吹奏楽部員たちが部活に燃える日々の中で、書き綴るノートやメモ、手紙、寄せ書き……それらの「言葉」をキーにした、吹奏楽コンクールに青春をかけたリアルストーリー。ひたむきな高校生の成長を追いかける。
第37回は聖ウルスラ学院英智高等学校(宮城県)#1
本連載をもとにしたオザワ部長の新刊『吹部ノート 12分間の青春』(発行:(株)日本ビジネスプレス 発売:ワニブックス)が好評発売中。
吹奏楽部員、吹奏楽部OB、部活で大会を目指している人、かつて部活に夢中になっていた人、いまなにかを頑張っている人に読んで欲しい。感涙必至です!
宮城県仙台市にあるキリスト教系の私立高校。略称は「ウルスラ」。聖ウルスラとは、学校創立者のアンジェラ・メリチが尊敬した聖人。吹奏楽部は、2024年度までに全日本吹奏楽コンクールに8回出場(県内最多)。全日本マーチングコンテストや全日本アンサンブルコンテストにも出場している。今年度の部員数は164名。

全国金まであと98日
純白のマリア像が飾られた、吹き抜けのある校舎に力強い音が響いていた。
宮城県仙台市にある聖ウルスラ学院英智高校。聖アンジェラホールと名付けられた階段教室が吹奏楽部の練習場所だ。開け放たれたドアを164人の部員たちが慌ただしく出入りし、ホール以外でも校内のあちこちで楽器の音が鳴っている。

7月中旬、ウルスラは前日に地区大会に出場して代表校に選ばれたばかりだったが、部員たちは下旬の県大会に向けて休む時間も惜しむように練習に取り組んでいた。
ウルスラは、全日本吹奏楽コンクール出場校の中では、比較的新しいバンドだ。2011年に初出場を果たし、昨年まで8回出場。近年はコンスタントに東北代表に選ばれ、「全国大会常連校」として知られるようになっている。
聖アンジェラホールの入り口あたりには、部員たちの目につくように連絡用のホワイトボードが置かれていた。連絡事項や注意事項が書かれている中に、いちばん目立つ文字でこう記されていた。
Mメン 全国金まであと133日

「Cメン」とはコンクールメンバー55人、「Mメン」とはマーチングメンバー81人のことだ。ウルスラは、全日本吹奏楽コンクールにも全日本マーチングコンテストにも出場している。だが、いずれの全国大会でもまだ一度も金賞を受賞していない。
しかも、コンクールでは3年連続で銅賞となった。「吹奏楽の甲子園」は出場するだけでも充分に価値があり、並みいる強豪バンドの中で金賞をとることは至難の業だ。
顧問の及川博暁(ひろあき)先生も、それをわかっているつもりだった。
「2022年、2023年と銅賞だったときも悔しかったけれど、それよりも頑張り抜いた生徒たちが全国大会の舞台に上がる誇らしさのほうが勝っていた。でも……」

全日本吹奏楽コンクールの表彰式で3年続けて「銅賞」のアナウンスを聞いたとき、及川先生の中で感情の変化が起こった。まるで曲の中で調性が変わるかのように。誇らしさや納得感はもちろんあったけれど、強烈な悔しさがあふれ出したのだ。
出場するだけで満足していてはいけない。全国大会を笑顔で終えられないのは、何よりも自分の力不足だ。青春をかけて頑張っている生徒たちのためにも、やはり目指すべきはいちばん良い評価を手に入れることだ。
「来年は、全国大会金賞をとります」
及川先生は部員たちの前に立ち、そう宣言した。
それ以来、ホワイトボードに記されたカウントダウンの文字も「全国大会まで」ではなく、「全国金まで」に変わった。
全国大会の表彰状には、金・銀・銅の各賞と同じ色のメダルが貼りつけられている。2025年、金メダルのついた表彰状を手にして笑っている自分たちの姿が、先生や部員たちの脳裏におぼろげに浮かんだ。
だが、そんな高い目標を立てた反面、及川先生は例年にない不安を覚えていた。
全国金賞どころか、もしかしたら今年は東北代表を逃すのではないか、と——。
真剣な表情で練習を続ける部員たちに、先生は決してその胸の内を明かすことはなかった。きっと大丈夫だ。「ジンクス」にとらわれるのはやめよう。きっとこの子たちとなら、乗りこえていけるはずだ。
そんな先生を、マリア像はただ静かに見守っていた。
「変わりたい」少年はファゴットを手にした
今年のコンクールメンバーの中に、ふたりのファゴット奏者がいる。
五十嵐蓮(れん)と氏家莉奈。いずれも3年生だ。
実は、ふたりとも中学まではトロンボーンを吹いていた。ともにウルスラに入ってからファゴットにコンバートし、お互いに支えあいながら進んできた。

