先週放映された日本テレビ「1億人の大質問!? 笑ってコラえて! 2時間SP!」
吹奏楽の旅「2025年完結篇」にて、全日本吹奏楽コンクールに出場した北海道の旭川明成高校の模様が放映されました。

創部初の快挙を成し遂げた部員たちですが、北海道支部大会で金賞を取りながら惜しくも全国大会に出場できなかった先輩たちの姿があった。部長の身に起きた異変、部長の決断を背負った部員たちの想い……。

本記事は、オザワ部長・著『吹部ノート 12分間の青春』(発行:(株)日本ビジネスプレス 発売:ワニブックス)に掲載されたストーリー。4日間連続でお届けします。全編無料公開、感涙必至!

自分が変わる!

 旭川地区大会を突破した旭川明成高校吹奏楽部は、8月29日の全道大会に向け、日本海に面した留萌で3泊4日の合宿を行った。

 1日目、コンクールメンバー55人とそれ以外のジュニアメンバーが一緒になって久しぶりに全員合奏が行われた。ただ、金属アレルギーのヒメだけは演奏に参加できず、みんなの演奏を見ていた。すると、理由はわからないが、急に涙が止まらなくなった。

 

 ホジャケ先輩がヒメの様子に気づき、「ヒメ、ちょっとおいで」と練習場の外に連れ出した。

「どうした?」とホジャケ先輩が尋ねた。

 自分と同じように高校時代に金属アレルギーになったホジャケ先輩を前にすると、ヒメは自分が抱えていた感情が見えてきた。

「なんか、泣いてた理由がいまわかりました。やっぱり私……合奏に参加できないことが悔しいです。あと、みんなに遠慮して言いたいことを言えてないのが嫌だったんです」

 そして、思った。

 つまり自分は——変わりたいんだ。いまみたいに泣いている自分は嫌なんだ。

 すると、ホジャケ先輩が口を開いた。

「ヒメの気持ちはわかるよ。でも、思いを隠していてもいいことないから、同期に弱音を吐ける人になりなよ」

「はい!」

 合奏の後、ヒメは3年生を集めて学年ミーティングをした。そこでヒメは自分の思いを吐き出した。

「私は、自分がもう楽器を吹けないってことを言い訳にしてた。吹けないならいいやって、みんなに言いたいことがあっても自分の中にしまい込んでた。やっぱり楽器吹けないのも、見てることしかできないのもつらいよ……。でも、私は変わりたいんだ。ちゃんと言うべきことを言って、本当の意味でみんなの音楽を支えたい」

 あからさまにネガティブな本音を語ったのは初めてで、ヒメはみんなの反応が少し怖かった。

 すると、部のエースで、クラリネット担当のウタが口を開いた。

「私も思ってたことがある。ずっと自分自身を認めることができないのが悩みで……」

 プロみたいに上手なウタに悩みがあるなんて思ったこともなかった。しかも、あんなにすごいのに、自分を認められないなんて、ヒメには想像もできなかったことだ。

河合美詩さん(3年生・クラリネット)*写真中央

 だが、自分やウタが悩んでいたように、きっと誰もが悩みを抱えてるし、誰もが変わりたいと思っているのだろう。

 ヒメとウタが胸に秘めていた思いをさらけ出したことで、ほかの3年生も変化し始めた。合宿中にみんなも少しずつ本音を語り、以前より心の深いところでコミュニケーションできるようになったのだ。そしてそれは、後輩たちにも波及していった。

 必要なのは、まず自分自身と向き合うことだ。そして、本当の自分で、みんなと向き合うことだ。自分の心をチューニングし、みんなの心でハーモニーを響かせよう!

 その先にこそ、明成の求める音楽があり、全国大会がある。

 

 翌日、部員たちは淳先生から白いハチマキをもらった。それぞれが自分の目標を書き込み、頭に巻いた。

『後悔しない夏に!』『ド根性!!』『勇気をもつ』『ビブラート』……。さまざまな言葉が並んだ。中には、話すのが苦手でわざわざ演劇部に行って話し方を学んだことから『演劇部』と書いた部員もいた。

 

 ヒメは『自分が変わる』と書いた。みんなが変わるのを待つのではなく、自分が変わることでみんなを変えたい、まずそこから始めよう、という気持ちが込められた言葉だった。

 メイは『伝える』と書いた。メイも思ったことを自分の中に溜め込んでしまうタイプだったが、ヒメとウタが本心を語ってくれたことで、自分も伝えていこうと思えるようになったのだ。

 ウーちゃんは『立ち向かう』と書いた。都合が悪くなると逃げてしまう弱い自分を変えたい。逃げないで、受け止めて、自分の弱さに立ち向かいたい。そんな思いをハチマキに記した。

 一人ひとりがハチマキに文字を綴って、ぎゅっときつく頭に巻いてからは、明成の音楽は明らかに変わった。「私はこう演奏したい」という意志が見えるようになった。

 ヒメはその音を離れたところで聴きながら、笑みを浮かべた。

 

勝負の全道大会!

