2026年2月21日、ミラノ・コルティナ五輪、フィギュアスケート、エキシビションで演技する坂本花織 写真/松尾/アフロスポーツ

 

2026年2月、イタリアで開幕するミラノ・コルティナオリンピック。

冬季オリンピックが開催されるたびに、日本でも花形競技の一つとして存在感を高めてきたフィギュアスケート。

日本人が世界のトップで戦うのが当たり前になっている現在、そこに至るまでには、長い年月にわたる、多くの人々の努力があった——

日本人がフィギュアスケート競技で初めて出場した1932年レークプラシッド大会から2022年北京大会までを振り返るとともに、選手たちを支えたプロフェッショナルの取材をまとめた電子書籍『日本のフィギュアスケート史 オリンピックを中心に辿る100年』(松原孝臣著/日本ビジネスプレス刊)が発売中。

今回は、ミラノ・コルティナ五輪で個人で銀、団体でも銀を獲得しただけでなく、日本チームを支えた坂本花織選手の、3大会での功績を振り返ります。

 

平昌は「出れるだけで満足」

 ミラノ・コルティナオリンピックのフィギュアスケート競技は、女子シングルを終えて、すべての種目が終了した。

 坂本花織にとっての、3度目のオリンピックも終了した。

 ショートプログラムは2位。迎えたフリーでは、後半に予定していた3回転の連続ジャンプが単独になるミスがあった。そこで大きく得点を失い、2位。優勝したアリサ・リュウ(アメリカ)にわずか届かず、銀メダルで終えた。

「力を最後まで100%出し切れなかったのが悔しいです」

 演技を終えた坂本は、涙ながらに語った。リュウとの差は、わずか1.89点。連続ジャンプが跳べなかったことは、大きな違いとなって表れ、でも、ジャンプで小さくない点数を失いながら拮抗することができたのは、あらゆる面で磨きをかけてきた努力の成果でもある。

2026年2月19日、ミラノ・コルティナ五輪、フィギュアスケート女子、坂本花織(左)が銀、中井亜美が銅メダル 写真/スポーツ報知/アフロ

 坂本にとって、2018年平昌、2022年北京、それに続く3度目のオリンピックだった。

「1回目の平昌は、ほんとうに出れるだけで満足でした。全日本選手権後の代表発表のときに自分の名前を呼ばれただけでもかなり満足していて。でもあの年は女子は2枠しかなくてその中で勝ち取った枠だったので、『この子を選んでよかった』と思えるような演技をしないと、というプレッシャーはありました。その中で6位だったので、あの頃の自分にしてはなかなか上出来だったと思います」

2018年2月23日、平昌五輪、フィギュアススケート、女子フリーでの坂本 写真/長田洋平/アフロスポーツ

いろんな奇跡が起こった北京

 団体戦で銀メダル、個人戦で銅メダルを獲得した北京オリンピックについてはこのように語っている。

「北京のときは、団体でも個人でも頑張って表彰台に乗りたいと思ってはいたんですけど、正直、現実的に考えると厳しいかなっていうところはありました。でもいろいろな奇跡が起こって、団体も個人もメダルを獲ることができて、自分が思っている以上の結果が出てすごく満足できた大会です」

2022年2月17日、北京五輪、フィギュアスケート、女子フリーでの坂本 写真/スポーツ報知/アフロ

 2つの大会を経て、迎えた3度目の大舞台は、2つを経験しているからこその自覚とともに臨んだ大会だった。

「(団体では)自分の特技の、場を盛り上げるところをいかして、オリンピックという舞台を楽しめるように場の雰囲気を明るくできたらなと思っています」

 そして個人戦にはこんな思いを抱いていた。

「これが私の滑り、というのを見せられたらと思います」

 団体戦では、ショートプログラム、フリーの両方に出場し、ともに1位。アメリカとわずか1ポイントと互角に戦っての銀メダルに大きな役割を果たした。

 自身の演技だけでなく、出場するチームメイトを熱をこめて応援する姿があった。

 迎えた個人戦も同じく銀メダル。

 目指していた「完全にクリーンな演技」ではなかったかもしれない。ただ、ミスがあっても優勝者と僅差での2位になれたのは、やはり、真摯に取り組みながら歩いてきた道のりの成果である。「これが私の滑り」は、十分に世界に示すことができたのではなかったか。

 また、個人戦では、北京オリンピックの銅メダルから、銀メダルに色が変わった。北京では、坂本が言うように「いろいろな奇跡」も絡んでの成績だった。優勝候補筆頭とも言われていたカミラ・ワリエワがドーピング違反の渦中にあり、本来とはほど遠い滑りで終えて4位(のちに失格となり4位も取り消された)で終えたことが大きかった。

 でも今回の銀メダルは、地力でつかみとったものだ。世界選手権で2022年から3連覇するなど、毎シーズン、成長を続けてきて、その成果として得られたメダルだ。

 この4年、いや、初めて出場した平昌オリンピックから、ときに苦しんだ時期はあっても、前を見据えて取り組んできた時間は、ミラノ・コルティナオリンピックでたしかな形として示された。

 今シーズンでの引退を表明している坂本にとって、オリンピックという舞台は、今回が最後になる。

 でもスケートと向き合う日々が終わることはない。残りのシーズン、そしてその後は指導者として歩むことになる。

 スケートと歩む日々はこれからも変わらない。

 今まで経験を糧としてきたように、そこでも今回の経験はきっといかしていくだろう。

 

*JBpressでの連載「フィギュアスケートを支える人々」(2024年8月30日公開までの一部)と、書き下ろしを含む電子書籍『日本のフィギュアスケート史 オリンピックを中心に辿る100年』(松原孝臣著/日本ビジネスプレス刊)が発売中。

 

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