楽器のコンバートは、ほぼ初心者に後戻りしてしまうため、演奏面でもメンタル面でも大きな負担となる。しかも、トロンボーンはスライドを動かして演奏する金管楽器、ファゴットはすべての指を駆使して演奏する木管楽器。タイプがまったく違う。
蓮は、仲間には名前の「嵐(あらし)」と「蓮」を縮めて「アレン」と呼ばれている。アレンがファゴットにコンバートしたのには理由があった。
「自分がイヤでたまらない。高校で、僕は変わりたい!」
アレンは中学時代にそう強く思ったのだ。
中3のとき、全日本マーチングコンテストに出場した。熱心な部活だったが、アレンはというとあまり真面目に練習に取り組んでいなかった。そのせいでほかの部員たちとの関係もうまくいかなかった。
「こんな自分じゃダメだ。真剣に頑張って、いろいろ挑戦して、実力をつけたら、きっとみんなと仲良くなれるはずだ」
そんな思いを抱え、地元仙台の強豪校であるウルスラに入った。
その年はトロンボーンの希望者が多かったため、「別の楽器に挑戦してみよう」と考えた。
「ファゴットの楽譜はトロンボーンと同じヘ音記号だから、やってみないか」
及川先生にそう言われ、進んでコンバートを受け入れた。
そもそも出身中学にファゴットがなかったため、どんな楽器かもよく知らなかった。
「何とかなるだろう」
そんな楽観的な気持ちもあった。
♪
1年生のとき、アレンと莉奈はともに全日本マーチングコンテストを目指すMメンになった。アレンは全国大会の経験者だったが、ファゴットを吹きながらマーチングをするのはもちろん初めてだ。
(これは難しいぞ……。行進すると楽器が揺れてうまく吹けない)
ファゴットは130センチ以上ある細長い楽器で、首にかけたストラップに楽器を吊るして演奏する。マーチングで前後左右に動くと、その管体に遠心力がかかり、どうしても安定して息を吹き込むことができなかった。
そもそも動かない状態でもまともに演奏できない。マーチングをすると、演奏も行進もどちらもできなくなる。
(僕、中学では全国大会まで行ったのに……。悔しいな)
歯がゆい日々が続いたが、アレンはウルスラに入るときの「変わりたい」という気持ちを忘れていなかった。とにかく、少しでも早く演奏を身につけなければならない。アレンは毎朝、学校の門が開く7時に登校し、基礎からみっちり練習をした。昼休みも欠かさずファゴットを吹いた。
そんな努力が実って、ウルスラが全日本マーチングコンテストに出場する11月には、中学時代と遜色がないくらいに演奏と演技をこなせるようになった。
ただ、つい自分の考えだけで行動してしまい、莉奈や木管低音楽器の仲間と喧嘩になることがあった。
(技術が成長しても、僕は内面が成長できていないんだ……)
アレンは反省した。まだ変わりきれていない自分を感じた。
全日本マーチングコンテストでは、ウルスラは銀賞を受賞した。中学時代は銅賞だったから、「ウルスラだと中学より上に行けるんだ」と嬉しく思った。だが、まわりのメンバーは悔しがっていた。
(僕は銀賞で喜んでいていいのかな? もっと頑張れたかもしれないし、そうしたら金賞に手が届いたかもしれない……)
自分が感じた喜びは決して間違いではない。けれど、やるなら頂点を目指すべきではないか。目指せる仲間たちがいるのがウルスラではないか——。
アレンは複雑な思いを抱えながら、会場の大阪城ホールを後にしたのだった。
楽譜にはあの子がいる
アレンは高2ではCメンに入った。一方、莉奈はMメンになった。同期ながら別のチームで活動することにアレンは一抹の寂しさを覚えた。
この年のウルスラの自由曲は三善晃作曲《交響的変容》。難解な現代音楽だ。数学の教員で現代音楽の持つ曲想や楽譜の構成を愛する及川先生のもと、「ウルスラといえば現代音楽」というくらい毎年コンクールで取り組んできた。
アレンは《交響的変容》に苦戦した。必死に練習したが、どうしても納得のいく演奏ができなかった。
人間関係でも、ほかのCメンとうまく付き合うことができず、不満や孤立感を覚える日々だった。
なんて自分は不器用なのだろう。変わりたいのに、まだ変われていないんだ——。
♪
ウルスラでは、特にコンクールが佳境に入るとCメンとMメンが一緒に活動する機会は少なくなる。アレンが莉奈と会うこともあまりなくなっていた。
あるとき、練習のために課題曲の酒井格作曲《メルヘン》の楽譜を開くと、曲名の横にいつの間にかイラストが描き込まれていた。ギャグ漫画のようなタッチの似顔絵だ。おそらく女の子。大きく開かれた口の中には牙みたいな歯が並んでいる。
(これ、いったい誰の顔だろう。誰が描いたんだろう?)
アレンがそう思っていると、横にいた先輩が笑みを浮かべながら言った。
「莉奈がここにいるよ」
「えーっ、これ、莉奈の顔⁉ 先輩が描いたんですか⁉」

