吹奏楽部員たちが部活に燃える日々の中で、書き綴るノートやメモ、手紙、寄せ書き……それらの「言葉」をキーにした、吹奏楽コンクールに青春をかけたリアルストーリー。ひたむきな高校生の成長を追いかける。

第52回は浜松聖星高等学校(静岡県)#1

本連載をもとにしたオザワ部長の新刊『吹部ノート 12分間の青春』(発行:(株)日本ビジネスプレス 発売:ワニブックス)が好評発売中。

吹奏楽部員、吹奏楽部OB、部活で大会を目指している人、かつて部活に夢中になっていた人、いまなにかを頑張っている人に読んで欲しい。感涙必至です!

浜松聖星高等学校吹奏楽部(静岡県)
浜松市にあるキリスト教系の私立高校。かつては浜松海の星高等学校という名称の女子校だったが、2017年より共学化し、学校名も変更された。吹奏楽部は全日本吹奏楽コンクールに通算12回出場(金賞1回)。また、全日本高等学校吹奏楽大会 in 横浜や全日本高等学校選抜吹奏楽大会、全日本ポップス&ジャズバンドグランプリ大会などでも優秀な成績を収めている。2025年度の部員数は87人。

初の全国大会金賞の後で

「6番、浜松聖星高等学校——ゴールド金賞!」

 全日本吹奏楽コンクールの表彰式でそのアナウンスが響いたとき、ステージにいた浜松聖星高校吹奏楽部の音楽監督・土屋史人先生の顔に驚きの表情が浮かんだ。

 1997年、当時まだ女子校だった浜松海の星高校で指導を始めて28年目。12回目の全国大会出場にしてようやくつかんだ初めての金賞だった。

 土屋先生の横で表彰状を受け取った部長で3年生の森田蕗乃(ふきの)の目からは、思わず涙がこぼれた。表彰状には確かに「金賞」と書かれていた。間違いではない。吹奏楽コンクールの歴史にも、浜松聖星高校吹奏楽部の歴史にも、金色の記録を刻んだのだ。

 だが、表彰式が終わってステージを後にすると、土屋先生はいつもの落ち着いた表情になっており、蕗乃と副部長の田内柾矢(たないまさや)に「さっと撤収しよう」と言った。

「わかりました」

 蕗乃もすぐに涙を拭い、いつもの部長の顔に戻った。

 悲願だった金賞をつかみ取ったからこそ、ずっと先生が自分たちに伝え続けてきたこと、その本質が理解できたのだ。

 そう、自分たちにとって、もっとも大切なことは——。

顧問・土屋史人先生と森田蕗乃さん(3年生・トランペット)

部活大好き少女とコロナ禍

 少しクラシックな響きがある自分の名前を蕗乃は気に入っている。「雪の下から芽吹くフキノトウのように、困難からも這い上がる子に育ってほしい」という両親の思いが込められた名前だ。

 蕗乃は掛川市で生まれ育った。小学生のころ、甲子園の高校野球中継でテレビに映ったトランペットに憧れを抱き、中学では吹奏楽部に入るつもりだった。

「部活こそ、中学に行く意味だ!」

 そう意気込んでいた。

 ところが、入学直前に世界中をコロナ禍が覆い、学校は長期にわたって休校に。部活はおろか授業さえも始まらなかった。ようやく部活が始まり、トランペット担当になれたものの、練習には時短・ディスタンスなどの規制がいくつも設けられた。

 部活に注がれるはずだった蕗乃は情熱を持て余した。

 それでも、限られた時間で先輩たちに演奏法を教えてもらったり、部員みんなで合奏するのは楽しかった。

「部活がない日は学校に行かなくてもいい」

 そんなふうに思うくらい、蕗乃は自他共に認める部活大好き少女だった。

 中3のときは部長を務めた。常にみんなから一歩引いて、全体を俯瞰で見るのが得意だったため、リーダーに向いていた。

 コンクールの地区大会直前にコロナに感染し、部長なのに最後の追い込みに参加できない悔しさから毎日泣いて過ごした。本番2日前に部活に復帰したが、中学最後のコンクールは地区大会止まりだった。

