2025年11月15日に開催された夜職サミット2025秋では、「生活保護と性風俗」というテーマでトークセッションが行われた。
生活保護を受ける女性たちの暮らす施設の相談員として働いている藤井夏子さん、長年女性支援の現場に関わり、アルコール・薬物・風俗などの依存の問題に詳しい橋本久美子さん、二人のソーシャルワーカーをゲストにお迎えし、「昼の世界のセーフティネット」である生活保護、「夜の世界のセーフティネット」として語られることもある性風俗、両者の最新の現状と課題を整理しながら、風俗で働く女性の社会的自立をサポートしていくための方法を考えた。
性風俗は非公式なセーフティーネット?
藤井 今日は「生活保護と性風俗」をテーマにお話しします。まず、「女性が風俗の仕事を始める一般的な理由」について、私が支援の現場で見てきたことをお話ししようと思います。
私が働いている生活保護受給中の女性が暮らす施設では、入所前に風俗で働いていた方、入所中に内緒で夜の仕事を始めてしまう方、あるいは退所後に生活保護から抜けるために夜の仕事を選ぶ方など、さまざまなケースがあります。
夜の仕事を始める理由は本当に人それぞれで、華やかな世界への憧れや、人から注目されることや着飾ることができることに魅力を感じて始める方もいます。ただ、やはり一番大きいのは、経済的な事情です。短時間で高収入が得られること、即日現金が手に入ることなどが、切迫した生活の中では大きな魅力になります。学費や生活費、借金の返済、美容代など、目的はさまざまです。
また昼間は学校、子育て、介護などがあり、夜の時間帯しか働けないという人も少なくありません。自分の希望したシフトで働けることも、夜の仕事が選ばれる理由の一つです。
加えて、学歴や職歴の壁で昼の仕事が見つかりにくいという社会構造的な理由も非常に大きいと感じています。不登校の経験が長い方や、中卒や高校中退の方などは、昼職の選択肢が極端に狭くなってしまう。その中で「今の自分」を受け入れてくれる場所として、夜の仕事が選ばれることがあります。
精神的な側面も見逃せません。「決められた時間、決められた場所に毎日通う」ということが難しい方は多く、発達特性や精神疾患、トラウマなどを抱える方にとっては、昼職で働くハードルが非常に高い。一方で、風俗は好きな時に自分のペースで働けるという側面があります。
就労の困難や生活困窮の背景に、生育環境の問題がある場合もあります。生まれ育った家庭の事情で親から十分な養育を受けておらず、食事や歯磨き、入浴などの生活習慣が身についてないケースもあります。
境界知能(IQ70〜85程度)の方も、私の施設には多くいらっしゃいます。知的障害にはあたらないけれど、社会生活の中でつまずきやすく、「努力が足りない」と見られがちな人たちです。そういった方が生きづらさを抱えながら、なんとか生きる手段として風俗にたどり着くケースも少なくありません。
この社会の中で「受け入れられる場所」として、風俗がある。ある意味で、非公式なセーフティーネットのような機能を果たしている部分があるのではないかと感じています。
橋本 藤井さんのお話、とても共感します。私も生活保護法を根拠とした施設で働いた経験がありますし、現在は母子生活支援施設で母子家庭を支援しています。
母子家庭の現実は、想像以上に過酷です。ひとりで家計と育児を背負い、地域とのつながりも乏しい。孤立しやすく、精神的にも追い込まれやすい環境にあります。
しかも、昼の仕事だけではとても生活が成り立たない。だからダブルワークとして風俗を選ぶ方も少なくありません。コロナ禍では、それがさらに顕著になりました。
また、私が関わってきた刑事司法の現場でも、境界知能や軽度知的障害のある女性が、性風俗に就いているケースが非常に多いと感じています。彼女たちは、そこで「かわいい」「必要とされている」という感覚を得られる。たとえそれが一時的なものであっても、自己肯定感を満たす場所になっていることも事実です。
奨学金返済をきっかけに風俗を始める女性も多いですね。最初は短期間で返すつもりだったのに、収入が不安定で、生活費が足りず、さらに借金が膨らんでしまう。負のループに入ってしまう方を、私は何人も見てきました。
そして、メンタルの問題です。うつ病や不安障害、トラウマを抱える女性にとって、「決まった時間に、決まった場所で、決まった仕事をする」という一般的な働き方は、想像以上にハードルが高い。だからこそ、自由度の高い風俗という働き方が、現実的な選択肢として浮上してしまうのです。
こうした背景を考えると、風俗の仕事に就くことは、単なる個人の選択ではありません。社会保障の不十分さ、労働市場の排除、家族関係の不全、教育機会の格差、ジェンダー構造——そういった要素が複雑に絡み合った結果だと、私は思います。
藤井 次の問いは「性風俗で働く女性と生活保護とのつながりにくさ」についてです。
今回、会場で資料として配布している生活保護の受給経験のある女性の事例では、本人が自ら調べ、役所で申請を行い、比較的スムーズに受給につながっています。でも実際の現場では、もっとハードルが高いケースが多いと感じています。
特に、窓口でのいわゆる「水際対応」です。「まだ働けるでしょう?」「親に頼れないの?」といった言葉で追い返されてしまう。そうした経験から、申請自体を諦めてしまう人もいます。また扶養照会(生活保護を申請した人に対して、その親族が経済的・精神的に援助できるかどうかを、自治体が親族に確認する手続き)は強制ではないのですが、「役所に相談したら、絶対に扶養照会をされてしまう」「親族にバレてしまう」と言う不安から、相談をためらう人もいます。
また、相談員とのコミュニケーションがうまくできないという理由で、制度につながらない方も多くいます。本人の困難さが言語化できなかったり、緊張でうまく話せなかったり、「ちゃんと説明できなかった=必要ない」と判断されてしまう現実があります。
