吹奏楽部員たちが部活に燃える日々の中で、書き綴るノートやメモ、手紙、寄せ書き……それらの「言葉」をキーにした、吹奏楽コンクールに青春をかけたリアルストーリー。ひたむきな高校生の成長を追いかける。
第53回は浜松聖星高等学校(静岡県)#2
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2025年、全日本吹奏楽コンクールで悲願の初金賞を受賞した浜松聖星高校吹奏楽部。「コンクールはフェスティバル」と語る音楽監督・土屋史人先生のもと、部長の森田蕗乃(ふきの)は名前の由来となった「フキノトウ」のように強くありたいと願っていた。過去2年の全国大会は銀賞。金賞への憧れと「愛されるバンド」という理想——その狭間で、彼女は期待と不安という荒波の中、最後の1年へ漕ぎ出していく。
いじめられる曲、《ローマの祭り》
名門バンドの部長になった蕗乃にとって、いよいよ高校生活最後の1年が始まった。
例年より多い42人の1年生が入部し、浜松聖星は総勢87人になった。部員数が増えるのは喜ばしいことだが、上級生はおおよそ1人が2人の1年生の指導を受け持つことになり、負担は大きくなる。
それ以上に課題になったのは、55人のコンクールメンバー選びだ。
前年まではメンバー外になる部員が少数だったため、上級生はほぼ優先的にメンバーになることができた。しかし、87人ともなるとそういうわけにもいかない。1年生の中にも実力のある奏者はいる。
「今年は学年関係なし。ブラインドオーディションで55人を決めるよ」
土屋先生はそう宣言した。「ブラインドオーディション」とは、誰が演奏しているか見えない状況にしておこなうオーディションのことだ。
それは部内で良い意味での緊張感を生みだすための決断でもあった。
(浜松聖星を代表する55人を選ぶために、オーディションは必要なこと。でも、それがすべてとか、選ばれなかったら部活する意味がないとか、みんながそういうふうに思わないようにしないと……)
蕗乃は思った。あくまでもっとも大切なのは「愛されるバンド」になること。コンクールはそれを実現するための、さまざまな活動のうちのひとつでしかない。それを忘れてはいけない。
オーディションがおこなわれ、蕗乃をはじめとする55人のメンバーが選出された。1年生が10人も選ばれたが、一方で上級生で選外となった者たちもいた。きっと複雑な思いを抱えているはずだ。
コンクールメンバーだけの活動にならないことと、コンクールで最高の結果を残すこと——両立の難しいふたつの課題を前に、蕗乃は頭を悩ませた。
今年、土屋先生がコンクールのために選んだ曲は、課題曲が伊藤士恩作曲《マーチ「メモリーズ・リフレイン」》、自由曲はオットリーノ・レスピーギ作曲《交響詩「ローマの祭り」より I チルチェンセス IV 主顕祭》だった。
特に、自由曲は部員たちに衝撃を与えた。浜松聖星は過去11回全国大会に出場しているが、自由曲はもとから吹奏楽のために作られた曲か、ブラスバンド(金管バンド)曲から編曲されたものだった。《ローマの祭り》のようなオーケストラのための曲を自由曲にするのは15年ぶりだった。
(マジか! 私たちにあの壮大な曲を演奏できるのかな……)
蕗乃も戸惑った。《ローマの祭り》といえば、冒頭はトランペットがバンダ(通常の演奏位置から離れて演奏する別働隊のこと)で勇壮なファンファーレを奏でるところから始まり、終始トランペットが目立つ曲。裏を返せば、トランペットにプレッシャーがかかる曲ということだ。
(いじめられる曲だなぁ……)と蕗乃はため息をついた。
だが、それは土屋先生に期待されているということでもあるだろう。蕗乃は、メディアに掲載された土屋先生のインタビューを読んだ。そこにはこんなことが書かれていた。
『今年は力のあるトランペット奏者が揃ったので、やるならいましかない、という思いがありました』
先生にそう思ってもらえるのは心から嬉しかった。
(先生の期待に応えるためにも、やってやろう!)
蕗乃は、メンバーに選ばれた5人のトランペット奏者とともにさっそく楽譜と格闘し始めたのだった。
「伝える力」が欲しい
トランペットはファースト3人、セカンド、サード、フォースが各1人。蕗乃はサードになった。《ローマの祭り》のバンダはファーストが務める。課題曲と自由曲の間にステージの最前列に出て立奏するのだが、セカンド・サード・フォースの3人はトランペットの席からバンダと呼応するように演奏することになっていた。
課題曲では6人がひな壇で上下2段に分かれて座っているが、バンダでファーストが抜けた後、下段にいる蕗乃たちは上段のファーストの席に移動して演奏することに決まった。3本に減ったひな壇のトランペットがほかの楽器の音に埋もれないためだ。
実際に移動の練習をしてみたところ、足もとに置いてあったミュート(消音器)を蹴ってしまった。そこで、床には置かず、譜面台に取りつけるミュートスタンドを使うことになった。これで移動も気を遣わなくて済む。
《ローマの祭り》は、古代から現代に至るまでのローマの祭りを色彩豊かに音楽で描写していく作品だ。通底するのはキリスト教が関連する祭りだという点だが、キリスト教系の学校である浜松聖星がこの曲を演奏することになったのも、何かの運命だったのかもしれない。
最初に演奏する「チルチェンセス」は、古代ローマで繰り広げられたキリスト教徒と猛獣を闘わせ、キリスト教徒の無残な死を観衆に見せる残酷な催し。蕗乃たちは死を覚悟して円形劇場へ向かうキリスト教徒を表現するため、実際に絶望した気持ちになってとぼとぼ歩いてみた。
三賢者がキリストを礼拝したことを祝う「主顕祭」を表現するためには、実際にローマに旅行してクリスマスシーズンの祭りを見てきた部員たちがその様子をみんなに教え、イメージ作りをした。
また、課題曲《マーチ「メモリーズ・リフレイン」》も、オリジナルの歌詞をつけ、ときに歌って練習しながらみんなで具体的なイメージを共有するようにした。
ただ、蕗乃は日々練習を重ねながら、部長である自分自身にずっと物足りなさを感じていた。欠けているのは「伝える力」だった。
蕗乃は部活ノートで土屋先生に向けてこんなことを書いた。...
