吹奏楽部員たちが部活に燃える日々の中で、書き綴るノートやメモ、手紙、寄せ書き……それらの「言葉」をキーにした、吹奏楽コンクールに青春をかけたリアルストーリー。ひたむきな高校生の成長を追いかける。

第42回は愛知工業大学名電高等学校(愛知県)#1

本連載をもとにしたオザワ部長の新刊『吹部ノート 12分間の青春』(発行:(株)日本ビジネスプレス 発売:ワニブックス)が好評発売中。

吹奏楽部員、吹奏楽部OB、部活で大会を目指している人、かつて部活に夢中になっていた人、いまなにかを頑張っている人に読んで欲しい。感涙必至です!

愛知工業大学名電高等学校吹奏楽部(愛知県)
名古屋市千種区にある私立高校。部活動が盛んで、イチローら多くのプロ野球選手を輩出した野球部なども有名。吹奏楽部は1966年に全日本吹奏楽コンクールに初出場して以来、今年まで47回の出場を誇る(高等学校の部最多出場記録)。また、全日本マーチングコンテスト、全日本アンサンブルコンテストなどでも活躍。2025年度の部員数は213名。

パーフェクトな部長

(もし学校名を飛ばされたら、ここで終わり。でも、どうしても選ばれたい。まだみんなとやりたいことがたくさんあるから……)

 8月24日、東海吹奏楽コンクール・高等学校A部門の表彰式。

 部長の伊藤凪沙(ナギサ)は、愛知工業大学名電高校吹奏楽部の代表としてステージ上にいた。すでに各校の結果は発表され、名電は金賞だった。残るは全日本吹奏楽コンクールに出場する代表3校の発表だ。

 全日本吹奏楽コンクールで高等学校の部最多となる47回目の出場を目指している名電だったが、東海代表の座が保証されているわけではない。

 東海大会の出演順は2番。代表校は金賞を受賞した学校の中から選ばれ、出演順に発表される。自分たちより後ろの学校が呼ばれたら、名電のコンクールへの挑戦は終わるということだ。

 だが、そんな状況でもナギサは自分でも意外なほど落ち着いていた。

 アナウンスが響いた。

「2番、愛知県代表、愛知工業大学名電高等学校——」

(やったー!)とナギサは心の中で叫んだ。

 すぐに客席にいる仲間たちのほうに目を向けたが、声を上げたり立ちあがったりして喜んでいる者は誰もいなかった。ナギサは拍子抜けしたが、「もしかしたら、みんなは喜ぶよりホッとしてるのかも」と思いついた。

(私だけでも喜んじゃおう。よっしゃー!)

 ナギサの大きな瞳がきらりと輝いた。

伊藤凪沙さん(3年生・アルトサックス)

「伊藤凪沙はスーパースター。非の打ち所のないパーフェクトな部長」
 顧問の伊藤宏樹先生は、ナギサをそう評し、全幅の信頼を置いている。

顧問・伊藤宏樹先生

 気が強く、頑固で、負けず嫌い。おまけに、アルトサックスの演奏は飛び抜けてうまい。213人という大所帯の部員たちの中でも、ナギサの存在感は抜群だ。

 だが、決して自信満々で名電に入ってきたわけではなかった。

 出身中学校はコンクールでも県大会までしか出ていない。名電のこともよく知らなかった。たまたま名電のコンサートを見にいったとき、ナギサの目に留まったのはステージに入ってくるひとりの奏者だった。自分とは違うテューバを手にしたその女子部員がポニーテールを揺らして颯爽と歩く姿にときめいた。テューバを提げるような持ち方も決まっていた。

「わぁ、かっこいい女性ってこんな感じなんだな……」

 意外なきっかけで名電に興味を持ち、気づけば入部していた。
 最初は、上手な子たちが集まってくる大人数の部活に自分の居場所があるのか不安もあった。きっと中学で全国大会を経験したすごい子たちもいることだろう。

「でも、だからこそ名電ならたくさんのことを学べるはず。やってやるぞ!」

 前向きな気持ちで名門バンドに飛びこんだ。

 名電は夏前になると、全日本吹奏楽コンクールを目指す座奏A(55人)、全日本マーチングコンテストを目指すパレコン(81人)、依頼演奏やその他のコンテストなどに参加する座奏Bに分かれ、それぞれの目標に向かって活動するようになる。

