吹奏楽部員たちが部活に燃える日々の中で、書き綴るノートやメモ、手紙、寄せ書き……それらの「言葉」をキーにした、吹奏楽コンクールに青春をかけたリアルストーリー。ひたむきな高校生の成長を追いかける。
第54回は浜松聖星高等学校(静岡県)#3
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「圧倒的」を合い言葉に、難曲《ローマの祭り》に挑む浜松聖星。コンクール予選では結果こそ出るものの演奏に納得がいかず、部長の森田蕗乃は「音楽が死んでいる」と焦燥感を募らせる。東海大会を突破し10大会連続の全国出場を決めたが、手応えは「微妙」。拭えぬ不安と課題を抱えたまま、彼女たちは最後の夢の舞台、宇都宮へ向かう。
コンクールの練習はするな
東海大会から全国大会までの約2カ月間、浜松聖星はコンクール曲ばかりを練習し続けたわけではなかった。むしろ、逆だ。
「コンクールの練習はするな」
それが土屋先生からの指令だった。
「コンクール曲ばかりになると視野が狭くなる。コンクールのためだけのバンドになるんじゃないぞ」
先生は部員たちにそう言い聞かせた。
蕗乃(ふきの)は、土屋先生の一貫したポリシーが好きだった。
コンクールがすべてではない。結果ばかりを追い求めてはいけない——。だが、全国大会がおこなわれる10月には先生は60歳の節目、還暦を迎える。全国大会出場は10年連続だ。もし、今年初めて金賞がとれたら、先生への最高のプレゼントになるかもしれない。
蕗乃たちは出演予定の演奏会に向けてポップス曲などを練習しながら、コンクールにも活きるように楽器の基礎を一から見直した。
♪
再びコンクール曲の練習を再開したのは全国大会2週間前からだった。テスト期間も始まったが、学校側から特別に許可をもらい、勉強と両立しながら練習を重ねた。
「いまから細かいところをやっても大きな効果は得られないから、音を高めていこう」
土屋先生はそう言い、曲の練習よりも基礎合奏を中心にサウンド面を強化した。ホール全体に響きわたる分厚いサウンドは浜松聖星の伝統的な武器だった。技術的にはかなり高いレベルに達している。だから、音楽の根本である「音そのもの」を磨こう、ピッチやハーモニー、音色といった演奏の土台を確かめようというのが土屋先生の意図だった。
しかし、テストと練習の両立は、想像以上にメンバーの心身に重くのしかかっていた。
全国大会2日前にようやくテストが終わり、メンバーはその日のうちに貸切バスで浜松を出発。埼玉県の練習会場に着いたのが夕方のことだった。
すぐに練習を開始したが、メンバーの表情には疲労の色が濃く、合奏で響いた音は最悪だった。
(これは終わった……)と蕗乃は絶望した。
一夜明ければ少しは回復するかと思ったが、翌日も雰囲気は重いままだった。全国大会はもう翌日に迫っている。合奏練習では土屋先生や講師たちからたくさんのダメ出しを受け、部員たちは苛立ったり、落ちこんだりしていた。
「このままじゃダメだよ!」
たまりかねて蕗乃は大きな声で言ったが、返ってくる「はい」という返事は形だけのものに思えた。「何としてでも」という気迫が感じられない。
(私の言葉、みんなの心に届いてるのかな……)
蕗乃は不安になったが、残された時間は短く、できるのはみんなを信じることだけだった。冷たい雪の下でじっと耐えるフキノトウのように——。
不安を吹き飛ばした55人の音
そして、ついに全日本吹奏楽コンクール当日がやってきた。浜松聖星の出番は前半の部の6番目、午前10時15分に演奏開始となっていた。
メンバーは午前3時半にはホテルのバンケットルームに集まり、練習を開始した。前日に比べるとみんなの気持ちは高まっているように思えたが、だからといって特別良い演奏ができているわけではなかった。
(もし叶うなら、やっぱり金賞が欲しい。でも、それ以前に自分たちが積み重ねてきたものを出しきれるのかな……)
蕗乃の不安は続いていた。
時間が来て浜松聖星のメンバーはバスに乗り、宇都宮市文化会館へ向かった。駐車場にはすでにほかの出場校のバスが並んでいた。
(いよいよだな。ここまで来たら、もうやるしかない!)
蕗乃は心のモヤモヤを吹っ切るように自分に気合いを入れた。
バスを降りて会場に入り、楽器を準備し、チューニング室で最後の音出し。あっという間に出番が近づいてくる。チューニング室を出た後は、舞台裏の通路で待機した。
ステージでは1つ前の埼玉県立伊奈学園総合高校が演奏していた。浜松聖星とはまた違う上質なサウンドが嫌でも部員たちの耳に聞こえてくる。
「うま……」
誰かがそうつぶやくのが聞こえた。
「私たちは私たちの音楽をやればいいんだから。息をたっぷり吸って、いい音で吹こうね!」
蕗乃はそう言って部員たちを励ました。
伊奈学園の演奏が終わり、照明が落ちたステージに浜松聖星の55人は出ていった。
全国大会では転換の時間は3分間しかない。その間に前の学校が片付けをして舞台を降り、次の学校がセッティングを終えて演奏を開始しなければならない。
蕗乃たちは慌ただしく椅子や譜面台の位置を決め、譜面台の高さを変え、楽譜を広げた。ところが、まだ準備が終わらないうちに頭上の照明が明るくなってしまった。
「プログラム6番。東海代表、浜松聖星高等学校——」
ホールにアナウンスが響きはじめる。みんなは明らかに焦っていた。それは蕗乃も同じだった。《ローマの祭り》で席を移動するときにミュートを蹴飛ばさないよう用意していたミュートスタンドをまだ譜面台につけられていない。
(ああ、もう時間がない……)...