確かに、よく見るとトレードマークのメガネをかけているし、髪の長さも同じくらいだ。
(でも、これが似顔絵だなんて言ったら、莉奈は怒りそうだなぁ)
アレンはそう思いながらも、先輩の気遣いが嬉しかった。
きっと演奏に悪戦苦闘しているアレンを励ますため、わざとおもしろおかしく描いてくれたのだろう。もしかしたら、アレンの孤立感にも、莉奈がいない寂しさにも先輩は気づいていたのかもしれない。
結局、アレンは全国大会でも良い演奏はできなかった。
3年連続の全国大会出場は創部初の快挙だったが、結果は3年連続の銅賞で終わった。
ただ、楽譜に描かれた莉奈のイラストのおかげもあって、アレンは気持ちを込めてファゴットを吹くことはできた。入部したときから一緒に頑張ってきた仲間に見守られているような気がした。
莉奈たちMメンが出場した全日本マーチングコンテストの結果は銀賞。またしてもウルスラは金賞に手が届かなかった。
アレンに残されたコンクールはあと1回。今度はきっと莉奈もCメンに入り、一緒にファゴットを吹けるだろう。変わりたい。新しい自分になって全国大会で金賞をとりたい、とアレンは思った。
だが、そのときのアレンはまだ知らなかった、ウルスラの「福島のジンクス」を——。
♪
東北大会の会場は各県持ちまわりで開催されているが、2025年の会場は福島県と決まっていた。実は、及川先生が顧問になってから、ウルスラは過去2回福島での東北大会に挑み、いずれも次点で涙を呑んでいた。
今回も「ジンクス」が続いてしまうのか、それとも「3度目の正直」でジンクスを吹き飛ばせるのか、それは及川先生にもわからない。
ただ、先生は3年連続銅賞の悔しさを味わった直後、全国大会金賞の埼玉県立伊奈学園総合高校や八王子学園八王子高校を訪問し、顧問の先生たちに話を聞いた。それをヒントに、どうやったら東北大会を突破して全国大会金賞に選ばれる演奏ができるかを自分なりに探求した。
答えはまだ出ない。
とにかく、時間は待ってはくれない。ホワイトボードの「全国金まで」の残り日数はどんどん減っていく。進んでいくしかないのだ。コンクールの日々も、音楽も——。
<次回>【吹部ノート 第38回】聖ウルスラ学院英智高等学校(宮城県)#2
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🔰シンクロナスの楽しみ方
全国の中学高校の吹奏楽部員、OBを中心に“泣ける"と圧倒的な支持を集めた『吹部ノート』。目指すは「吹奏楽の甲子園」。ノートに綴られた感動のドラマだけでなく、日頃の練習風景や、強豪校の指導方法、演奏技術向上つながるノウハウ、質問応答のコーナーまで。記事だけではなく、動画で、音声で、お届けします!
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