「専門家は信用できない」疑似科学の論法にあらがう意外な“影の功労者” | 日常に侵入する疑似科学 (3)
(Photo by mapo / iStock / Getty Images Plus)

「自衛隊が、電磁波で錆を防ぐと謳う謎の装置を導入しかけていた」「香川県が配布した教育教材に、根拠の乏しい“脳科学”が使われていた」——。

こうした怪しげな「疑似科学」が、行政や教育現場を通じて私たちの社会に静かに入り込み、税金や公共の信頼を蝕んでいる。SNSで注目を集めたこれらの事例も、氷山の一角にすぎない。今この瞬間も私たちの生活のすぐそばで、おかしな技術や理論が、まるで当然のように採用されつつあるかもしれない。

最先端技術に関する倫理的・法的・社会的課題──「ELSI(エルシー)」の考え方をひも解き、社会とビジネスにおける実践的な視点を提供する連載「ELSI最前線」。今月は、倫理学を専門とする長門裕介氏が、私たちの日常の中に巧妙に入り込む「地味な疑似科学」を考える。(第3回/全3回)

💡この記事のポイント

  • 「高校レベルの理科知識があれば疑似科学に引っかからない」という見方には限界があり、知識だけでなく科学的態度や制度への理解が求められる。
  • 疑似科学は「専門家は偏っている」と主張することで信頼を得ようとするため、批判を科学者への人格攻撃にすり替える論法が用いられやすい。
  • 疑似科学問題には、科学者だけではない“影の功労者”の働きが不可欠であり、その役割への理解と支援が必要である。

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長門裕介

大阪大学社会技術共創研究センター講師。専門は倫理学、特に幸福論や人生の意味、先端科学技術のELSI(Ethical, Legal and Social Issues 倫理的・法的・社会的課題)。最近の業績に”Addressing trade-offs in co-designing principles for ethical AI”, AI and Ethics, vol.4-2, (A. Katiraiとの共著、2024)、R.ハルワニ『愛・セックス・結婚の哲学』(共訳、名古屋大学出版会, 2024)など。 
プロフィール詳細

 

「高校理科の知識があれば引っかからない」は本当か

「高校レベルの理科知識があれば疑似科学には引っかからない」という見方がある。確かに、科学的な思考法や基礎知識を身につけることは重要で、「あやしいな」という感覚を鍛える意味でも価値がある。

 しかし、この見方だけに頼るには限界があることも認識すべきだろう。

 第一に、「高校レベルの科学を修める」こと自体が相当に大変なことである。多くの人にとって高校理科の知識とは、試験問題のパターンを覚えて解答することに留まりがちだ。

 しかし、実際に疑似科学的な主張に遭遇したとき、それが科学的におかしいと気づき、適切な批判を構築できるかは全く別の話である。試験向きの知識と、現実の複雑な状況で応用できる応用力には大きなギャップがある。

疑似科学は人々の切実な思いにつけこむ

 第二に、第1回で紹介した「ぬるっと」入り込む巧妙な疑似科学は、知識の有無以上に心理的・社会的要因に依存している。

 疑似科学は人々の切実な願望や善なる目標、たとえば健康への不安、子どもの教育への期待、エネルギー問題や農業への関心といったものと巧妙に結びついている。こうした側面が関わると、どんな人でも冷静な判断が困難になることがある。

 私が現在特に懸念しているのが、高校生を対象にしたビジネスコンテスト地域おこしなどでの疑似科学の浸透である。...