1362年、リヨン近郊。討伐に向かったフランス国王軍が、失業した傭兵の群れに壊滅させられた。彼らの名を「ブリガンド」という。
軽装の歩兵にして略奪者、語義も実態も日本の足軽によく似た存在で、その時々により「傭兵」とも「兵隊くずれ」とも訳される。
足軽がたどっていたかもしれない、もうひとつの姿がここにある。
著者・乃至政彦
歴史家。著書に『戦国大変 決断を迫られた武将たち』『謙信越山』(SYNCHRONOUS BOOKS)、『上杉謙信の夢と野望』(KKベストセラーズ)、『平将門と天慶の乱』『戦国の陣形』(講談社現代新書)など。書籍監修や講演活動なども行なっている。1974年生まれ。高松市出身、相模原市在住。
歴史家。著書に『戦国大変 決断を迫られた武将たち』『謙信越山』(SYNCHRONOUS BOOKS)、『上杉謙信の夢と野望』(KKベストセラーズ)、『平将門と天慶の乱』『戦国の陣形』(講談社現代新書)など。書籍監修や講演活動なども行なっている。1974年生まれ。高松市出身、相模原市在住。
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「足軽」という語に翻訳できない
日本人にとって足軽は、とても馴染み深い存在で、別の言葉に言い換えることが難しい。
日本の足軽は、中世後期までに全国へ広まり、近世初期までには公的な軍事組織の一部として定着した。
そして、その逆さまに、外国に類似する存在を探し出して、これを「足軽」と翻訳することも難しい。
もし、足軽を「軽装備の歩兵」「歩卒」と訳せば、戦場での役割だけは伝わる。海外の類似例との共通点も強調しやすい。だが、それでは誰に雇われ、どのような階層から人員が集まり、戦場で何をしたのかが抜け落ちてしまう。
足軽を考えるには、少なくとも三つの側面を分ける必要があるだろう。
第一に、どの社会階層から人員が供給されたかという《社会的側面》。
第二に、誰に雇用され、どう動員されたかという《経済的側面》。
第三に、戦場でどのような役割を担ったかという《軍事的側面》。
この三つを分けておけば、足軽を「身分の低い歩兵」または「略奪を生業とする無法者」と決めつけて思考を止めることを避けられる。
そして、この三つがほぼ重なっている存在が、ほぼ同じ時代のヨーロッパにいた。
ブリガンド(英語・フランス語brigand、イタリア語brigante)である。
足軽とブリガンド
現代の英語でbrigandといえば、山賊や盗賊団の一員を指す。ところが、この語が英語に入った一四〇〇年前後の語義は「軽装備の不正規歩兵」であった。...