脱いでも稼げない「裸のデフレ」の時代、コロナ禍がその状況に拍車をかけた。夜職で働く女性たちが収入を失い、困窮化。性風俗産業は女性の貧困とからめて取り上げられるようになった。

その一方で、稼げる女性と、そうでない女性が二極化しているともいわれている。ではその背景には何があるのか。社会全体で格差が拡大するなか、性の世界にもその影響はあるのか。

本企画では、風俗の世界で働く女性たちへのインタビューを行っていく。記事だけでなく、動画、音声、LIVEなどのイベントを通して、格差が生じる要因を探る。今回は、西川陽子さん(仮名)#1

山間部の町に住みながら、片道3時間かけてソープに出勤

 西川陽子さん(36歳)は、西日本の地方都市の郊外に住みながら、施設運営の仕事をしている。繁忙期と閑散期の波がある仕事なので、閑散期の週末には、車で片道3時間近くかけて、隣県にあるソープランドに出勤している。

「ちょっと遠いですが、居心地のいいお店なので、毎週高速を飛ばして通っています」

 ソープの仕事をしていることは、地元では誰にも話していない。

「風俗の仕事については、「一応うまく稼げるようにはなったけれど、ずるずる続けている」という感覚がどこかにあります。そこに負い目があるわけではないのですが」

 陽子さんが金銭を介して男性と関係を結ぶようになったのは、19歳のときだった。

 「いわゆる出会い系サイトでの 『割り切り』です。私は一人っ子で、教育熱心な母親から箱入り娘のように育てられましたのですが、大学受験に失敗してしまい、希望していた進路に進むことができなくなりました。

 本当は浪人したかったのですが、母から「女の子が浪人なんてありえない」と言われ、IT系の専門学校に進みました。でも特にエンジニアになりたいわけでもなかったので、学校生活や授業に対しては全くモチベーションが湧きませんでした。

 飲食店でアルバイトを始めたのですが、私は発達障害のグレーゾーンで不注意になってしまうところがあり、仕事の要領も悪く、店長に怒鳴られてばかりでした。皆の前で「お前は新しく入ってきた高校生のバイトより仕事できねえよ」と怒られたり。学校でもグループにうまくなじめない。

 それまでの中学や高校では、それなりに勉強もスポーツもできたので、「自分は優等生だ」というセルフイメージを持っていたのですが、学校やバイト先での体験で自信をなくしてしまい、メンタルが一気に崩れました」

 希望と居場所のない生活の中で自信を失ったことで、陽子さんは次第に抑うつ状態になり、自暴自棄になっていった。過食嘔吐もするようになった。そんなときに、援助交際という選択肢が目の前に浮かんできた。

「当時、映画やマンガで援助交際が自傷行為のように描かれているのを見ていて、自分でもやってみようと思ったんです。お金のためというより、半分は好奇心、半分は自分を傷つけたい気持ちでした」

 当時の陽子さんは、男性との交際経験はあったが、手をつなぐ程度で、性体験をしたことはなかった。処女のまま出会い系サイトで相手を探して、最初に出会った40代の男性と関係を持った。

「その人は、事が終わった後、帰り際に「ありがとう、いい時間だった」と言ってくれたんです。そのとき、ものすごく満たされた感覚になりました。その頃の私は、誰からも「ありがとう」と言われる経験がほとんどなかったので。倫理的には良くないことをしているはずなのに、人から感謝された。このことが自分にとって非常に大きな経験になりました」

親バレで修羅場に

 男性から感謝されたことをきっかけに、陽子さんは援助交際にのめり込んでいった。専門学校にもほとんど行かなくなり、帰宅が深夜になることが増えた。しかし、それによって母親に怪しまれ、あっという間にバレてしまうことになる。

「今思えば私が甘かったのですが、自宅の引き出しに、男性からもらった現金と、関係を持った日付と金額を書いたメモをそのまま入れていたんです。それが母に見つかってしまいました。

 ある日、母から「話があるから帰ってきなさい」と電話がありました。家に帰ると、テレビで援助交際のドキュメンタリー番組を見せられました。そして「あなたもこういうことをしているの?」と聞かれました。

 最初は否定しました。でも、母から証拠のメモを突きつけられ、結局すべてを正直に話すことになりました。母は泣きながら「産んでごめんね」と言いました。私も泣きました。その場で、もう二度と援助交際はしない、と約束しました」

 しかし、その事件の後も陽子さんは援助交際をやめることはできなかった。母にバレないように、出会い系サイトで男性と会うことを続けた。

 そんな陽子さんを援助交際の世界から一時的に引き離してくれたのは、奇しくも同じく出会い系サイトで出会った男性だった。

「出会い系で知り合った男性と付き合うことになり、その時点で援助交際はやめました。でも、その男性との関係はうまくいきませんでした。出会い系から始まった関係ということもあったのだと思いますが、彼がときどき私を見下すような言動をするようになって。一緒に旅行でホテルに泊まったときに、性行為を拒んだら、『えっ、ホテル取った意味ないじゃん』みたいなことを言われて、ああ、この人とはもう無理だな、別れよう、と思いました。

 彼と付き合っている最中は、自分には何のスキルもないので、結婚して専業主婦としてやっていこう、と考えていたのですが、やはり自分で稼がないとダメだなと思って、昼の仕事を探しました」

 男性と別れた後、陽子さんはビジネスホテルのフロント補助で働き始めた。そこで、海外在住経験のある仕事のできる先輩に出会い、クレーマーのようなお客様にもうまく対応する接客スキルに憧れて、「自分もこんな人になりたい」「海外にも行ってみたい」という思いを抱くようになった。

「短期の留学でオーストラリアに行くことに決めました。その資金を貯めるために、半年ほど出会い系サイトで割り切りを始めました。この頃から、高級デリヘルでも働くようになりました。お店で働くようになったのはこの時からですね」

 割り切りと風俗の仕事で資金を稼ぎ、オーストラリアに渡って6ヶ月ほど過ごすことができた。

「英語の力は思ったより身につかなかったのですが、現地の飲食店で働きながら、オーストラリアのあちこちを旅しました。日本に帰国した後は、ビジネスホテルのスタッフとして働き始めました」

間一髪、事件に巻き込まれる

 帰国してビジネスホテルで働きはじめた後も、陽子さんは時折出会い系サイトで割り切りを続けていた。しかしある日、身の危険を感じる目に遭うことになる。

「暇つぶしのような感覚で再び出会い系を使ったときに、気が緩んでいたのだと思いますが、初対面の男性の車に乗ってしまったんです。ホテルに行った後、帰りの車内で男性から投資話を持ちかけられて、断ったんです。その後、今日分のお金を請求したら、相手が突然「お前のしていることは犯罪行為なんだよ」と激怒しました。顔つきが変わり、「殺される」と思いました。...