 蕗乃は学力面でも優秀だった。担任からは地元の進学校を薦められたが、蕗乃はこう宣言した。

「私は単願で浜松聖星高校に行きます!」

 中2のとき、初めて浜松聖星の定期演奏会を見にいった。全国大会常連バンドのサウンドに、体の芯まで震えた。

「私も絶対ここでトランペットを吹きたい。せっかく一度きりの高校生活、静岡でいちばん強い学校で頑張ってみよう!」

 こうして2023年春、蕗乃は浜松聖星の一員になった。掛川から浜松までの通学は片道1時間半ほどかかるが、まったく苦にならなかった。

 蕗乃が入部したとき、浜松聖星は全国大会に7大会連続で出場中だった。

「このまま連続出場が続けば、私が高3のときにちょうど10回連続だ。もし、そのとき金賞とれたらカッコよくない?」

 蕗乃は3年生になった自分が全国大会でトランペットを吹き鳴らし、金賞の表彰状を受け取る様子を思い描き、うっとりした。

 

先生が教えてくれた「いちばん大切なこと」

 浜松聖星を指導するのは、テューバ奏者でもあり、オールバックの髪型がトレードマークの土屋史人先生だ。

 土屋先生は「強豪校の指揮者」というイメージから、全国大会金賞を目指して厳しく指導する先生かと思ったが、そうではなかった。「全国大会は出るだけでも充分。各地から集まるすごい学校と一緒にやるフェスティバルだと思いなさい。あまり金賞金賞と結果のことばかり言わないように」

 

 土屋先生の言葉に、蕗乃は目からウロコが落ちた。コンクールの結果を第一の目標にしていないからこそ、コンクールで結果が出せる。なんて素敵なスタイルだろう。

 実際、土屋先生はコンクール曲だけでなく、ポップス・行進曲・童謡・ジャズなどさまざまなジャンルの曲を演奏する。幅広い音楽を経験し、多くの演奏会やイベントにも出演することが、結果としてコンクールにも生きてくる、というのが先生のポリシーだった。

「全国大会に出て、いい賞がもらえればオーケーというわけじゃない。それだと愛されるバンドにもなれないし、愛される演奏もできないよ」

 そんな土屋先生の考え方に、蕗乃の心も共鳴した。

「浜松聖星が愛されるバンドになれるように、私も頑張っていこう!」

 もちろん、全国大会にも出てみたいし、金賞をとれたらカッコいいだろう。だが、それよりも大切なものがあることを忘れないようにしようと蕗乃は思った。

 浜松聖星には「部活ノート」というものがある。先生に伝えたいことや部活での悩みがあるとき、ノートに書いて提出する。先生がどこから読めばいいのかすぐわかるように、すでに先生に見てもらったページまではノートの右下の角を切っておく。いわばしおりのようなものだ。

 特に、1年生は先生に直接話しかけるのに躊躇しがちだが、ノートに書いておくと返信がもらえたり、「どうしたんだ」と先生から声をかけてもらえたりする。蕗乃も何度か土屋先生と部活ノートをきっかけにして言葉を交わし、「ここには私の居場所があるんだ」と温かい気持ちになった。

 土屋先生のもとで大好きな吹奏楽ができて嬉しい、浜松聖星に来て本当に良かったと蕗乃は心から思った。

 

 高1のとき、浜松聖星の部員数は64人。コンクールメンバーは55人。9人だけがメンバーから漏れてサブメンバーになるが、蕗乃はサブだった。

 入部したときから、いきなりコンクールメンバーになるという野心はなかった。

 部員の多くは浜松市の中学校で吹奏楽を経験してきているが、浜松の吹奏楽は掛川よりレベルが高い。それに、同期でトランペット担当になった2人は中学時代に東海大会まで経験しており、しかも、2人とも浜松市の選抜チームでファーストを吹いていたという。

