吹奏楽部員たちが部活に燃える日々の中で、書き綴るノートやメモ、手紙、寄せ書き……それらの「言葉」をキーにした、吹奏楽コンクールに青春をかけたリアルストーリー。ひたむきな高校生の成長を追いかける。

第43回は愛知工業大学名電高等学校(愛知県)#2(#1はこちらからご覧になれます)。

本連載をもとにしたオザワ部長の新刊『吹部ノート 12分間の青春』(発行:(株)日本ビジネスプレス 発売:ワニブックス)が好評発売中。

吹奏楽部員、吹奏楽部OB、部活で大会を目指している人、かつて部活に夢中になっていた人、いまなにかを頑張っている人に読んで欲しい。感涙必至です!

【前回までのあらすじ】
全国大会最多出場記録を更新し続ける名門、愛知工業大学名電高校吹奏楽部。「パーフェクト」と評されながらも密かに孤独に苦しんだ部長のナギサは、恩師と親友の言葉に支えられ、仲間との絆を結び直した。一方、そんな部長を支える副部長のルリもまた、特別な想いを胸にステージに立つ。それは、コロナ禍で夢を絶たれた姉から託された、もうひとつの物語だった。

姉の名札を握りしめ

 8月24日、東海吹奏楽コンクール。愛知工業大学名電高校吹奏楽部の出場順は2番だった。

 薄暗い舞台裏で待機する座奏Aメンバーの中に、高3で副部長を務める川口るり(ルリ)の姿があった。持っているのは大きな銀色のテューバ。指が触れている部分が汗で滑る。肩がかすかに震えているのは、楽器の重さのせいではなかった。

(ソロ……大丈夫かな……)

川口るりさん(3年生・テューバ)

 名電の今年の自由曲《藍色の谷》にはさまざまな楽器のソロがあるが、テューバのソロはルリが吹くことになっていたのだ。吹奏楽では最低音を担当し、演奏全体を支える役割のテューバにとって、ソロはめったにないものだ。ルリもソロを吹いた経験は一度しかなかったし、コンクールでは初めて。もともと緊張しやすい体質だが、さらに大きなプレッシャーを感じていた。

 

 そのとき、頭の中に姉のマナの言葉がよみがえってきた。

「ソロを任せてもらえるのはすごいことなんだから、全力で頑張りなさい」

(そうだ。それ以前に、こうして高校生活最後の年にコンクールで演奏できること自体が幸せなことなんだ)

 名電のメンバーたちは「トニック」と呼ばれる、青襟の黒いステージ衣装を着用していた。ルリはジャケットの左胸のあたりをギュッと握った。その裏地には「川口まな」と書かれた名札が縫いつけられている。

 それは5年前、トロンボーン担当だった姉のマナが着ていたトニックだった。姉が——コンクールで着ることができなかったトニックだったのだ。いま、きっと姉は客席のどこかにいるはずだ。

 名電の出番になり、メンバーはステージへと歩みだしていった。ルリもそれに続いた。

 2020年と2025年——時を超えてマナとルリのトニックが照明に照らし出された。

 

コロナ禍に「地上最高の定期演奏会」を

 5年前のことを、マナはいまでもよく覚えている。

 年明けの定期演奏会で先輩たちが卒部し、マナは新たな部長に選出された

「高校最後の1年、どんな部活にしていったらいいのかな……」

 そんなことを考えつつ期待に胸をふくらませていた矢先、新型コロナウイルスが世界中で感染拡大。全国で一斉に臨時休校となった。

 最初は「すぐまた学校も部活も再開されるだろう」と楽観していた。だが、臨時休校はなかなか終わらず、全日本アンサンブルコンテストも、春のセンバツ高校野球やインターハイも中止になった。

 そのころ、名電では幹部だけがもらえる手帳があり、マナはそれを日記代わりに使っていた。

 臨時休校が3カ月目に突入した5月初旬、マナは手帳にこんなことを書いている。...