脱いでも稼げない「裸のデフレ」の時代、コロナ禍がその状況に拍車をかけた。夜職で働く女性たちが収入を失い、困窮化。性風俗産業は女性の貧困とからめて取り上げられるようになった。

その一方で、稼げる女性と、そうでない女性が二極化しているともいわれている。ではその背景には何があるのか。社会全体で格差が拡大するなか、性の世界にもその影響はあるのか。

本企画では、風俗の世界で働く女性たちへのインタビューを行っていく。記事だけでなく、動画、音声、LIVEなどのイベントを通して、格差が生じる要因を探る。今回は、伊藤美月さん(仮名)#1

不登校だった子ども時代

「私は元々不登校で、勉強もできず、学歴もありませんでした。そんな自分でも、この仕事では、一人で自立して生きていくことはもちろん、自分の好きなことをできるだけの収入を稼ぐことができる。休みも自由に取れるので、時間も自由に使える。今の仕事を改善しながら続けていけば、きっと夢は叶うと思っています」

 そう語る美月さん(30歳)は、現在地方都市のソープランドで働いている。働き始めてから4年間、毎月の月収は100万円を切ったことがない。

 月収の金額だけを見れば、同業の誰もが羨むような「売れている女性」である。よほど容姿と才能に恵まれた女性なのでは、と思われるかもしれない。しかし、美月さんが今の仕事と収入にたどり着くまでには、様々な紆余曲折、そして数々の努力と試行錯誤の積み重ねがあった。

 美月さんが不登校になったのは、中1の夏休み明けからだった。最初のきっかけは生理痛などのPMS(月経前症候群)だった。

「しばらく休んでいるうちに学校に行きづらくなってしまったんです。ちなみに今はミレーナ(避妊リング)を入れて生理を止めています。感情の波がなくて過ごしやすいです」

 中2からは地元の自治体が運営しているフリースクールに通い始めた。そこで一学年上の友人ができ、楽しく通えるようになったが、中3になるとその友人が卒業したため、フリースクールにもほぼ行かなくなってしまった。

「両親も共働きだったので、フリースクールに行っていなかったことは、あまりバレませんでした」

通信制で高校~大学に通う

 高校は定時制にするか通信制にするか迷ったが、最終的に通信制を選んだ。その頃から、父親が銀行員だった影響もあり、「将来は銀行員になりたい」と漠然と考えるようになった。地方都市では、安定した就職先といえば「地銀か公務員か」という二択の世界である。

「公務員になるためには試験を受けなければならないので、銀行員にしようと思いました。世間体も良いし、女性でも年収1,000万を超えられる可能性があるところも魅力でした。

 大学に進学する際、引き続き通信制にするか、それとも通学にするか迷いましたが、ギリギリで通信制に決めました。通信制の大学は、入るのは簡単ですが卒業率が低いところが多いので、できるだけ卒業率の高い大学を選びました。

 親からは、まず短大に入ってほしいと言われたので、通信制の短大に入り、3年時から4年制の大学に編入しました」

 大学では経営マネジメントに関する学部を選び、経営戦略やマーケティング、組織や感情のマネジメントなどを学んだ。

「大学はスクーリング(登校)で単位を取る必要がありましたが、授業は自分で選べるし、経済や心理学など身近に感じられる内容も多く、楽しかったです。

 周りの学生は、社会人や自分の親くらいの年齢の人も多かったです。最初はサボりがちでしたが、中盤からかなり授業を詰め込んで単位を取りました。3年の時には就職活動の一環として、地元の大手企業のインターンシップなどにも参加しました。4年生になる時には単位を全て取り終わって、無事に卒業することができました」

 学校の勉強が一切できなかった過去を乗り越えて、無事に大学を卒業できたことは、美月さんにとって大きな自信になった。

地元の銀行に就職

 それまで他者との接点が少ない通信制の世界で過ごしてきたこともあり、インターンシップや就職活動では、組織の中での人間関係の作り方や対人コミュニケーションの面で、かなり苦労した。それでも当初の目標通り、地元の銀行に就職することができた。

「4年生の春に内定したのですが、そこから入社までに取らないといけない資格がいっぱいありました。入社後も、秘書検定やホスピタリティ検定、ファイナンシャルプランナー、その他金融に関する多数の資格を取得しました。昇進するためには資格を取ることが必須だったので、同期の中でも取得数が1番になるくらい頑張りました。

 今まで勉強してこなかった分、効率的な勉強の仕方が分からなかったのですが、毎日がむしゃらに仕事して、帰宅後も勉強していました。通信制の大学で、1人で勉強していたことが役に立ちました。自分の中では学歴がコンプレックスだったので、資格の取得で頑張るしかない、と思ってました」...