 高1のとき、ナギサは座奏Bだった。入部してみて自分と先輩たちとの実力差を痛感したし、座奏Aに入れるとも思っていなかった。座奏Bでいままで経験したことがないほど多くの本番に出演し、楽しい思い出として心に刻まれた。

 座奏Aが全日本吹奏楽コンクールに出場するときには、打楽器を運ぶサポートメンバーとして会場に帯同した。本番の演奏は舞台袖から見ていた。

(すごいな。来年は私もあの場所で吹きたいな……)

 座奏Aには3人の同級生が入っていた。

(1年生からコンクールメンバーなんていいな。かっこいいな)

 座奏Aが奏でる《交響詩「モンタニャールの詩」》が心に迫ってきた。なんて上質な演奏だろう。ナギサは名電が「名門」「強豪校」と呼ばれる理由がわかった。コンクールの結果だけではない。このサウンドに心打たれた人たちがたくさんいるのだ。

 ナギサはすぐにでもサックスを吹きたくなった。

2年生エースを支えた言葉たち

 その後、ナギサはメキメキと腕を上げ、高2では座奏Aのメンバーに選ばれた。

 それだけではない。自由曲のフローラン・シュミット作曲《ディオニソスの祭り》でアルトサックスのソロを吹くことになったのだ。

 もともとは高3の先輩が吹くはずだったが、途中からナギサに変更になった。先輩が傷つくかもしれない、嫌な顔をされるかもしれないと心配になった。だが、そんなことはまったくなかった。

「ナギならできると思ってるから、ソロ頑張ってね」

 先輩はそう励ましてくれたのだ。

 座奏Aは高3が大多数。先輩たちに囲まれて2年生がソロを吹くのはプレッシャーだが、先輩にエールをもらったことでナギサは持ち前の気の強さを発揮できた。

「私には怖いものなんてない! やってやる!」

 ソロを譲ってもらった先輩に「ナギでよかった」と納得してもらえる演奏をしよう。あれこれ悩んでいる暇があったら練習しよう——。

 ナギサは驀進していった。

 名電には、合奏中に宏樹先生から指導されたことなどを書き記す「シーズンノート」というものがある。

 8月のホール練習の後、ナギサはこんなことを書いた。

 東海前に大切なこと
 「出来るところ」と「出来ないところ」をしっかりわけて、自分で理解して受け入れること。焦らない

 東海大会が迫ってくる中、なかなか思うような演奏ができず、メンバーの間に焦りが広がっていた。その結果、すべてが中途半端になりかけていた。そんなとき、宏樹先生から言われた言葉をメモしたのだった。

 限られた時間の中で大事なことは何なのか。優先順位はどうなっているのか。完璧にできればいちばんいいが、完璧主義にとらわれることで音楽全体が破綻しては意味がない。

 自分自身も焦燥感に駆られていたナギサは、そんな先生の言葉に目が覚めた気がした。

 そして、同じページにこんなことも書いた。

 名電にしかないものは「助けてくれる仲間」がいること
 

 宏樹先生が掲げる名電のモットーは「みんなで支えあい、一生の絆を築く」こと。ひとりで苦しまなくていい。困難に直面したときは、仲間が助けてくれる

「絆のバンド」とも称される名電の温かさを、ナギサは東海大会前に感じたのだった。

 東海大会を突破した後、9月にはシーズンノートにこんな言葉が残されている。

 なぎさの音をもっと知らないとだね。

 かっこいい!! 合わせるってこういうことだなと思った。
 

 この年、名電が選んだ課題曲は《フロンティア・スピリット》。曲の後半で、ナギサはフルートの松井先輩と同じパッセージを演奏することになっていた。そして、お互いのフィット感を高めるためにふたりで練習したとき、先輩に言われたのが「なぎさの音をもっと知らないとだね」という言葉だった。

 単に、音程やテンポを合わせるだけではない。演奏の個性、良いところ、癖——そんな「なぎさの音」を知ることが「合わせる」ことなのだと先輩は教えてくれた。だから、思わずナギサは「かっこいい!!」と書いてしまったのだった。

 吹奏楽はひとりでできるものではない。仲間とともに音楽を奏でるためには、相手を知り、相手の音を知り、お互いに教えあい、支えあうことが必要なのだ。

 ナギサは自分がとても大切なことを学んでいると実感した。

 気持ちが落ち込みそうになると、ナギサはいつも使っているファイルを見た。そこには、すでに卒業した2学年上の青江希実(ノゾミ)先輩からのメッセージがあった。一部がかすれて見えなくなっていたが、ナギサはその言葉を覚えてしまっていた。

