アニメや映画の舞台を訪ねる「聖地巡礼」。しかし、その場所にたどり着くまでの道のりにこそ、物語や歴史の痕跡が残されているとしたらどうだろうか。

ベストセラー『Y字路はなぜ生まれるのか?』の著者・重永瞬氏が提唱する「トレースツーリズム」は、聖地を“点”ではなく“線”として捉える新しい街歩きの楽しみ方だ。

暗渠やY字路、通学路の記憶、GPSログまで。普段は見過ごしてしまう風景を読み解くことで、移動そのものが特別な体験へと変わっていく。

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聖地は点ではなく線である

――トレースツーリズムにおける“聖地巡礼”とは、どのような意味ですか。

重永瞬(以下、重永) 聖地巡礼というと、アニメや映画の舞台になった場所を訪ねて「この画角から撮ると同じように見える」という楽しみ方をされているファンの方がたくさんいますよね。

トレースツーリズムはそこから一歩踏み込んで、“舞台と舞台の間”に目を向けることを大切にしています。

映画や小説、アニメには描かれていないけれど、ストーリーからすれば主人公たちの人生の一場面になっていたであろう場所を見ることで、作品をもっと楽しめるんじゃないか。それが一つのポイントです。

――聖地巡礼とトレースツーリズムの違いは?

重永 大体「舞台になったあの場所に行ってみよう」と“点”としてイメージされることが多いと思います。でも実は、そこへ向かう道中こそが面白いんじゃないかというのが私のメッセージです。

参道には門前町があって、昔の旅人が立ち寄ったお店や宿がありました。しかし今は車で本殿に一直線に向かってしまう。観光客からは目に入らないんですが、意外とそういうものが面白い。聖地を線として考えることで、見えてくるものがたくさんあります。

暗渠を歩けば、水の気配が漂ってくる

――重永さんは暗渠歩きも好きなんですよね。

重永 はい、トレースツーリズムもそういったテーマに広げていきたいと思っています。暗渠とは、昔川が流れていた場所、あるいは今も川は流れているけれどふたをされている場所のことです。そこを歩くと、川の雰囲気や水の香りが不思議と漂ってくるんですね。

道沿いにマンホールが異常に多い、周りの家がすべて道に背を向けている、そういう場所は、元々川だったから表通りになっていないんです。水がなくなった今でもその雰囲気が残っていて、その変化を読み解くのが暗渠歩きの楽しいところです。

――暗渠歩きが楽しめる場所はありますか。

重永 谷根千(東京の谷中・根津・千駄木)エリアでは「へび道」でしょうか。暗渠マニアの中ではかなり注目されているスポットです。

京都で言うと、太田川という川が特に気になっています。京都大学の近くを流れていた川で、染め物が盛んなエリアを通っていましたが、昭和30年代にふたをされてしまいました。そのあとをたどると、碁盤の目の中を斜めにうねうねと通る不自然な道が見つかるんです。

私はY字路が好きなので、そういう場所を見るとおっとなるんですけれど(笑)。形成過程を調べてみると川が流れていたからだと分かる。Y字路にも暗渠が関わっているというのが面白いポイントですね。

 

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あの小説の主人公が歩いた道。歴史の先人たちが見た景色。
その足跡をたどりながら街を歩くと、見慣れた風景が新しい物語を語り始める。それが「トレースツーリズム」。
歩くことそのものが、歴史や物語を追体験する特別な旅になる。京都大学出身でベストセラー『Y字路はなぜ生まれるのか?』の著者・重永瞬さんが提案する新しい街歩き。

 

 

幾度も同じ道を歩き、そのたびに過去とのずれに気づく

――繰り返し歩くことにも意味があるのでしょうか。

重永 トレースツーリズムは一回だけでも楽しいんですが、何度も繰り返すことでその場所の変化がより深く分かってきます。

一番やりやすいのは通学路や通勤路です。人生の中でおそらく最も多く通る道だからこそ、たどれる街並みがたくさんある。

私自身、自転車で大学に通いながら同じ道を何度も通っていますが、そのたびに新しい家ができていたり、あったお店がなくなっていたりという変化が見えてくる。一回訪れるだけでは気づかない、そういう街の見方がこの繰り返しの魅力です。

自分の足跡をたどる「セルフトレースツーリズム」

――自分自身の思い出をたどる、という発展形もあるそうですね。

重永 はい。昔の旅人や小説の舞台をたどるトレースツーリズムに対して、自分の思い出もたどる対象になるのではないかと考えたのが「セルフトレースツーリズム」です。

 

修学旅行の思い出として広島を訪ね直したり、高校時代の通学路をなぞってみたりすることで、多くの人が経験している場所や出来事を新しい視点で楽しめる。

思い出の場所をもう一度訪ねるとき、どういうルートで歩くかが、思い出のよみがえり方に影響するというのがこの考え方のポイントです。

通学路も、朝の行く道と帰り道ではまったく違う記憶がよみがえってきますよね。帰り道のほうが、授業が終わったあとのすっきりした気持ちで友だちとわいわいしゃべりながら帰った記憶が浮かんでくる、そういった動きに着目した再訪も面白いんじゃないかと思い紹介しました。

――GPSログを使った楽しみ方もあるそうで。

重永 世の中には自分の足取りをGPSログで記録して楽しむ人たちがいますが、私もよく使いながら街歩きの記録を残しています。

古地図と自分の足取りのGPSログを重ね合わせると、街道沿いをたどるように動いていたログがどこかでいきなりずれる。大きな道路が開通して通れなくなった場所だと分かったりするんです。

この収録に来る際にも、山手線の田町から汐留まで歩いたんですが、その足取りが江戸時代の海岸線と同じだということが古地図を見ると分かりまして。線路沿いの殺風景な風景も、そう思うとすごく楽しいものになりますよね。移動そのものが楽しめる方法を皆さんに味わってもらえたらなと思います。

――街歩きをするうえで大切な心構えを教えてください。

重永 考えずに歩きます。できるだけ頭を空っぽにして歩いたほうが、その場所にあるものをより新鮮に受け止められると思っています。

ガイドブックに載っている場所を探す目線になってしまうと、街にあるものを見逃してしまう。道中をいかに楽しむかが、なぞるときのポイントです。

トレースツーリズムで紹介しているスポットは、本当になんでもない街角ばかりです。普段だったら気にも留めない場所が、なぞる・あるいはずれるという目線で歩くことで、歴史の奥深さを感じさせる入口になる。

この連載をやるようになってから、すべての移動が楽しくなりました。世の中のあらゆるものを楽しみたいと思っている人に、ぜひ読んでもらいたいですね。

 
重永瞬

京都府出身。京都大学大学院文学研究科地理学専修に在籍(博士課程)。専門は歴史地理学。縁日露店の歴史について研究するかたわら、まち歩き団体「まいまい京都」でツアーガイドを務める。 著作に『Y字路はなぜ生まれるのか』(晶文社)、『統計から読み解く色分け日本地図』(彩図社)など。 奈良新聞にて連載「大和参道紀行」を担当(2024年6月~2025年6月)。