。最後は楽しみたい——それがミサキの願いだった。
一方、ミサキ以上に緊張していたのがファゴットのユイカだった。
高音から始まる難しいソロを、ユイカはまだ完全にはものにできていなかった。この日の朝、ホテルのバンケットルームで最後の練習をしたときもうまく吹けるときと吹けないときがあり、不安を抱えたままバスに乗り込んだ。
(最後の大会でうまくできなかったら、きっと後悔するなぁ……)
それでも、頑張って気持ちを切り替えた。3年間の集大成の舞台がもうすぐ始まる。最後は楽しんで演奏しよう、というのがみんなの目標だった。
ユイカは近くにいたバリトンサックスとバスクラリネットの同期と「最後だし、頑張ろう」と声をかけ合った。
コントラバスのホノカは、この全国大会では楽器運搬のトラックを担当する係になっていた。バスに乗って会場に着いたときにホノカの頭にあったのは、緊張よりも何よりも、「とにかく時間どおりに楽器を運び込まなきゃ」ということだった。
バスを降りると、ホノカは係の部員たちとともにすぐにトラックのところへ向かった。途中、有名な高校の名前が入ったトラックが並んでいるのが見えた。楽器が運びだされていて、名電でもあまり使わないような特殊な楽器もあった。テレビやネットで目にした鮮やかなステージ衣装を身につけた部員たちがいた。
(これだ、これ! 全国大会に来たぞ!)
それぞれの学校は、ただそこにいるだけで名電とは空気感が違うことがわかった。
ホノカは全国大会の雰囲気を感じながらも、トラックの運転手や吹奏楽連盟の役員に声をかけ、楽器をトラックから降ろしてホール内に運び込んでいった。
まずは、しっかり実務をこなすこと。本番の演奏はその先にあるのだ。
ところが、チューニング室でひとりの奏者に戻ってコントラバスを弾くと、ホノカは違和感に気づいた。...