 いつでもスマイル
 笑ってればいいことあるよ〜ん 好き♡
 

 ナギサにとって、同じアルトサックスを担当していたノゾミ先輩は「推し」。つまり、憧れの存在で、サックスの吹き方や音も先輩を真似ようとしていた。いつも明るく元気な先輩を見て、「私もそうなりたい」と思っていた。そんな先輩からのメッセージはいつでもナギサを後押ししてくれた。

 また、サックスのストラップの裏側にも、先輩がマジックペンで「なぎちゃんならできる!!」と書いてくれていた。

 

 同級生からの応援もあった。同じサックス担当ながら、ぎりぎりで座奏Aに入ることができなかった城唯花(ユイカ)からは、全国大会の前日に手紙をもらった。

 なぎさなら絶対いい演奏してくれるって分かってたし、信じてるから、自分が出れなくて悲しいとか正直あんま思わなかったよ。(中略)大好きだよ♡ 全国誰よりも応援してます
 

 

 悲しいと思わなかったと書かれていたが、ユイカなりに悔しさや葛藤はあったかもしれない。それを出さずに、全国大会に出る自分のことを心から応援してくれている——。

 ナギサは読みながら泣いた。

 ユイカやみんながいるから、自分は頑張れる。頑張ろう!

 たくさんの言葉に包まれたナギサは10月、人生で初めて全日本吹奏楽コンクールの舞台に立った。そして、精いっぱいのソロを演奏。名電は銀賞を受賞したのだった。

藍色の谷

 先輩たちが引退し、新体制になった。

 ナギサは部員たちの投票で新部長に選ばれた。選ばれるとは思っていなかったが、「せっかく選んでもらったし、きっと頑張れば何でもできる。やったるで!」とすぐに前向きに受け止めた。

 部長のナギサと4人の副部長が2025年度の幹部ということになった。

 部長になったとき、ナギサは「絶対泣かない」と心に誓った。高1のときに部長だった先輩は決して涙を見せず、「部長っていうのは先輩みたいな人のことなんだな」と尊敬の念を抱いた。だから、自分もそれに倣って泣かないことにしたのだ。

 今年は春からずっとオットリーノ・レスピーギ作曲の《バレエ音楽「シバの女王ベルキス」》を練習し、演奏会でも披露していた。てっきりこの曲がコンクールの自由曲になるかと思っていたが、コンクールの書類提出ぎりぎりになって酒井格作曲の《藍色の谷》に変更になった。

「やった! 嬉しい!」

 ナギサは喜んだ。一度聴いただけでもいい曲だとわかった。あたかも谷の風景が変わりゆくかのようにさまざまな変化を見せる曲だが、音色やハーモニーのバリエーションが豊富な名電にはぴったりだった。

 序盤にはアルトサックスの1stと2ndが呼応するように進むソロもあった。

(私だけじゃない。クラリネットのソロから始まって、フルートやバリトンサックス、テューバ……たくさんソロがある。一緒に頑張ってきたみんなが輝く曲なんだ!)

 ナギサはますますやる気になった。

 名電の今年のコンクールは7月下旬の地区大会・招待演奏から始まった。8月に入り、愛知県大会、愛知県の代表選考会がおこなわれたが、どちらも1位で通過した。

 8月下旬の東海大会は、さすがにナギサもほかのメンバーも緊張していた。会場は静岡県浜松市のアクトシティ浜松。本番前にはいままでになく多くのメンバーがトイレに行っていた。

 出場順が2番と早かったため、午前3時に学校に集合して1時間だけ合奏練習をし、バスで浜松へやってきたのだ。コンクールでは出番が早いと不利だと言われている。それも少しプレッシャーになっていた。

(ここまで来たからには、やるしかない)

 そんな思いでナギサは54人の仲間たちとともにステージに出ると、課題曲《マーチ「メモリーズ・リフレイン」》と自由曲《藍色の谷》を演奏した。

 本番の演奏で大きなミスはなかったが、ナギサ自身では「まだまだだな」と感じる出来だった。頭の中のメモ帳に、本番中に見つかったたくさんの課題がリストアップされていた。全国大会出場が決まれば、その課題に取り組み、もっといい演奏にしていける。だが、もし代表に選ばれなかったら——。