過去にDVや虐待を受けていた経験のある方の場合、周りから何か言われると「自分が責められている」と感じて、過剰に言い返してしまうことがあります。そうした事情を本人自身も周りも把握していないと、「あの人はそんな簡単なことで怒ってしまうのか」「すぐ攻撃的になってしまう」と思われてしまう。そのために相談員とうまくつながることができず、保護まで至らなかったケースもありました。自分の中のセンサーが過度に敏感になってしまうことも、生きづらさの1つだと感じています。
また、同居人や交際相手など、本人を金銭的に援助できる人がいる場合、なかなか生活保護にはつながらない傾向があると思います。経済的に面倒を見てくれていた交際相手と仲がこじれて、家を出なければならなくなったことをきっかけに生活保護の利用を始めるケースもあります。
本来、必要な人に届くべき制度が、そこにあるのに届いていない。そのすき間を埋めるために、私たちソーシャルワーカーの存在があるのだと、改めて感じています。
橋本 私も同じ思いです。生活保護は「最終手段」ではありますが、本当はもっと手前で使えるべき制度であり、社会資源です。ところがスティグマと誤解が強く、風俗で働いている女性たちは「自分には利用する資格がない」「相談しても、怒られるだけ」と思い込んでいることが多い。社会の色眼鏡、偏見については、彼女たち自身が誰よりも感じているので。
彼女たちは、「同居していたとしても、頼れない家族」「パートナーといっても、全く当てにならない男」を大切な資源だと思っていることもありますが、経済的にも精神的にも頼れない、風俗で働かなければ一緒に生活できない時点で、「それらはもう、あなたにとって資源じゃないんだよ」と伝えたい。
生活保護の申請に同行するにしても、扶養照会を含めて、私たち支援者が関連する法律の建て付けを理解していないと、彼女たちに安心を手渡すことができない、と痛感しています。
風俗で働くことも、生活保護を受けることも、恥ではない。生きるための選択肢のひとつであることを、社会全体がもっと理解しなくてはいけないし、私たちも「あなたには支援を受ける権利がある」と伝え続けていく必要があると思います。
「言えない過去」と「自立支援」のはざまで
藤井 生活保護の相談に来られる方のなかには、過去に風俗で働いていた方も少なくないと思います。ただ、それを自分の口から話すのは、とても勇気がいることですよね。
橋本 そうなんです。私はこれまで女性更生施設や母子生活支援施設で働いてきましたけど、風俗で働いていた経験は「この人なら大丈夫」と思えた相手にしか話せない、という人が本当に多い。空白期間があると「もしかして……」と周囲は察するけれど、本人はなかなか言わないし、言えない。それくらい、口に出すこと自体がつらいんです。
こちらが「話しても大丈夫だよ」と言っても、それだけでは足りない。信頼って、こちらが「築きましょう」と言ってできるものじゃないですよね。むしろ、私たち支援者の側にある偏見――「風俗で働いた女性=かわいそうな被害者」「保護すべき対象」という見方こそ、一度壊さなければいけないと思っています。「被害者なら支援するけど、自分で選んでいるのなら、支援の対象じゃない」という空気は、まだどこかに残っています。
藤井 本人たちも、それを敏感に感じ取っていますよね。でも、実際に福祉事務所のケースワーカーさんや女性相談員の方たちと接していると、「風俗で働いていたから」というだけで差別的に扱う人は、決して多くないとも感じています。むしろ「この人にとって必要な支援は何か」を一緒に考えてくれる方が多い印象です。だからこそ、もっと気軽に相談できる環境があればいいなと思います。
橋本 大事なのは、「正しい弱さのある人だけが支援を受けられる」という構造を変えることですよね。生活保護は罰でも恥でもなくて、生活費の足りない部分を補うための制度です。なのに「働くとお金を引かれる」「働いたら損をする」と感じてしまう人が多い。
実際には、働けば交通費もかかるし、仕事に必要なものも増える。そうした経費も含めて、きちんと申告していいんです。でも、それが十分に説明されていないから、「どうせ引かれるなら…」と、福祉事務所に内緒で働いてしまう人が出てくる。先程述べた通り、生活保護は、生活費の足りない部分を補ってくれる制度なので、そもそも「お金を引かれる」という言葉を使うこと自体が間違いです。そうした言葉遣いの点も含めて、生活保護の仕組みを丁寧に説明してしていく必要があります。
藤井 お金と仕事の問題は、生活保護につながった後に起こりやすいトラブルですね。施設でも似たことがあります。住まいや食事が現物支給だと、手元に現金が残らなくなってしまって、「保護を受ける前より苦しい」と感じる人もいます。そうなると、自分でお金を得ようとして、夜の仕事に戻ってしまう。でも、それを支援者には言えない。それが関係悪化の原因にもなってしまいます。
私たち支援者の目からすると、精神疾患がある場合は、働く前にまず通院をして、安定的に服薬をして生活のリズムを整える必要があります。そうしたほうが早く元気になれるし、結果的に安定して働くこともできるようになるはず……と思うのですが、ご本人たちからすると、「まずお金を得て、早く自由な生活を送りたい」「一日も早く施設から出たい」と考えるあまり、福祉事務所や相談員に内緒で夜職で働き始めてしまう。働いて収入を得た場合、本当は収入認定をして、生活保護費の一部を福祉事務所に戻さないといけないのですが、収入を隠していると福祉事務所から注意が入って、生活保護が打ち切られるきっかけになってしまいます。
本当は、体調を整えたり、通院したり、生活リズムを作るところから一緒にやっていきたいのに、本人は「早く自由にならなきゃ」と焦ってしまう。その認識のズレがつらいところです。
橋本さんは、彼女たちの自立をサポートするための支援のゴールは、どこにあるべきだとお考えですか?
