徳川政権末期の「徳川近代」という時代は、明治新政権が政治的に江戸時代を全否定することによって抹消されてしまった。
その影響は現代まで続いている。勝者である官軍によって歪められた歴史は、幕末を生きた偉人たちの存在を掻き消してしまった。
しかし、来年の大河ドラマ「逆賊の幕臣」で、幕臣として近代化に尽力した小栗忠順が主人公になるなど、少しずつ歴史の見方も変わってきている。
本企画では、小栗忠順のみならず「幕末・維新を動かした真の主役たち」というべき人物に着目し、音声を中心に記事や動画などもまじえてお届けしていく。
第7回は小野友五郎#2
咸臨丸を支えた小野友五郎の実像
小野友五郎は、咸臨丸の太平洋横断を実質的に支えた技術官僚でした。航海で不可欠な天体観測、いわゆる天測を正確に行えた日本人は限られており、小野は米海軍のブルック大尉と並ぶほどの技量を持っていました。
笠間藩の下級武士だった小野は、和算や測量術に優れ、阿部正弘の人材登用によって幕府天文方に出仕します。咸臨丸では、ブルック隊の協力、そして小野の知識と人柄が、日米乗組員の軋轢を和らげる役割も果たしました。さらに小野は、国産蒸気軍艦「千代田形」の建造、鉄道敷設の構想、小笠原諸島の測量と領有についての実績づくりにも関わります。
それにもかかわらず、勝海舟を中心とする通説の陰で、その功績は十分に語られてきませんでした。小野友五郎を見直すことは、幕府側が担った近代化と安全保障の歴史を問い直すことにつながります。
音声内容(再生時間:59分16秒)*2025年12月に収録
- 和算と測量術の素養が小野友五郎の航海術を支えた
- 小野友五郎は阿部正弘の人材登用によって見いだされた
- 笠間藩の下級武士から幕府の技術官僚へ抜擢
- 小野友五郎の技術力がブルック大尉の信頼を得る
- 国産蒸気軍艦「千代田形」の建造も小野友五郎の功績
- 鳥羽伏見後、咸臨丸で旧幕府兵の遺体や負傷者を収容した……等
本企画では以下の5人の人物について論じていきます。歴史教科書で語られてきた従来の視点を覆す見方を皆様にご提示していきます。
阿部正弘 しれっと開国した徹底した改革派老中
井伊直弼 薩長討幕派がもっとも恐れた誇り高き保守文化人
小野友五郎 米軍士官が驚愕した天才科学官僚
小栗忠順 近代日本をデザインした国際派武断官僚
土方歳三 徳川陸軍 最初で最後の近代歩兵戦指揮官
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