冬季オリンピックが開催されるたびに、日本でも花形競技の一つとして存在感を高めてきたフィギュアスケート。
日本人が世界のトップで戦うのが当たり前になっている現在、そこに至るまでには、長い年月にわたる、多くの人々の努力があった——
日本人がフィギュアスケート競技で初めて出場した1932年レークプラシッド大会から2022年北京大会までを振り返るとともに、選手たちを支えたプロフェッショナルの取材をまとめた電子書籍『日本のフィギュアスケート史 オリンピックを中心に辿る100年』(松原孝臣著/日本ビジネスプレス刊)が発売中。
今回は先日閉幕したミラノ・コルティナ大会について、過去最高の成績をおさめた日本人選手の活躍と共に、印象的な言葉を振り返ります。
*こちらは電子書籍『日本のフィギュアスケート史 オリンピックを中心に辿る100年』をご購入いただいた方の特典記事になります。
なぜ、力を発揮できたのか?
ミラノ・コルティナオリンピックが幕を閉じた。
フィギュアスケート日本代表は、金1、銀3、銅2と計6個のメダルを獲得して終えた。今までは前回の北京オリンピックの、銀2、銅2の計4個が最多だった。それを更新し、過去最高のメダルを獲得したことになる。
好成績を残すことができた要因は、多くの選手が地力をそのまま発揮できたことにある。
オリンピックを前に、男子・女子シングル、ペアの3種目はメダルを狙える位置に日本の選手がいた。しかもシングルの2種目では、複数名の選手が表彰台圏内にいた。今シーズン、日本代表として選ばれた選手たちが残してきた成績を考えれば、そう捉えるのは自然なことだ。メダル候補とされる選手たちの数がそもそも多かった、つまり力を持つ選手たちがそろっていたことが前提としてある。
だから、これだけ多くのメダルを日本が獲得できたのは、選手たちがもてる力をしっかり出すことができた点が大きい。その中には、シーズン最高と言ってよい演技を見せた選手もいる。
今回の日本代表の中で、オリンピックの経験者は、坂本花織、鍵山優真、ペアの三浦璃来&木原龍一の2名と1組。それ以外の選手は、初めてのオリンピック出場である。にもかかわらず、多くの選手が緊張や重圧に押しつぶされることもなく、演技を披露することができたのだ。
フィギュアスケートに限らず、オリンピックでは本来の力を出し切れずに終わるケースは少なくない。4年に一度の舞台に懸ける気持ちの強さ、あるいは周囲から寄せられる期待、それらが重圧となってのしかかるからだ。
でも、ミラノ・コルティナオリンピックのフィギュアスケート日本代表は、その呪縛にとらわれなかった。
何がそれをもたらしたのか。大きかったのは、チームとしての結束ではなかったか。
団体戦は象徴的だ。
アイスダンスのリズムダンスでスタートした予選から、締めくくりとなった決勝の男子フリーまで、どの試合も力の限り、出場している選手を応援する姿があった。それはまさに、団体競技、チーム競技さながらであった。
選手が演技を終えると、涙とともに出迎える姿があった。そこには心の底から応援している心根があった。
今大会の団体戦は、これまでのオリンピック以上に、早い段階から照準を定め、強い気持ちを持って臨んでいた試合だった。
団体戦の好成績が個人戦につながる
団体戦を平昌、北京と経験している坂本花織は、開幕を前に、このように話している。
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