橋本 生活保護はゴールではなくて、目の前の困難を乗り越えるためのセーフティーネットです。その先の「どう生きたいか」を一緒に考えるのが、私たちの役割だと思っています。だからこそ、生活保護を利用した後の「能力の活用」と「自立支援」について、もっと丁寧に伝える必要があります。
ただ、「じゃあ風俗をやめて別の仕事に就きましょう」と簡単にいくわけでもない。履歴書の空白期間はどうするのか、これまでの経験をどう言葉にするのか、といった課題がある。風俗で培ったコミュニケーション能力があっても、社会はそれを正当に評価してくれない現実がある。そこへの想像力やエンパシー(相手の状況や感情を、自分自身を重ね合わせることなく、相手の立場に立って想像し、理解しようとする能力)も、支援者側に求められています。
藤井 私のいる施設では、まず「どんな生活をしたいか」を聞くところから始めています。いきなり「どうなりたいですか?」と聞くと、みなさん戸惑いますが、「一人暮らしがしたい」「アパートに住みたい」という声が多いですね。そこから、「じゃあ、好きなことは?」「どんな時間を過ごしたい?」と話を広げていきます。
その人の理想の暮らしをゴールにして、「今、何が足りないか」「どんなスキルが必要か」を一緒に考える。そして施設だけでなく、地域の支援機関ともつないでいく。それが私たちの考える自立支援です。
生活保護を受けながら就労を目指す場合は、福祉事務所の就労支援員やハローワーク、就労移行支援事業所と連携します。ただ、風俗業については「継続的な就労が難しい」という理由から、積極的に勧めることは難しいというジレンマもあります。
「風俗で勤務している最中のサポート」というとちょっとニュアンスが違うかもしれないのですが、風俗で働きながら、より良い生活を送るためのサポートを受けられたり、風俗から別の仕事に移る際にはどういう手助けが必要なのかについて、福祉事務所や行政が一緒に考えてサポートしてくれる仕組みがあれば役に立つのでは、と感じています。現在開発している夜職専用AIパートナー「YOLUMINA(ヨルミナ)」が、そのための一つのツールになればいいなと考えています。
橋本 だからこそ、選択肢を狭めるのではなく、「どう生きたいか」を中心に据えた支援が必要なんだと思います。いきなり経済的に自立しようと無理をしなくても、「半稼働・半福祉」のような形で、部分的に福祉的支援を利用しながら働くこともできます。彼女たちが今頑張って稼いでいる、ということを、支援者側が否定せずに理解してはじめて、その先の支援につながっていくと考えています。
私は一応フェミニストなので、関わっている女性たちには、「無理に強くならなくてもいい」「弱いままでいい」「その代わり、賢くなって、使える手を増やしていきましょう」と伝えることが多いです。公的支援だけでは対応しきれない、複雑で多様な困難が女性たちの背景にはある。本人がそうした困難に一つ一つ向き合って解決していくプロセスに寄り添いながら、困難を解決するためのツールを手渡していく。
風俗で働いている女性にとって、風俗は「生きるために必要だった杖」だと捉えています。なぜ、生きるためにそうした「杖」が必要だったのかを考える必要がある。「杖」を使っていることに対して、「早く手放せ」と命令するのではなく、支援者が用意した「杖」を押し付けるのでもなく、他にどのような杖があるのかも含めて、その人が受け取れる形の「杖」を考えていく必要があります。
一人ひとりの女性の人生の歩き方に合った「杖」を本人と一緒に作り出し、それを手渡していくことが、私たちソーシャルワーカーの仕事なのではないでしょうか。
<次回>【風俗嬢の経済格差】夜職サミット#2
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