文・黒田俊

初戦の「勝利」はじゅうぶんではない

 岩政大樹率いる鹿島アントラーズが初陣を飾った。

 一体感、勝利への渇望、そして「発散」にもみえた——戦う選手たちの執念がもたらした1勝だった。

 この試合、対するアビスパ福岡は徹底したサッカーで鹿島に大きな圧力をかけていた。コロナ陽性者が出たうえに、ルヴァンを戦う過密日程だったことなど、厳しい戦いになる要因はさまざまにあっただろうけど、貫き続けているハードプレーをいかんなく発揮していた。福岡らしいサッカーはアントラーズにとって脅威だったはずだ。

 いきなり脇道にそれるけど、「徹底」というと、岩政さんの面白い指摘があるので、それはぜひこちらに。

 →【「ロストフの14秒」にあった日本サッカーの課題は、解消されたのか? ~日本サッカーに足りないもの 中途半端<徹底<バリエーション~】

 前回、岩政さんが監督になるということでその「胸中」を想像する、という記事を書いた。

→【鹿島アントラーズ監督就任、岩政大樹の「胸中」を想像してみた】

 正直、もうそれでじゅうぶんなのだけど、もう一稿だけ(これからは、もうわたしの知らない「監督・岩政大樹」が始まるわけなので)、わたしの知りうる岩政さんから「今回の勝利とこれから」について書いてみたい。

 選手にとってクラブにとって、サポーターにとって、そして何よりこれからの岩政さんにとって、初陣が重要だったことに間違いはない。

 それがきっと「勝利」だけではじゅうぶんでないほどだったと思う。前回も書いたとおり、これまでの鹿島の監督就任の流れや、クラブとしの一貫性といった指摘は、簡単に消えないだろうし、岩政さんも退任したレネ・ヴァイラー元監督のコーチのひとりであったことも忘れてはいけない。

 ただ「勝利」がもたらしたものは、そうした声を少しずつ好転させる力を秘めている。

 どうすればチームが、クラブが「いい方向」に回転していくのか。

 そのためには次の勝利が重要で、さらにその次の、またその次の勝利が重要になる。と、考えれば結局、結果を出し続けることでしか空気は変えられないのだろう。

 でもそれでいいのか? と考えると、「結果がすべて」だけには違和感を覚える。岩政さんなら……。

 間違いなく「結果がすべて」と言うだろう。そして、「条件として、選手が躍動していれば」と。

どんなサッカーを頭に描いているのか?

 鹿島でプレーしていた時代、相手として嫌だったチームについて尋ねたことがある。てっきり——当時ライバルと目されていた——浦和レッズや川崎フロンターレ、あるいはガンバ大阪などの名前が挙がると思っていた。

 だから「ジェフ」と聞いたときちょっと間抜けな反応をした記憶がある。ほどなくして、「ああなるほど、オシムさんのサッカーか」と気づいた。

「オシムさんって数学の先生なんですよね? 僕も数学の先生の免許を持っていたから、一度でいいから一緒にプレーしてみたかったんですよね。相性がいいんじゃないかな、って」

 ジョークのようにそう言ったが、本音は別のところにあった。

「湧き出てくるイメージなんです、ジェフのサッカーって。一人抑えても空いたスペースにどんどん人が走りこんでくる。対戦していて一番、難しい相手だった。

 つかみにくい、というか……衝撃的だったというか。どうやってあのサッカーをピッチに落とし込んでいるんだろう、って思いましたね」

 その思いは解説者になり拍車がかかる。国内外のサッカーを見て、学び、現場に出ながらいろいろな人と話す。そのうちに、「自分が現役時代に苦しめられたオシムさんのサッカー」の謎を解明しなければ気が済まなくなった——そんな感じだった。

 オシムサッカーというと、オシムの言葉に代表されるパーソナリティーに焦点が当たることが多い。そうした部分について岩政さんは「オシムさんの本はほとんど読んだので、なんとなく人としての哲学はわかるようになった」と言い、「でも、どうやってあんなに選手が湧き出るサッカーを作れるのかはわからない」。

 そして「オシムサッカーってあんまり分析されていないイメージなんです」と。

 ほどなくして、それまで海外選手と多く対談していた「対談ラボ」(詳細は前回の記事をご覧ください)で、羽生直剛さんと阿部勇樹さんという、「オシムチルドレン」に「オシムサッカー」に話を聞こうとお願いをした。

