徳川政権末期の「徳川近代」という時代は、明治新政権が政治的に江戸時代を全否定することによって抹消されてしまった。
その影響は現代まで続いている。勝者である官軍によって歪められた歴史は、幕末を生きた偉人たちの存在を掻き消してしまった。
しかし、来年の大河ドラマ「逆賊の幕臣」で、幕臣として近代化に尽力した小栗忠順が主人公になるなど、少しずつ歴史の見方も変わってきている。
本企画では、「幕末・維新を動かした真の主役たち」というべき人物に着目し、音声を中心に記事や動画などもまじえてお届けしていく。
第9回は小栗忠順#2
横須賀製鉄所に託した小栗忠順の近代国家構想
万延元年の遣米使節団に参加した小栗忠順は、ワシントン海軍工廠などを視察し、軍艦だけでなく、機械や部品、兵器まで一貫して製造・修理する総合工場の重要性を学びました。帰国後、外国から軍艦を購入するだけでは、故障のたびに海外へ修理を依頼しなければならないとして、国内に本格的な造船・修理施設を建設する構想を進めます。
アメリカは南北戦争中で協力が難しく、幕府はフランスの支援を受けて横須賀製鉄所の建設に着手しました。小栗は、たとえ幕府が滅びて国の主が替わっても、横須賀製鉄所という価値ある財産を次の時代に残すべきだと考えました。それを、売りに出される家であっても土蔵が付いていれば価値が残るという意味の「土蔵付き売家」という言葉で表したと伝えられています。
横須賀製鉄所は明治政府に引き継がれ、日本の造船・機械工業の発展を支えました。小栗の構想は幕府の存続を超え、近代国家としての日本を見据えたものだったのです。
音声内容(再生時間:51分25秒)
- 小栗忠順はアメリカの海軍工廠で何を学んだのか
- 軍艦を購入するだけでは日本の海防を守れない
- 横須賀製鉄所の建設でフランスが選ばれた理由
- 小野友五郎の技術力がブルック大尉の信頼を得る
- 「土蔵付き売家」に込められた小栗忠順の国家観
- 横須賀製鉄所は明治日本の産業発展をどう支えたのか……等
本企画では以下の5人の人物について論じていきます。歴史教科書で語られてきた従来の視点を覆す見方を皆様にご提示していきます。
阿部正弘 しれっと開国した徹底した改革派老中
井伊直弼 薩長討幕派がもっとも恐れた誇り高き保守文化人
小野友五郎 米軍士官が驚愕した天才科学官僚
小栗忠順 近代日本をデザインした国際派武断官僚
土方歳三 徳川陸軍 最初で最後の近代歩兵戦指揮官
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