「やっぱりレベルが違う!」

 蕗乃は震え上がった。

 コンクールメンバーは上級生が優先だと聞いていたし、自分にはまだ無理だ。でも、その代わりに基礎練習をたっぷりやって、来年以降につながる力をつけていこうと思った。

 この年、全国大会は愛知県の名古屋国際会議場センチュリーホールでおこなわれた。

 蕗乃はサブとして楽器運搬などを手伝うため、初めて全国大会の会場に足を踏み入れた。ステージへと打楽器を搬入した後は、舞台袖から浜松聖星の演奏を見守った。

(やっぱり上手だなぁ。憧れるなぁ)

 もしかしたら金賞かもしれないと思ったが、結果は銀賞。全国大会はそんなに簡単に高評価がもらえる場ではない、厳しい世界なのだということを蕗乃は肌身で感じたのだった。

初めて経験した「吹奏楽の甲子園」

 高2では「絶対コンクールメンバーに選ばれたい。全国大会に出たい」と思っていたが、その願いが叶って、宇都宮市文化会館で開催された全国大会にコンクールメンバーとして出場することができた。

 だが、練習の過程では「コンクールに挑むってこんなに大変なんだ……」と12分間の音楽を極めていく難しさに直面した。また、自分自身の力不足にも悩んだ。

 この年の課題曲は酒井格作曲《メルヘン》。楽譜どおりに音符をひとつひとつ音に変えてトランペットを吹くことはさほど難しくなかった。だが、「とりあえず吹けている」ことでつい満足しがちになってしまう。もっと細かいところまでこだわらなくてはと考えはするものの、それが練習に結びついていなかった。

 そして、初めての全国大会。自由曲は高昌帥作曲《吹奏楽のためのヴェリタス》だったが、緊張で本番の演奏のことはほとんど覚えていない。

 3年生は演奏中から涙を流したり、演奏が終わると同時に泣き出したりしていた。

(先輩たちは涙が出るくらいにいままでやってきたことが出せたのかな……)

 蕗乃はそう思いながらステージを後にした。

 審査結果は、またしても銀賞。これで6大会連続だった。

 前の年も、この年も、浜松へ帰るバスの中はお通夜のように沈んでいた。

 評価に固執する必要はない、賞よりも大切なものがある——そんな土屋先生の教えに蕗乃も共感していたが、金賞だったらもっと素晴らしい思いを味わえるのではないか。そう思わずにはいられなかった。

 蕗乃は1年のころから学年リーダーをやっており、高2の全国大会のときには新部長の候補になっていた。

 それだけに、「来年は自分たちが浜松聖星を引っ張って、もう一度ここに来ないといけないんだ。先輩たちの思いもつなげていこう」という思いを強くした全国大会でもあった。

 年が明けて2025年になると、蕗乃は正式に新部長に選出された。

 高校生活でコンクールはあと1回を残すのみ。

 自分たちが最高学年になり、果たして「愛されるバンド」になることはできるのだろうか。そして、入部したときに夢見ていた「10大会連続出場のタイミングで初の金賞受賞」は実現するのか……。

 浜松の南に広がる遠州灘——その荒波のように、蕗乃の中で期待と不安が揺れ動いていた。

 

<次回>【吹部ノート 第53回】浜松聖星高等学校(静岡県)#2

こちらの記事は以下の商品の中に含まれております。
ご購入いただくと過去記事含むすべてのコンテンツがご覧になれます。
吹部ノート
月額:550円(税込)
商品の詳細をみる

記事、映像、音声など。全てのコンテンツが閲覧可能な月額サブスクリプションサービスです。
🔰シンクロナスの楽しみ方

 
全国の中学高校の吹奏楽部員、OBを中心に“泣ける"と圧倒的な支持を集めた『吹部ノート』。目指すは「吹奏楽の甲子園」。ノートに綴られた感動のドラマだけでなく、日頃の練習風景や、強豪校の指導方法、演奏技術向上つながるノウハウ、質問応答のコーナーまで。記事だけではなく、動画で、音声で、お届けします!

ログインしてコンテンツをお楽しみください
会員登録済みの方は商品を購入してお楽しみください。
会員登録がまだの方は会員登録後に商品をご購入ください。