吹奏楽部員たちが部活に燃える日々の中で、書き綴るノートやメモ、手紙、寄せ書き……それらの「言葉」をキーにした、吹奏楽コンクールに青春をかけたリアルストーリー。ひたむきな高校生の成長を追いかける。
第9回は旭川明成高等学校(北海道)#4
自分が変わる!
旭川地区大会を突破した旭川明成高校吹奏楽部は、8月29日の全道大会に向け、日本海に面した留萌で3泊4日の合宿を行った。
1日目、コンクールメンバー55人とそれ以外のジュニアメンバーが一緒になって久しぶりに全員合奏が行われた。ただ、金属アレルギーのヒメだけは演奏に参加できず、みんなの演奏を見ていた。すると、理由はわからないが、急に涙が止まらなくなった。
ホジャケ先輩がヒメの様子に気づき、「ヒメ、ちょっとおいで」と練習場の外に連れ出した。
「どうした?」とホジャケ先輩が尋ねた。
自分と同じように高校時代に金属アレルギーになったホジャケ先輩を前にすると、ヒメは自分が抱えていた感情が見えてきた。
「なんか、泣いてた理由がいまわかりました。やっぱり私……合奏に参加できないことが悔しいです。あと、みんなに遠慮して言いたいことを言えてないのが嫌だったんです」
そして、思った。
つまり自分は——変わりたいんだ。いまみたいに泣いている自分は嫌なんだ。
すると、ホジャケ先輩が口を開いた。
「ヒメの気持ちはわかるよ。でも、思いを隠していてもいいことないから、同期に弱音を吐ける人になりなよ」
「はい!」
合奏の後、ヒメは3年生を集めて学年ミーティングをした。そこでヒメは自分の思いを吐き出した。
「私は、自分がもう楽器を吹けないってことを言い訳にしてた。吹けないならいいやって、みんなに言いたいことがあっても自分の中にしまい込んでた。やっぱり楽器吹けないのも、見てることしかできないのもつらいよ……。でも、私は変わりたいんだ。ちゃんと言うべきことを言って、本当の意味でみんなの音楽を支えたい」
あからさまにネガティブな本音を語ったのは初めてで、ヒメはみんなの反応が少し怖かった。
すると、部のエースで、クラリネット担当のウタが口を開いた。
「私も思ってたことがある。ずっと自分自身を認めることができないのが悩みで……」
プロみたいに上手なウタに悩みがあるなんて思ったこともなかった。しかも、あんなにすごいのに、自分を認められないなんて、ヒメには想像もできなかったことだ。
だが、自分やウタが悩んでいたように、きっと誰もが悩みを抱えてるし、誰もが変わりたいと思っているのだろう。
ヒメとウタが胸に秘めていた思いをさらけ出したことで、ほかの3年生も変化し始めた。合宿中にみんなも少しずつ本音を語り、以前より心の深いところでコミュニケーションできるようになったのだ。そしてそれは、後輩たちにも波及していった。
必要なのは、まず自分自身と向き合うことだ。そして、本当の自分で、みんなと向き合うことだ。自分の心をチューニングし、みんなの心でハーモニーを響かせよう!
その先にこそ、明成の求める音楽があり、全国大会がある。
翌日、部員たちは淳先生から白いハチマキをもらった。それぞれが自分の目標を書き込み、頭に巻いた。
『後悔しない夏に!』『ド根性!!』『勇気をもつ』『ビブラート』……。さまざまな言葉が並んだ。中には、話すのが苦手でわざわざ演劇部に行って話し方を学んだことから『演劇部』と書いた部員もいた。
ヒメは『自分が変わる』と書いた。みんなが変わるのを待つのではなく、自分が変わることでみんなを変えたい、まずそこから始めよう、という気持ちが込められた言葉だった。
メイは『伝える』と書いた。メイも思ったことを自分の中に溜め込んでしまうタイプだったが、ヒメとウタが本心を語ってくれたことで、自分も伝えていこうと思えるようになったのだ。
ウーちゃんは『立ち向かう』と書いた。都合が悪くなると逃げてしまう弱い自分を変えたい。逃げないで、受け止めて、自分の弱さに立ち向かいたい。そんな思いをハチマキに記した。
一人ひとりがハチマキに文字を綴って、ぎゅっときつく頭に巻いてからは、明成の音楽は明らかに変わった。「私はこう演奏したい」という意志が見えるようになった。
ヒメはその音を離れたところで聴きながら、笑みを浮かべた。
勝負の全道大会!
合宿が終わり、夏の日々は怒涛のように過ぎていった。
そして、勝負の全道大会の当日がやってきた。会場は札幌コンサートホールKitaraだ。
大会には8地区の代表15校が出場する。明成は12番目だった。
出番を待つ舞台裏は、メンバーは緊張している様子だった。無理もない。この12分間で運命は大きく変わるのだ。ヒメは「いつもどおりの笑顔でね。大丈夫だよ」と声をかけていった。
実は、会場に来る前にヒメは一人ひとりに手紙を渡していた。去年はホジャケ先輩が手紙をくれて、ヒメはそれを励みにステージに出た。だから、今年は自分が手紙でみんなを励まそうと思い、前夜遅くまでかけて55人分のメッセージを書いたのだ。
ウーちゃんに渡した手紙はこんな内容だった。
55人のメンバーは、ヒメの手紙をポケットにしまってステージに出ていった。ヒメはホジャケ先輩やジュニアのメンバーと一緒に舞台裏のモニターで見守っていた。
淳先生の指揮で演奏が始まった。課題曲《メルヘン》に続いて、自由曲《Crossfire 2023 ed. - November 22 J.F.K》。目立ったミスはなく、練習の成果がしっかり発揮された演奏になっていた。
「これ、いけるべ!」とホジャケ先輩が言った。...