疲れた頃に宿場町が現れる。通れるはずの参道が、途中で途切れている。
そんな何気ない違和感の中に、過去を生きた人々の痕跡が残されている。
京都大学出身で『Y字路はなぜ生まれるのか?』の著者・重永瞬氏が提唱する「トレースツーリズム」は、街を歩きながら過去の風景や物語をなぞる旅。歩くからこそ見えてくる歴史の楽しみ方を聞いた。
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「疲れた頃に宿場町が現れる」という気づき
――「トレースツーリズム」とはどんな考え方ですか。
重永瞬(以下、重永) 「過去の痕跡をなぞる歩き方」です。街を移動するには自動車、自転車、鉄道とさまざまな手段がありますが、過去の人たちと同じ速度で移動するには、徒歩が第一に挙げられます。
“歩く”という身体的な感覚、例えば疲れたとか、お腹が減ったとか、そういうところまで体験してこそ、昔の人の気分が味わえる。その考えから「なぞる街歩き」をトレースツーリズムと呼んでみました。
街歩きをするときは、地図をレイヤーで分けて考えます。現代の街並みの下に近代の街並みがあり、さらにその下に……というレイヤーが積み重なって今の景観ができている。
ちょうどトレーシングペーパーを重ねると後ろの景観が透けて見えるようなイメージで、「トレース(なぞる)」という言葉を使いました。
――トレースすることの一番の魅力はなんでしょうか。
重永 「遅さ」だと思います。歩くのは非常に遅いですよね。でもその分、達成感が味わえるんです。大学の地理学研究会のサークルで、街道ウォークという企画があったんです。京都から大阪まで、3日に分けて歩いていて、一日20キロほど歩いてました。
そのときの達成感が忘れられなくて、街道歩きに取り憑かれるようになりました。でも疲れたなと思った頃に、ちょうど宿場町が現れてくる。「なるほど、宿場町と宿場町の間の距離は、昔の人の歩く感覚に合わせてできているんだ」というのが大きな気づきでしたね。
「通れない場所」にこそ街の歴史が詰まっている
――「なぞる」だけでなく、「ずれる」というキーワードもあると伺いました。
重永 そうです。街道や参道を歩いていると、昔の道どおりに通れない場所が必ず出てくるんですね。
私が特に興味を持っているのが「分断参道」という現象です。神社やお寺の参道が鉄道によって分断されてしまうことがあって、踏切で渡れるものもありますが、中には完全に通れなくなっているケースもある。
そういう「ずれ」を見ていくと、その街の景観が何によって変えられてきたのかが分かってきます。
鉄道のほか、大きな幹線道路の開通や、区画ごとの再開発によって道が失われることもある。“通れない場所=ズレ”にこそ街の歴史が詰まっていると思います

あの小説の主人公が歩いた道。歴史の先人たちが見た景色。
その足跡をたどりながら街を歩くと、見慣れた風景が新しい物語を語り始める。それが「トレースツーリズム」。
歩くことそのものが、歴史や物語を追体験する特別な旅になる。京都大学出身でベストセラー『Y字路はなぜ生まれるのか?』の著者・重永瞬さんが提案する新しい街歩き。
梶井基次郎の『檸檬』が描く、変わった街と変わらない空気
――連載で梶井基次郎の『檸檬』に着目されたのはなぜですか。
重永 梶井基次郎は第三高等学校(現在の京都大学の前身にあたる学校)の出身で、彼が当時の京都の街中、寺町通りから新京極通りの辺りをどう見ていたのかが気になって、この有名な作品を読み込んでみました。どうも自分の経験と重なる部分があって(笑)。
――小説の舞台を実際に歩いてみていかがでしたか。
重永 主人公の「私」が京都をさまよいながら寺町通りを通り、最終的に新京極へ向かう過程をたどってみたんですが、どこを通ったのか、どこで何を感じたのかが分からない部分が多い。ところが地図上に舞台をプロットしてみると、ルートがおぼろげに推測できてくるんですよ。
実際に歩いてみると、昭和初期から現在までの京都の街並みの変化が見えてきます。
特に大きいのが「建物疎開」です。戦時中に延焼を防ぐため建物をどかして道路を広げた結果、小説の「私」が通ったであろう道がたどれなくなっている。この変化がトレースツーリズム的にはおもしろいポイントです。
――当時と今で大きく違う点は何でしょうか。
重永 やはり路面電車ですね。当時は路面電車が街のあちこちに張り巡らされていました。
その痕跡は今も道路の幅として残っていて、やけに広い通りが急に細くなる箇所は、古地図で見ると路面電車が通っていたりするんです。
一方で、『檸檬』の中には今はない八百屋や喫茶店の話が出てきます。でも、学生がぶらついて繁華街に向かうという場の性格は今でも続いている。街並みは変わっても、場所の雰囲気が残されているところに感銘を受けました。
作品が描かない部分にまで想像を巡らせることが楽しい
――トレースツーリズムの醍醐味を改めて教えてください。
重永 「作品の中で直接描かれていない部分にまで想像を巡らせること」だと思っています。小説の舞台を歩くとき、書かれていないことを地図や街の痕跡から補っていく作業がとても楽しいんです。
それと、遅さですね。歩くというのは非常に遅い。新幹線なら数時間で京都から東京まで行けますが、それをあえて分けて歩くことで、大きな達成感が得られます。その遅さの中にこそ、昔の人が感じたものが宿っている気がしています。
通れない場所も含めて、なぞりきれない部分を見つけること自体が、その場の歴史を読み解く手がかりになる。
街を歩くときは、目に見えているものだけでなく、かつてそこにあったものにも想像を向けてみてほしいと思います。
京都府出身。京都大学大学院文学研究科地理学専修に在籍(博士課程)。専門は歴史地理学。縁日露店の歴史について研究するかたわら、まち歩き団体「まいまい京都」でツアーガイドを務める。 著作に『Y字路はなぜ生まれるのか』(晶文社)、『統計から読み解く色分け日本地図』(彩図社)など。 奈良新聞にて連載「大和参道紀行」を担当(2024年6月~2025年6月)。