 自分たちの演奏が終わると、ナギサたちは客席で他校の演奏に耳を傾けた。さすが各県の代表が集まっているだけあって、みんなうまかった。すべてを聴けたわけではないし、審査員がどんな評価をするかはわからない。ナギサは「大丈夫。いける……」と思うようにしていた。

 そして、表彰式。

 張りつめた空気の中、代表校の発表で最初に名電の名前がコールされ、47回目の全国大会出場が決まったのだった。

部長が流した涙

 予期せぬ事態が起こったのは、東海大会が終わって半月ほど経ったころだった。

 名電の座奏Aは全国大会に向けて練習を重ねていたが、宏樹先生は部員たちの様子に何かを感じとり、パートリーダーを集めた。

「幹部に対して、何か思うことがあったら言いなさい」

 先生の言葉に、各パートをまとめているリーダーたちからさまざまな意見が出された。その中には「部長が怖い」といった声もあった。

 後になってナギサはそれを知り、さすがに落ち込んだ。気が強いし、話し方もきついと思われたのかもしれない。「何でもできる」と思って部長になったが、何でもできるわけではないという現実を突きつけられた。

「大事な全国大会を控えてるのに……。私が部長じゃないほうがいいんじゃないかな」

 ナギサは宏樹先生にメッセージを送り、率直にその思いを伝えた。すると、先生からはこんな返事が届いた。

 完璧な部長は誰もいません。(中略)結局自分のやり方が一番なのです。自分で思ったとおりにやるのが一番なのです。(中略)何年後かに「私たちの部長は、なぎさで良かった」といってもらえたら、いいんじゃないかなぁと思います。今は分かってもらえなくても、いつか分かってくれると、自分を信じて突き進んでください。
 この学年の部長はなぎさしかいません。

 なぎさ、一緒に頑張ろう。
 みんなが輝ける一生の宝物を手に入れるために

 ナギサは泣いた。部長になったら絶対泣かないと決めていたのに、泣いた。

 先生のメッセージの中には、パートリーダーからナギサへの批判の声が上がったとき、クラリネットの奥田結月(ユヅキ)とマーチングでドラムメジャーをしている釘田裕輔(ユウスケ)が「ナギサの苦労は誰にもわからない。自分たちには計り知れないものがある」と熱く語っていたと書かれていた。

奥田結月さん(3年生・クラリネット)*写真左

 ユヅキは3年間同じクラスで、学校ではいつも一緒にいる大親友だ。そんなユヅキと、81人ものパレコンのメンバーをまとめるユウスケが自分を擁護してくれたことが嬉しかった。

 信じよう、とナギサは思った。先生の言葉を信じよう。ユヅキやユウスケを信じよう。そして、みんなを信じよう。きっといつかは分かってもらえる。

 自分にも至らなかったところはある。気の強い自分を肯定するだけでなく、もっと人の思いに寄り添えるようになりたい。音楽を通して、もっと心と心でみんなとつながりたい。

 先生の言葉どおり、「みんなが輝ける一生の宝物」を手に入れるために——。

 10月19日、宇都宮市文化会館で開催される全日本吹奏楽コンクール・高等学校の部。名電が演奏する12分間は、ナギサにとって特別な時間になりそうな予感がした。

<次回>【吹部ノート 第43回】愛知工業大学名電高等学校(愛知県)#2

こちらの記事は以下の商品の中に含まれております。
ご購入いただくと過去記事含むすべてのコンテンツがご覧になれます。
吹部ノート
月額:550円(税込)
商品の詳細をみる

記事、映像、音声など。全てのコンテンツが閲覧可能な月額サブスクリプションサービスです。
🔰シンクロナスの楽しみ方

 
全国の中学高校の吹奏楽部員、OBを中心に“泣ける"と圧倒的な支持を集めた『吹部ノート』。目指すは「吹奏楽の甲子園」。ノートに綴られた感動のドラマだけでなく、日頃の練習風景や、強豪校の指導方法、演奏技術向上つながるノウハウ、質問応答のコーナーまで。記事だけではなく、動画で、音声で、お届けします!

ログインしてコンテンツをお楽しみください
会員登録済みの方は商品を購入してお楽しみください。
会員登録がまだの方は会員登録後に商品をご購入ください。