 合宿が終わり、夏の日々は怒涛のように過ぎていった。

 そして、勝負の全道大会の当日がやってきた。会場は札幌コンサートホールKitara(キタラ)だ。

 大会には8地区の代表15校が出場する。明成は12番目だった。

 出番を待つ舞台裏は、メンバーは緊張している様子だった。無理もない。この12分間で運命は大きく変わるのだ。ヒメは「いつもどおりの笑顔でね。大丈夫だよ」と声をかけていった。

 実は、会場に来る前にヒメは一人ひとりに手紙を渡していた。去年はホジャケ先輩が手紙をくれて、ヒメはそれを励みにステージに出た。だから、今年は自分が手紙でみんなを励まそうと思い、前夜遅くまでかけて55人分のメッセージを書いたのだ。

 ウーちゃんに渡した手紙はこんな内容だった。

 1年生のときからJRで一緒に通ったね。いままでたくさん助けてくれてありがとう。美侑がいなかったら頑張れなかったよ。全道大会のステージで、光いっぱい浴びて輝いてきてほしい。

 55人のメンバーは、ヒメの手紙をポケットにしまってステージに出ていった。ヒメはホジャケ先輩やジュニアのメンバーと一緒に舞台裏のモニターで見守っていた。

 淳先生の指揮で演奏が始まった。課題曲《メルヘン》に続いて、自由曲《Crossfire 2023 ed. - November 22 J.F.K》。目立ったミスはなく、練習の成果がしっかり発揮された演奏になっていた。

「これ、いけるべ!」とホジャケ先輩が言った。

 ヒメは頷きながら、「本当に全国、あるかも!」と心の中で思った。

 モニター越しではあったけれど、メイやウーちゃん、メンバーたちが輝きながら演奏しているのがわかった。

 ついに「吹奏楽の甲子園」、全日本吹奏楽コンクールへの扉が開くのかもしれない——!

 12分間の演奏が無事終わり、メンバーはステージから出てきた。みんなの「顔」は「晴れ」ていた。ヒメは「よかったよ!」と笑顔でみんなを迎えた。

 演奏後は会場の外で記念撮影がある。本当はコンクールメンバーだけだが、ヒメもそこに加わることになった。楽器が何もないから、打楽器からマレットを1本借りて手に持ち、淳先生の隣に立った。

(やっぱり高校生活の最後に、キタラで演奏したかったな……)

 ヒメはふとそう思ったが、表情には出さなかった。みんなが自分の分まで良い演奏をしてくれたことが嬉しかった。

 

 全道大会の結果発表は、出場団体は客席に入ることができないため、みんながホワイエでステージ上の発表の様子をモニターを見る。明成の部員たちはライバル校と肩がくっつくくらい近くに並んで、食い入るように画面を見つめた。

 明成の審査結果は、金賞。

(よし、2年連続の全道大会金賞だ!)

 ヒメは内心ガッツポーズした。続いて、北海道代表2校の発表。ヒメは祈りながら、淳先生の言葉を思い出していた。ヒメを全国大会の表彰台に乗せる、と約束してくれた言葉を。

 代表校としてアナウンスされたのは——札幌日本大学高校と東海大学付属札幌高校だった。

(あ、ダメだったか……)

 ヒメはぽつりと心の中で呟いた。それ以上の言葉が出てこなかった。

 ヒメはみんなと一緒にホールを出ると、公園の一角に集合した。

「3年生、どうだった?」と淳先生が言った。

「結果は、悲しいです」とヒメが答えた。

「そうだよな。悲しいよな。ほかの人、どうだ?」

 すると、「楽しかった」「楽しかったです」という声が次々に上がった。

 ヒメの目から涙が溢れ出し、止まらなくなった。

 コンクールでは負けてしまった。でも、「楽しい」という終わり方ができた。楽器が吹けなくなり、部活をやめたいと思ったこともある。12人という少ない同期で部活を引っ張ってくるのも大変だった。

(でも、やめなくてよかった! 私、めっちゃ幸せだ!)

