吹奏楽部員たちが部活に燃える日々の中で、書き綴るノートやメモ、手紙、寄せ書き……それらの「言葉」をキーにした、吹奏楽コンクールに青春をかけたリアルストーリー。ひたむきな高校生の成長を追いかける。
第6回は旭川明成高等学校(北海道)#1
北海道の中央部に位置する道内第二の都市・旭川市にある私立高校。略称は「明成」。2022年度より、道内の強豪として知られる北海道旭川商業高校吹奏楽部の顧問だった佐藤淳先生が顧問に就任。1年目から北海道吹奏楽コンクール(全道大会)に出場。2024年度の部員数は74名。
悲劇に見舞われた部長
吹奏楽コンクールは、評価と上位大会への進出があるため、その是非はともかくとして「競う」性格も持ち合わせていると言える。
高校野球では、甲子園で優勝した学校だけが最終的な勝者であり、それ以外は敗者となる。では、吹奏楽コンクールではどうだろう。
地区大会や都道府県大会、全国を11のブロックで区切って行われる支部大会では、上位大会に進むことが決まった代表校は「勝者」だろうし、金賞を受賞したものの代表には選ばれない学校(俗に「ダメ金」とも呼ばれる)は「勝者」でありながら「敗者」でもあるだろう。
最上位大会である全日本吹奏楽コンクール(全国大会)においては、出場する30校で金賞に選ばれる約3分の1の学校は「勝者」、それ以外は「敗者」ということになるのかもしれない。
つまり、高校野球同様に、吹奏楽コンクールに参加するほとんどの学校は最終的には「敗者」となる。
だが、本当にそれらの吹奏楽部は——吹奏楽部員たちは「敗れた」のだろうか?
北海道の旭川明成高校吹奏楽部は、かつて北海道旭川商業高校吹奏楽部を全国大会に5回導き、金賞を2回受賞している佐藤淳先生を顧問に迎えて3年目となる。
就任1年目の2022年に創部初となる北海道吹奏楽コンクール(全道大会)に進出し、銀賞を受賞。翌年は全道大会金賞に輝いた。
今年も明成はたった2つの北海道代表の座をかけて、道内の強豪校に挑んだ。
ところが、その中に今年度の部長でユーフォニアム担当の「ヒメ」こと赤平陽芽(あかひらひめ)の姿はなかった。
ステージ上で明成の熱演が続く中、ヒメは瞳を潤ませながら舞台裏のモニターで仲間たちの演奏を見つめていた。
本当なら、自分もあの場所で、眩しいライトを浴びながら楽器を奏でていたはずなのに——。
歴史を作りたい!
ヒメは小学校3年のときに金管バンドでトロンボーンを吹き始め、中学からはユーフォニアムに転向した。中1で全道大会金賞を受賞したが、北海道代表には選ばれず。中2のときはコロナ禍で大会が中止。中3は旭川地区大会金賞で終わった。
当時の旭川明成高校吹奏楽部は、コンクールにおいてはほぼ無名のバンドだった。だが、ヒメは「自分たちで部の歴史を作るという経験をしてみたい!」という意気込みで入部を決めた。そして、名指導者として名高い淳先生の着任を知ると、「全国大会出場」という新たな目標が付け加えられた。
ヒメが暮らしているラベンダー畑で有名な上富良野町から旭川までは、電車で1時間弱。さらにそこから学校までバスで15分ほどかかる。
それでも楽器が大好きなヒメは、入部早々から朝練に参加した。毎朝の起床時間は5時半。30分でシャワーを浴びて朝食を胃に流し込み、6時に家を出ると、6時20分発の始発に飛び乗った。旭川に向かう富良野線の車内はいつも大混雑していて、立ち続けるしかない。ヒメは壁に寄りかかって教科書を開き、勉強をした。学校には7時半ごろに到着し、大好きなユーフォニアムを練習した。
ヒメは吹奏楽への愛情と熱意、コンクールへの挑戦心に燃えていた。
見えない根っこが大切
ヒメが1年生だったころの部員数は40人強。中には中3のときに全日本吹奏楽コンクールに出場経験があるパーカッションの「メイ」こと橋本明唯(めい)、クラリネットが抜群にうまくて姉が東京藝術大学に通っている「ウタ」こと河合美詩(うた)といったツワモノたちもいたが、淳先生が新顧問になることに戸惑いを抱く者、「旭川商業でやっていた先生にはついていけないかも」と不安を抱く者、吹奏楽のことはまったく知らない初心者など、さまざまな部員たちが集まっていた。
着任したばかりの淳先生も、部員たちがバラバラな考えを持っていることや、自分に対して壁を作って構えていることを気づいていた。その中で、ヒメの存在には早くから注目していた。
「ヒメは俺の話をしっかりうなずきながら聞いてくれてる。光るところがある子だな」
先生はそんなふうに思っていた。
明成では、部員たちが自らの思いを綴ったり、淳先生とコミュニケーションをしたり、練習やレッスンで気づいたことを書き留めたりする「部活ノート」というものがある。先生が旭川商業時代から大切にしていたツールのひとつだ。
先生は部員たちの部活ノートがまだまっさらだったとき、「最初のページにタンポポの絵を描いてみな。見たことあるよな?」と言った。部員たちは思い思いに線を引いていった。
ヒメが描いたのは2枚の葉の間からまっすぐ伸びる茎とその上に咲く大きなタンポポの花だった。
