5月12日、伝説のレスラー・ジャンボ鶴田の命日の前日。天龍源一郎氏と藤波辰爾氏、そしてプロレスライターの小佐野景浩氏が「ジャンボ鶴田」を語り尽くすトークイベント「天龍源一郎×藤波辰爾×小佐野景浩トーク&撮影会」が開催される。
今回は、イベント開催に先立って、長年ジャンボ鶴田を取材された小佐野氏に、改めてジャンボ鶴田の魅力について語ってもらった。
デビュー7か月で「エース」の原型が完成していた
――小佐野さんから見た「ジャンボ鶴田」というプロレスラーについて教えてください。
鶴田さんがプロデビューしたのはアメリカのアマリロです。1972年3月にデビューして10月に日本へ帰国、わずか7か月でした。
その帰国後すぐ、1972年10月9日の蔵前国技館で、ジャイアント馬場さんと組んでザ・ファンクスと60分の試合をしています。私はその試合を見て、心底驚きました。デビュー7か月の新人が、こんなにできるのかと。
師匠のドリー・ファンク・ジュニアが「半年経ったら教えることがなくなった」と語ったというエピソードが本に出てきますが、あれはお世辞ではないと思っています。あの試合を見れば分かります。もし馬場さんがいなくて、鶴田さんが「うちのエースです」と言って出てきたとしても、十分通用しましたから。
「善戦マン」から「最強」へ――変貌のきっかけ
鶴田さんは長い間、「強いのになぜか人気がない」選手でした。テクニシャンとしては最高だったんですが、なぜ勝てないのかという疑問が常につきまとった。
タイトルマッチが決まっても、「どうせまた時間切れか不透明決着だろう」という空気が漂う。そうなると期待感が生まれず、お客さんが食いついてこない。
転機は、日本テレビの松根さんが全日本の社長になり、「強い日本人エースが欲しい」と動いたことです。黒のタイツに変え、スープレックスではなくバックドロップを必殺技にする。そうして「ジャンボエース計画」が始まりました。
そこからまず、83年8月に力道山、ジャイアント馬場を受け継ぐインターナショナル・ヘビー級王者になり、84年2月にAWA世界ヘビー級のベルトをニック・ボック・ウィンクルから奪いました。
しかもアメリカに渡って現地で防衛戦を行うというのは、当時としては前代未聞のことでした。馬場さんはNWA世界のベルトを三度取りましたが、一度も海外で防衛していませんでした。
猪木さんも日本人で初めてWWF王者になりましたけど、アメリカに行く前にベルトを返上しました。日本人の世界王者としてアメリカの地で防衛し続けたのは、鶴田さんだけです。
その映像を見ると、ものすごいブーイングの中で試合をしています。あの時代、日本人は絶対にヒール扱いでしたから。まさに敵地の中での防衛戦です。
四天王を苦しめた「怪物」
――ジャンボ鶴田の試合の中で、小佐野さんの印象に残っている試合はありますか?
私が鶴田さんの一番印象深い試合として真っ先に挙げるのは、1989年6月5日、日本武道館での三冠戦です。天龍さんがベルトを取った試合ですが、あの鶴田対天龍の一連の対決の中でもベストだと思っています。
もう一つは1991年4月18日の武道館での三沢光晴さんとの三冠防衛戦です。バックドロップ三連発で完膚なきまでに三沢さんを仕留めた。あのときが鶴田さんの全盛期だったと、今でも確信しています。
鶴田さんが「最強」と呼ばれた時期を振り返ると、天龍さんとの絡みが始まった1987年から、四天王との戦いを経て1992年11月に現役を退くまでの約5年間が、本当の意味での頂点だったと思います。
ジャンボ鶴田の「怪物性」
――シンクロナスで配信させていただいた動画「ジャンボ鶴田は最強だったのか?」にはいまでいうギフテッドだったというコメントも届いていますが、身長196cm体重127kg(全盛時)というのはジャンボ鶴田の強さの大きな理由だったんでしょうか?
大きいことは大きいんですが、それに加えてジャンボ鶴田は動けた。跳べた。それが他の大型レスラーとは決定的に違うところです。
大型レスラーというのは一般的に、力は強いけれど動きが遅く、飛んだり跳ねたりはしない。相手を捕まえて投げればいいわけですから。
でも鶴田さんは体が大きい上で、動けて、跳べて、スタミナがあった。大きいんだけど大型レスラーっぽくなかったです。
――その身体能力はどこから来たものだと思われますか。
バスケットボールが大きかったと思いますよ。
バスケはジャンプも必要だし、初動のスピードも求められる。日本人は初動が遅いと言われますが、鶴田さんはそこが速かった。
格闘技経験がなくバスケから来たことが、むしろプロレスに向いていたのかもしれません。変な格闘技の癖がなかった分、すっとプロレスに入れたということもあると思います。
――パワーは天性のものや努力で身につけたものだったのでしょうか?
いわゆるバーベルを上げるような筋肉ではなく、レスリングに重要な引く力だったり握力だったり、自然に身についたナチュラルな強さです。
ただスタン・ハンセンに聞くと、若手の頃アマリロで一緒だったときに、「ジャンボの方が重いバーベルを上げていた」と言っていました。
それぞれが感じた鶴田の強さ&思い出、同時代を生きた俺たちの時代【鶴田、天龍、藤波、長州】を熱く語ってもらいます!
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