 部長として、サポート役としてみんなを支えることができたからこそ、「楽しい」全道大会になった。みんなに心から感謝したかったし、自分自身も褒めてあげたかった。

 淳先生がヒメに言った。

「ヒメ、ごめんな。先生、約束破った。お前を全国に連れていけなかった」

 すると、ヒメは晴れ晴れとした笑みを浮かべて答えた。

「さっきまで悲しかったけど、もう全然いいです。悔しいけど、悔しくないです!」

 堂々と言い切った教え子の姿に、淳先生は胸を打たれた。

(なんてカッコいいやつなんだ。ヒメはきっと明成の伝説の部長になるぞ)

 先生はそう確信した。

部活ノートに書いた「3つの命」

 メイは後日、部活ノートにこう綴った。

 ひめが帰りに言っていた「悔しいけど、悔しくない」という言葉にすごく共感できた。悔しいけど、それ以上の「想い」があったのかなと思う。自分でもよく分からない感情だった。(中略)わがままを言うと、ひめと出たかった。なんであの子が出れないんだろう。悔しいな。いままで支えてくれてありがとう。
 

 一方、ヒメの部活ノートには、担任の先生から聞いた「3つの命」について書かれていた。

 宿命 〜前世から決まっていること
 運命 〜どうやって命を運ぶか
 使命 〜人生終えるまでにどう命を使うか

   自分の場合、金属アレルギーになったこと→宿命

 初めはこの宿命を、神様をとても憎んだ。でも、この事実は変えられない、と気づき始めたとき、私は変われた。

 この宿命の中、どう部活のためになるか→運命
 
  気づけば、時間はあっという間に経つくらい、どんどん行動起きていた。部活という存在がかけがえのないものに変わってきた。それと同時に、人のためになる自分が好きになってきた。

 引退するまでに、どんな存在になれるか→使命
 

 吹奏楽コンクールは負けてしまったけれど、部活は続いていく。ヒメたちが引退するのは、年末の定期演奏会だ。

 ヒメは思う——。

 旭川明成高校に入学し、吹奏楽部で活動を続けてきてよかった。

 大好きなユーフォニアムが吹けなくなっても、人生において大切なこと、教室では学べないことを知ることができた。

 ハチマキに書いたとおり、「自分が変わる」こともできた。

 神様を憎むほど残酷な「宿命」も、吹奏楽部の仲間たちがいたから乗り越えることができた。

 明成はコンクールで「敗れた」。でも、敗れていない。

 悔しいけれど、悔しくない。

 なぜなら、コンクールで「勝つ」ことよりも大事なことを学べたから。でもそれは、本気でコンクールで「勝とう」とし、無我夢中で頑張り続けたからこそ学べたことだった。だから、コンクールにも「ありがとう」と言いたい。

 ヒメやメイ、ウーちゃん、明成の部員たちを大きく成長させてくれた2024年の夏は終わった。

 だが、ヒメはまだ走り続けている。

 引退するその日まで、自分はあとどれだけ変わることができるだろう? そのとき、どんな自分になっているだろう? さらに成長した未来の自分を想像するだけでワクワクしてくる。

 ヒメの心にはいつだって『自分が変わる』と書かれたハチマキがぎゅっと巻かれている——。

 
顧問・佐藤淳先生
音楽科教諭。1961年生まれ。北海道出身。武蔵野音楽大学ではピアノを専攻し、教員になってから吹奏楽を知る。旭川商業高校吹奏楽部を率いて全日本吹奏楽コンクールに5回出場(金賞2回)。2022年度より現職。

※本記事は2024年10月24日、本サイト「シンクロナス」に掲載した記事を再掲載したものです。

<次回>【吹部ノート 第52回】浜松聖星高等学校(静岡県)#1 

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全国の中学高校の吹奏楽部員、OBを中心に“泣ける"と圧倒的な支持を集めた『吹部ノート』。目指すは「吹奏楽の甲子園」。ノートに綴られた感動のドラマだけでなく、日頃の練習風景や、強豪校の指導方法、演奏技術向上つながるノウハウ、質問応答のコーナーまで。記事だけではなく、動画で、音声で、お届けします!

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