Jリーグを目指すクラブが増えている。
しかしその「夢」の部分が語られる一方で、「現実」であるサッカークラブを運営・発展の日常について知る機会は少ない。
そこで日本代表のストライカーとして活躍した岡崎慎司が監督を務める「FC BASARA MAINZ」を取材し、サッカークラブ経営のリアルと、ドイツでクラブを発展させていくため「FC BASARA MAINZ」の挑戦を「バサラマインツ奮闘記」と題して追っていく。
今回は「集客」編のラストということで、地元クラブとの交流、岡崎慎司がどのように地域と関わっているのか、ドイツ6部から5部に昇格した場合の経営面の影響について、「FC BASARA MAINZ」ビジネスサイドのキーマンにお話を伺った。
ドイツで日本人がどんな奮闘をしているのか?異国の地でサッカークラブ運営をする「リアル」をお届けする。
(語り手 「FC BASARA MAINZ」前川友穂)
(取材・文 中田徹)
地元クラブとの交流
――「FC BASARA MAINZ」のホームゲームに集まるファンの、日本人と地元の方たちの割合はどのくらいでしょうか?
これまで日本人の方が多かったのですが、最近では半々くらいになってきたような気がします。
日本人とドイツ人のファン獲得を並行して進めていることもあり、地元の方たちからの興味が少しずつ増えてきたと感じています。
――前回は岡崎監督や、前川さんなど「FC BASARA MAINZ」の方々が地元のバーに行き、そこで交流しながら地元のファンを増やす努力をしていると伺いました。他にどのような活動をしていますか?
「FC BASARA MAINZ」はマインツ市のへキツハイムという地域にあるスタジアムを、「ビリー・バッカー(Willy 1. FC Wacker 1973 e.V./ドイツ11部リーグ)」というクラブと共有しています。
そして、会長のルーカスが「FC BASARA MAINZ」の我々との交流を通じてファンになってくれています。
彼自身はまだ30歳前後と若いですが、50年の歴史のあるクラブなので、そこの会長となるとやはり顔が広い。
ルーカスが周囲の人に「『FC BASARA MAINZ』という面白いサッカークラブがあるから今度、試合を見に行こうよ」と声をかけて連れてきてくれます。
――ルーカスさんと「FC BASARA MAINZ」はどのような縁で知り合ったんですか?
初めてルーカスと出会ったのは2025年7月頃。
これまで「FC BASARA MAINZ」はユニホームのイメージ写真や、選手のプロフィール写真を山下喬会長の自宅で撮影していました。
しかし、チームが発展していく中で選手全員を撮影するためのスペースが必要になり、これからどこで写真を撮るのか悩んでいました。
ビリー・バッカーはクラブハウスがあるので、彼らに部屋を貸してほしいと相談したところ、ルーカスが快く私たちの願いを聞いてくれました。
撮影当日は日本語で「ようこそ、ビリー・バッカーへ」というチラシがあったり、軽食や飲み物も用意していただいたり、「FC BASARA MAINZ」のことを大歓迎してくれました。このときから「FC BASARA MAINZ」とビリー・バッカーの交流が始まりました。
ルーカスはマインツ05の大ファンなので、岡崎が監督をしている「FC BASARA MAINZ」との縁ができて嬉しかったようで、うちのチームのドイツ人ファン第1号のような感じで関わってくれるようになりました。
地元クラブの会長がスタジアムDJに!
――ルーカスさんは「FC BASARA MAINZ」の固定ファンなわけですね。
はい。撮影以降もビリー・バッカーのクラブハウスを借りたので、「FC BASARA MAINZ」からお礼として差し入れに行ったとき、ルーカスが「実は俺、将来はスタジアムDJをやりたいんだ。『FC BASARA MAINZ』のホームゲームにDJがいたほうがいいんじゃない?」と言ったんです。
確かに「FC BASARA MAINZ」の試合にスタジアムDJがいたら盛り上がる。だけど機材が高くて「FC BASARA MAINZ」としては購入できません。
そういうことを話したら「自分で機材を買うから、DJをやらしてほしい」と自ら用意して、最近、DJデビューを果たしました。私はルーカスのことをファンというより「FC BASARA MAINZ」の一員として見ています。
クラブ同士の交流も活発です。...
