夜職で働く女性たちが収入を失い、困窮化。性風俗産業は女性の貧困とからめて取り上げられるようになった。

その一方で、稼げる女性と、そうでない女性が二極化しているともいわれている。ではその背景には何があるのか。社会全体で格差が拡大するなか、性の世界にもその影響はあるのか。

本連載では、風俗の世界で働く女性たちへのインタビューを通して、なぜ格差が生じるのか、その要因を紐解いていく。

「アルバイト以下の収入しか得られない」

 かつて、風俗の仕事は「格差を埋めるための最終手段」として考えられてきた。学歴や職歴、人脈や貯金がなくても、意を決して裸になりさえすれば、昼の仕事では得られない高収入を得ることができ、人生を一発逆転できる。1990年代の終わりまでは、そんな漠然としたイメージが社会の中にうっすらと存在していた。

 しかし、2000年代以降の20年間で、派遣型の風俗店(デリバリーヘルス)の店舗数が全国各地で爆発的に増えた。インターネット、そしてスマホの普及に伴って、女性が風俗店の求人に応募するハードルが大幅に下がった。出会い系サイトやマッチングアプリ、SNSを利用したパパ活など、風俗以外に性的な欲求を満たすツールや機会も増加した。

 その結果、需要と供給のバランスの崩壊によって、風俗の仕事は「格差を埋めるための最終手段」ではなくなった。「人生を一発逆転できる」機会が減る中で、業界内部における格差が広まり、「働いても稼げない」「普通のアルバイト以下の収入しか得られない」というケースも目立つようになっていった。

 他方、YouTubeやXなどのSNS、AIなどのテクノロジーの発展に伴い、以前であれば考えられないような方法で、考えられないような金額の収入を稼ぎ出す人も増えた。容姿による格差だけでなく、コミュニケーション・スキルの格差、モチベーションの格差、ネットリテラシーの格差など、様々な格差が複合化した結果、「月収1万円の風俗嬢」と「月収200万円の風俗嬢」の間には、決して越えられない壁がそびえ立つようになった。

容姿だけではない「壁」の正体とは何か

 風俗の世界は、社会を反映する鏡である。その街の風俗を見れば、その街の経済や文化、政治がわかる。そんな世界の中で、人知れず格差が広がり、固定化しつつあるという事実は、私たちの生きている社会の中で、格差の拡大や固定化が人知れず進行していることの証にほかならない。

 私は、格差の存在自体が「悪」だとは思わない。格差の拡大についても、社会構造の変化に伴う一時的なものであれば、無条件に悪いことだとは思わない。一方で、格差が完全に固定化し、それによって人々の可能性や生きづらさまでもが世代を超えて固定されてしまうことは、明確な「悪」である、と考える。

 このような認識と立場に依拠したうえで、本連載では、「日本人の性」実態調査のテーマである「現代の性をめぐる話題や事件の根底にある、日本人のセックス観をあぶり出す」という視点から、風俗嬢の経済格差に焦点を当てる。思いのままに稼げる女性、思うように稼げない女性、それぞれに対するインタビューを、記事・動画・音声などのコンテンツを通して、多面的な形で発信していく。

 風俗の世界で生きる女性たちは、一見すると、世間の常識からかなり外れた選択や生き方をしているため、遠い世界の異邦人のように思えるかもしれない。しかし、テキストだけでなく、動画や音声などの多面的な形で彼女たちの声に接すると、彼女たちが抱えている課題や悩み、仕事や生活の中でつまづくポイント、乗り越えようとしている壁は、私たちとそう変わらないものであることが実感できるはずだ。

 風俗嬢の経済格差の現状、その背景にある課題や構造を知ることを通して、日本人の性の現在と未来、そしてあなた自身の性の現在と未来を考えるきっかけにしてほしい。

第1回は10月1日に配信予定。記事ならびに動画にてお届けします。

 
 
坂爪真吾

1981年新潟市生まれ。東京大学文学部卒。2008年、障害者の性問題の解決に取り組む非営利組織「ホワイトハンズ」を立ち上げる。脳性まひや神経難病の男性重度身体障害者に対する射精介助サービスを全国各地で実施。2015年、風俗店で働く女性の無料生活・法律相談事業「風テラス」を立ち上げる。「見えづらい」「つながりづらい」と考えられてきた風俗の世界で働く女性たちに対して、SNSでの情報発信やデジタルアウトリーチを通してつながり、弁護士とソーシャルワーカーの相談会につなぐ仕組みを構築。9年間で延べ1万人以上の女性に支援を届ける。2025年4月、夜職従事者のための伴走AI「YOLUMINA」の開発を行う団体・ヨルミナを立ち上げる。『風俗嬢のその後』(ちくま新書)など、性と社会をテーマにした著書多数。

 
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