脱いでも稼げない「裸のデフレ」の時代、コロナ禍がその状況に拍車をかけた。夜職で働く女性たちが収入を失い、困窮化。性風俗産業は女性の貧困とからめて取り上げられるようになった。
その一方で、稼げる女性と、そうでない女性が二極化しているともいわれている。ではその背景には何があるのか。社会全体で格差が拡大するなか、性の世界にもその影響はあるのか。
本企画では、風俗の世界で働く女性たちへのインタビューを行っていく。記事だけでなく、動画、音声、LIVEなどのイベントを通して、格差が生じる要因を探る。今回は、山中瑠衣さん(仮名)#1
デリヘルで働き始めた動機は「家を出たい」
山中瑠衣さん(31歳・仮名)が初めて風俗で働いたのは、18歳のときだった。
「風俗で働き始めたのは、高校を卒業して大学に入ったばかりの時期で、今振り返ると精神状態はかなり悪かったと思います。高校生の頃から精神科に通っていました。原因は色々あったのですが、一番は親との関係です。
家庭内のコミュニケーションは基本命令形で、雑談とかは一切なし。私物は勝手に捨てられる、という環境でした。子どもに対して支配的な言動を繰り返す、いわゆる「毒親」です。
そんな中、両親が仕事の都合で他県に引っ越すことになり、私は自分の意思で地元に残ることを選んで、親戚と二人暮らしをしていました。
でも、親戚との生活は決して楽ではなく、コミュニケーションもうまくいかないことが多くて、『この家を出たい』『自立して、一人で生きたい』という気持ちがどんどん強くなっていったんです」
日々の生活費や大学の学費は、すべて親が出してくれていた。親の庇護を離れて一人暮らしをするには、まとまったお金が必要になる。
しかし、精神的に不安定な状態が続いていた瑠衣さんは、定期的に普通のアルバイトを続けられる自信がなかった。そもそもバイトをすること自体、親から禁止されていた。
そんな中、「短時間でまとまったお金が稼げる」という理由で風俗の仕事を選んだ。
「中学の頃から、家出をして男性の家に転がり込むようなことをしていて、どちらかと言えば性的に奔放なタイプでした」
最初に入ったのは、大阪の素人専門のデリヘル店だった。
「インターネットで「未経験OK」「初めてでも大丈夫」とうたっているお店を探して、深く考えずに応募した記憶があります。実際に働いてみると、意外にもそれほど抵抗感を覚えませんでした。お客さんに優しくしてもらえて、しかも普通のバイトよりずっと高額のお金がもらえる。「これなら頑張れるかも」と感じました」
もちろん、現実は優良なお客ばかりではなかった。大阪のデリヘルの客層の悪さは、全国でも指折りである。
「体感としては、お客さんの3分の1くらいは「正直きついな」と思う人たちでした。特にフリーの新規は、いわゆるクソ客が多かったです。
でも、リピーターになってくれる人たちは、皆穏やかな方ばかりでした。変なお客さんに当たった時も、ドライバーさんやお店の人が話を聞いてくれましたし、途中でしんどくなったときは、その日はもうお客さんを取らない、という選択もできました」
指名が取れた理由は「言われたことをきちんとやったから」
働き続けるうちにリピーターが増えていき、順調に収入を伸ばすことができた瑠衣さん。本指名を取るために、特別な工夫をしていたのだろうか?...