ノートを提出すると、先生が全員分をチェックして、赤字でコメントなどを書き込んでくれる。
ヒメの花の絵には、赤で地面の線が引かれ、その下に花の高さと同じくらいの長さの大きな根っこが描かれていた。
根っこに丸をして、そんな言葉が書き込まれていた。
ほかの部員たちも花と茎と葉を描き、地中の根まで描いている者は誰もいなかった。
美しい大きな花を支えるには、地面の下にそれと同じくらい大きな根が必要だ。大きな花を咲かせたければ、必ず根が大きくなければならない。大切なものは見えないところにある。音楽も、人も、地道な努力や裏側の苦労があってこそ、成果や喜びが得られるのだ——。
先生はそう語っている気がした。
コロナでコンクールに大量欠席
吹奏楽コンクール(全国大会に通じる大編成のA部門)は55人まで出場できるから、ヒメが高1のときは全員がメンバーだった。先生が選んだ課題曲は《ジェネシス》(鈴木英史)、自由曲は《アンティフォナーレ》(ヴァーツラフ・ネリベル)だ。
最初の大会となる旭川地区大会で淳先生の古巣の旭川商業とともに代表に選ばれ、初めて明成は全道大会に駒を進めた。
ところが、本来なら喜ばしい上位大会への進出を重荷に感じ、退部する者が数人出た。さらに、8月下旬の全道大会の直前には部内でコロナ感染が広がった
「えっ、これだけしかいないの……?」
大会前日のホール練習に集まったメンバーを見てヒメは愕然とした。いたのはたった25人。メンバーの4割が欠席。当時の3年生の部長までが感染していたのだ。
淳先生を中心に大慌てで足りない楽器の演奏部分をほかの楽器に割り当てた。ユーフォニアムのヒメもトロンボーンやホルンのパートを演奏することになり、焦りながら練習をした。
明成にとっては絶体絶命のピンチ。だが、ヒメの思いは違った。
(出場できない部長や3年生はきっと悔しいだろうな。よし、もう覚悟は決まった。出場するからには、やるしかない!)
全道大会の後、ヒメは部活ノートにこんなことを書いた。
大ピンチだったにもかかわらず、審査結果は金賞に迫る銀賞。明成の全道大会への初挑戦はまずまずの成果を上げて終わった。
先生からの「顔晴れ」
2023年度、ヒメは2年生になった。
前年度の全道大会出場の効果か、旭川明成高校吹奏楽部には35人もの新入部員が加わった。音楽室は少し狭く感じられるようになったが、あちこちで話し声や楽器の音が響き、部活は活気に溢れた。合奏練習をしてみると、サウンドのスケールも増し、演奏がより楽しくなった。
人数が55人を超えたため、6月、明成では初めてコンクールメンバーを選ぶオーディションが行われた。ヒメは見事合格となったが、緊張して小さなミスをしてしまうなど、反省点も多かった。
その日の部活ノートにヒメはこう書いた。
そう考えると、はやく練習がしたくてうずうずする。
今、勉強との両立も大変だけど踏ん張りどころ。
絶対諦めない。まだまだやりたい。
それに対して淳先生はこんな返事をくれた。
頑張れ、顔晴れ!!
「顔晴(がんば)れ」は淳先生が好んで使う励ましの言葉だ。それを見ると、自然とヒメの顔には晴れ晴れとした笑みが浮かんできた。
この年、明成は課題曲《行進曲「煌めきの朝」》(牧野圭吾)、自由曲《バッハザイツ》(ヨハネス・シュテルト)でコンクールに臨んだ。2年連続で旭川地区代表に選ばれ、全道大会に出場。昨年の銀賞を上回る金賞を受賞した。だが、代表には選ばれなかった。
「金賞は嬉しい。でも、もしかしたら全国大会に行かれるかも……って思っていたから、代表になれなかったのは悔しい。2つの気持ちがあるなぁ」
ヒメは複雑な思いを抱えながらも、ここから先の1年——旭川明成高校吹奏楽部の部員として最後の1年に向けて決意していた。「来年こそは絶対全国大会へ行ってやろう!」と。
12月に定期演奏会が終わって3年生が引退すると、ヒメは新部長に選ばれた。
部員たちの投票の結果を受けて決められたことだが、淳先生は「ヒメしかいねえだろ」と考えていた。それくらいヒメは先生からも部員たちからもすでに信頼を集めているリーダーだった。
3月、明成のクラリネット四重奏チームが全日本アンサンブルコンテストに出場し、銀賞を受賞した。全日本吹奏楽連盟が主催する大会は全日本吹奏楽コンクール、全日本マーチングコンテスト、全日本アンサンブルコンテストがあるが、明成が初めて「全国大会」に名を刻んだ記念すべき出来事だった。
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🔰シンクロナスの楽しみ方
全国の中学高校の吹奏楽部員、OBを中心に“泣ける"と圧倒的な支持を集めた『吹部ノート』。目指すは「吹奏楽の甲子園」。ノートに綴られた感動のドラマだけでなく、日頃の練習風景や、強豪校の指導方法、演奏技術向上つながるノウハウ、質問応答のコーナーまで。記事だけではなく、動画で、音声で、お届けします!
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