 そのときの様子はこちらでご覧いただける。

→【×羽生直剛×阿部勇樹「オシムさんてどんな指示をしていたの?」】

 

 想像するに、岩政さんのいう「躍動」はたぶん、このオシムさんのサッカーに近い。攻守をなくすことを「シームレス」と名付け、当時指導していた上武大学や文杉(文化学園大学杉並中高)に落とし込んでいた。この一つのキーワードには、湧き出るような攻撃、そして守備がある。

 オシムさんが「サッカーは進歩する。指導者はそれを学び続ける必要がある」と言ったように、当時のオシムさんの躍動するサッカーに「学び続けた今」を付け加える。目指すサッカーはそういうものなのではないか。

初陣に向けて何をしたのか?

 そう考えれば、岩政さんが初陣の勝利をどう見ているか、わかる気がする。

 躍動するサッカーが見せられたか、といえばきっとそうではない。当たり前のことだけど、たった一週間でそれが作り上げられるほどチームは甘くない。

 だからきっと、この時間のなかで岩政さんがやったことはモチベーションを上げていくことと、徹底した「対相手――福岡対策」だったのだろうと思う。

 例えば、徹底的にビルドアップを狙ってくるハイプレスに対して、鹿島は対角にロングボールを多用した。また、過密日程で疲労があるだろう福岡に対して、フレッシュな選手を次々とつぎ込んだ。

 いずれもこの試合に勝つために必要な選択をした。そう思っている。

 結果的に、「躍動」していたか否かはそれぞれの評価があろうが、わたしは岩政さんの「躍動するサッカー」はもっと先にあると思っている。

 誤解を恐れずにいえば、岩政さんは――福岡を侮っている、とかそういうことではなく——「勝てる」と思っていたはずだ。「勝たなければならない」とも。

 その理由は、岩政さんの著作『FootballPRINCIPLES 躍動する組織は論理的に作られる』にある。

ひとつ例を挙げます。
2021年4月14日、低迷を続けていた(わたしの古巣でもある)鹿島アントラーズはザーゴ監督が退任しました。新監督は相馬(直樹)さんです。

監督交代は毎年、さまざまなクラブで起こるものです。厳しい世界だと感じますが、確かに監督を代えることで「変化するもの」はあり、クラブの選択も理解できます。特にJ1のクラブは、力のある選手たちを抱えていますから、戦術云々の前に、その選手たちを前向きにさせてあげる。そこに少しの結果が伴ってくれば、ひとまず浮上のきっかけは作れる、ということなのでしょう。

さて、アントラーズの新監督となった相馬さんがまず整理したのは、守備の「判断基準」の部分だったと思います。先に断っておきますが、わたしがOBだからといってチームから内部の情報を聞いたわけではありません。試合を見て、起きた現象から推測しているものです。

守備に関しては、「人への意識から守備に入る」という考え方を、「味方との距離、つまりゾーン」に変えたと思われます。

それまでのアントラーズの守備というのは……

<中略>

……攻守一体の、シンプルな「判断基準」が提示されたことで、選手たちはわかりやすかったのだろうと思います。(原稿執筆時点で)相馬監督体制以降、9戦無敗。それも横浜F・マリノスや名古屋グランパスといった上位チームを圧倒して勝利を収めています。

このように選手たちがピッチ上でプレーするうえでの「頭の回し方」を提示する。これが「判断基準」と「約束事」になります。FootballPRINCIPLESより。赤字は編集部)

 この引用部分は本書の肝となる「サッカーの原則」の重要性、有効性について説いたものだが、「監督交代」がもたらす効果についても岩政さんの考えが見て取れる。

 監督交代で「変化するもの」は必ずあり、前向きにさせることがまず必要で、勝利を得ることで、前進を助ける。選手が揃っているのだから。

 だからそのポイントさえ踏めば「勝てる」。そして「勝たなければならない」。

 相馬アントラーズはその後、リーグ戦を6戦無敗と躍進した。しかしその後、2勝3敗3分け。結果的には19勝7敗4分けで退任した。

 賛否はあった。でも、やっぱり——前回書いたように——岩政さんは「わかっている」と思う。それも含め、自分に課されたものがどんな仕事であるかを。

 次節はアウェイで湘南ベルマーレと対戦する。