元『週刊ゴング編集長』小佐野景浩氏が、かつての取材資料や関係者へのインタビューをもとに、伝説のプロレスラー・ジャンボ鶴田の強さと権力に背を向けた人間像に踏み込んだ588頁にもおよぶ大作『永遠の最強王者 ジャンボ鶴田』。

本連載では、刊行以来大反響を呼んだこの1冊に、新たな取材、証言を盛り込み改めてジャンボ鶴田の人物像に迫る。

日本人初のAWA世界ヘビー級王座を奪取した鶴田。今回は防衛戦のためにアメリカをサーキットする様子を綴る。(5155字)

Index
・レスリング・ヒールの世界王者としてAWA登場
・在位81日!AWA新時代への橋渡し役を担う

レスリング・ヒールの世界王者としてAWA登場

AWA世界王者として米国をサーキット

 ジャンボ鶴田の日本人初のAWA世界ヘビー級王座奪取は、いろいろな意味で快挙だった。もちろん日本人初というのが一番大きいが、世界タイトルマッチは時間切れ引き分け、もしくは反則やリングアウト絡みで完全決着がつくことが少ないという全日本の悪しき伝統を断ち切って、ピンフォール勝ちしたこと、さらに世界王者としてベルトを腰にアメリカに逆上陸して全米をサーキットしたことだ。

 師匠のジャイアント馬場はジャック・ブリスコから1度、ハーリー・レイスから2度もNWA世界王座を奪取したが、いずれもシリーズ中に王座を奪回されている。

 1979年11月30日に徳島市体育館でボブ・バックランドを下して日本人初のWWFヘビー級王者になったアントニオ猪木も1週間後の再戦は無効試合になって王座を返上。同月17日のニューヨークMSGに王者として出場することはできなかった。

 しかし鶴田は2月26日に大阪府立体育館でニックのリターンマッチを退けて初防衛に成功し、3月3日にウィスコンシン州ミルウォーキーのメッカ・オーデトリアムに天龍源一郎とのコンビで出場して「新AWA世界ヘビー級王者」と紹介された。

 そして翌4日のイリノイ州シカゴのローズモント・ホライズンでブラックジャック・ランザ相手に2度目の防衛を果たしたのである。...