
SNSやYouTubeで演奏動画やMVを見るときは、好きなタイミングで再生を止めたり、音量を変えたりできる。しかし、駅や空港などで生演奏に出くわしたときは、そうはいかない。その場に居合わせた人は、聴きたいかどうかにかかわらず巻き込まれることになる。
公共空間で奏でられる音楽を、ルールでどこまで制限すべきなのか。「その場にふさわしい音楽」を、誰がどのように判断するのか。
注目を集める技術や社会の動きに関する倫理的・法的・社会的課題──「ELSI(エルシー)」の考え方をひも解く連載「ELSI最前線」。今回は、音楽学・文化政策学等を専門とし、産学連携の研究にも取り組む肥後楽氏が、ストリートピアノを例に挙げながら「まちに音楽が流れること」の影響や課題を考える。(第2回/全3回)
💡この記事のポイント
- ストリートピアノの傍らには使用ルールが掲げられていることが多いが、ルールを作るだけで公共空間での演奏が受け入れられるとは限らない。
- 有名なパフォーマンスやYouTube・SNSの影響で醸成された「ストリートピアノへの期待」から外れる演奏を、私たちはどこまで受け入れられるだろうか。
- 公共空間での生演奏は、その場に居合わせた人々を良くも悪くも音楽のつながりに巻き込み、公共の場の在り方を再考させる装置となる。
大阪大学社会技術共創研究センター特任助教。文学(博士)。専門は、音楽学、文化政策学、協働形成。ELSIセンターでは「芸術とELSI」に関する探索的研究を推進すると共に、異分野を「つなぐ」人材として人社系産学連携の基盤構築をテーマとした研究に取り組む。最近の業績に「テクノロジーと音楽の結びつき―そして音楽生成AIへ」『フィルカル』9(2),(吉村汐七との共著、2024)、「ELSI/RRIをめぐる産学連携:大阪大学社会技術共創研究センターと株式会社メルカリmercariR4Dの事例から」『ELSI入門』第5章(丸善出版, 2025)など。プロフィール詳細
路上へ出てきた音楽がもたらす「変化」とは
前回紹介した、「街中に、誰もが演奏できるピアノを設置する」という世界的なムーブメントを巻き起こしたアートプロジェクト、Play me, I’m yoursの創始者であるLuke Jerramは、この作品の目的を「人々の都市をめぐる対話に変化をもたらし、人々が都市景観に関わり、活性化し、主体的に所有することを促す」ことだと説明している[1]。
Jerramが仕掛けたのは、通行人や市民が、ストリートピアノを通じて都市に主体的に関わるきっかけを掴むことを期待したパフォーマンスであると言える。彼のプロジェクトは単なる自由な演奏の場を生み出しただけではなく、ピアノを通じて都市の雰囲気や地域の新たな結びつきや、都市空間やそこに生きる人々、通りがかる人々の行動の変容をもたらすアートプロジェクトとなった[2]。
しかしながら、本来音楽専用の空間として設計されたホールやライブハウスなど閉ざされた空間から、路上や駅構内など周囲との隔たりがない公共空間に音楽の場が拡張した時、望ましい変化として単純に受け取ることができない影響もまた生じる可能性があることには注意が必要だ。...