「PITCHLEVELラボ」では多くの参加者とサッカーの見方、解釈について意見を交換してきた

文・黒田俊

岩政監督誕生にまつわるいろんな反応

 今週に入って、鹿島アントラーズが大きな話題になっている。

 先週末(8/6)のサンフレッチェ広島戦に0対2で敗れると、4月に来日したレネ・バイラー監督解任の一報が流れ、翌日にはクラブから正式にリリースされる。新しい監督が発表されたのは8月8日だった。

 新監督は、コーチを務めていた岩政大樹。アントラーズファンには馴染み深い、現役時代にリーグ3連覇を含めた「鹿島黄金期」を支えたひとりである。

 報道を受けてわたしは、ひとつツイートをした。

「おめでとうございます、そして厳しい戦いをいままでどおりの岩政さんで。聞く、考える、行動する、振り返る。それができる方だから、新しい指導者像としてチームを救ってくれるはずです。」

 岩政さん(まだ敬称略も岩政氏も馴染まないので、さん、で書かせてください)とは、長い間一緒に仕事をさせてもらった。ファジアーノ岡山時代に連載をはじめ、書籍を2冊。引退後は、PITCHLEVELラボというコンテンツ配信を毎月行なった(※鹿島アントラーズのコーチ就任とともに配信を停止)。

 だから、岩政さんがどのくらいサッカーに情熱的で、――これを言ったら本人に怒られるかもしれないが、鹿島アントラーズが好きかを――知っていた。

 そんなこともあって就任の報道を見て、「ああ、ついに岩政さんが監督になるのか」と、ツイートをしたのだけど、投稿した直後「おめでとうございます」は軽率だったな、と反省した。チームを応援するサポーターにとって、解任をともなう監督人事は決して「めでたい」状況ではない、と思ったからだ。 

 事実、アントラーズファンだけでなく他クラブのファンも、この「人事」にいろいろと意見を持っていたようだ。

 クラブOBきっての理論派であり情熱家である岩政氏の監督就任を喜ぶ声は多くあった。わたしと同じような理由だと思う。

 一方で、就任して半年もたたない監督を解任したことを引き合いに「クラブの方針に一貫性がない」とか、なかには「クーデターだ」といった意見もあった。(あまり意味のない指摘だけど、クーデターは武力(あるいは非合法な手段)を使って国の政権を奪おうとする行為だから誤用だし、“現象”だけを見るのはあまりいい分析ではないと思う)

これまでの言動から見えてくる「胸中」

 そこで今回は、岩政さんが監督になることについて、岩政さんの「思い」について考えてみたい。

 実は最初に就任報道を見て感じたのは、「岩政さん、大変な役割だな」ということだった。大きく理由はふたつある。

 ひとつはチーム状況。アントラーズは一時は首位に立つなど好調な滑り出しでシーズンを開幕させたが、いつからかピッチ上の選手たちに「共有する絵」が描けていないような停滞感も見え隠れするようになっていた。6月のルバンカップあたりからだったように思う。

 理由は個々の選手の問題なのか、それともチームとしての(あるいは監督の)指示、方向性の問題なのか。はたまたまた別の何かか……いずれもあるだろうけど、現状のチームにおいてここから再浮上するには「策」が必要なんだろう、と。

 その「策」は補強とか、戦術的な改善だと思っていたので、「監督交代」「岩政さん就任」に、驚いた。

 もうひとつは、これまでのアントラーズの「監督」の流れ。トニーニョ・セレーゾから石井正忠監督、大岩剛監督、ザーゴ監督、相馬直樹監督そしてレネ監督。監督交代がシーズン途中で行なわれることも多く、そのたびに「コーチからの昇格人事」が行なわれてきた。

「また、この流れか」と思うサポーターも多いだろう、岩政さんほどの熱量を持ってもそのイメージは拭い難いだろう……そう予感した。

 岩政さんはどう思っているんだろう。

 他人の心を想像するのは編集者のクセで、でも「やっぱり、わからん!」となることがほとんど。ただ、今回は実ははっきりとこう思った。

「そんなこと、岩政さんでもわかってるか。ということは、この覚悟は並々ならないぞ」

 例えば、「監督業」について話したときのこと。岩政さんは監督就任の流れによくある形について指摘した。

「それ(監督をするかどうか)ばっかりはオファーがないことにはできないですから。あんまり考えないようにしています。(鹿島以外でも?)もちろん。そこは関係ないですよ、日本にはOBがやるみたいな流れがありますけど、もったいないじゃないですか。結果が出ようが、出まいがそれは経験として学びなおせばいいわけで」

 一呼吸おいて、「でも」と言った。

「鹿島だったらどんな条件でも受けるかな、やっぱり僕の中では特別なので」

 余談だが、そのとき特別なものとしてもう一人、名前を挙げたのが「(大岩)剛さん」だった。この話にはもうひとつ「でも」が続く。

「でも、鹿島で仕事をするってことは、鹿島と別れる時計の針が進むってことでもあるから。なんかね、難しいですよね」

 どんな結果が出ようと、一度アントラーズで仕事を受ければ、それは「いつか辞めること」へのカウントダウンになる。岩政さんはそう考える。

 今回の決断はそのカウントダウンを早めることだってあり得る。気づいていないわけない。

 また先に少し触れたPITCHLEVELラボでは、「対談ラボ」という海外でプレーした経験のある選手や、結果を残した指導者の下でプレーした選手たちと対談を行なう企画があった。

鎌田大地選手と対談したときの岩政さん。

 発案は岩政さんで、理由は明快だった。

「僕は選手としては大したことがなくて。ヨーロッパでプレーすることもできなかった。だからそういう経験をしている選手たちから学びたい」

 同じ思いは、昨年に発売された本人の書籍「FootballPRINCIPLES 躍動するチームは論理的に作られる」の冒頭にも書かれている。

「特にヨーロッパサッカーはいまや世界サッカーの中心であり、トレンドの発祥地です。
 決してそれがすべてとは思いませんが、それでも考え抜かれた戦術やチームマネジメントを肌で知ることができる。わたしはそれを経験したことがないですから、うらやましいと思うこともあります。ただそれは、プレーをしたかった、ということではありません。最先端のサッカーにおけるベースの部分、揺るがないもの、それを確かめたかった、という気持ちに近い。きっとそれこそが、「海外」にあって「日本」に足りないものなのだろう、と思うからです。」(「FootballPRINCIPLES 躍動するチームは論理的に作られる」より)

 

(本書の第一章は以下から読めるのでぜひ、興味のある方はご覧になってください)【FootballPRINCIPLES 第一章公開】
「ロストフの14秒」にあった日本サッカーの課題は解消されたのか?

 ヨーロッパのリアル、最先端で現場にいる人たちが持っているものを知りたい。自身がサッカーに携わり、指導をするにせよ、解説をするにせよ、何かを伝える立場にある限りは、知っておかなければいけない。

 選手として経験できなかったからこそ、その思いは誰より強かったと思う。対談ラボは本当に多くの選手に登場してもらい、いつも2時間近く、岩政さんが質問をし続けていた。

 事実、昨年末にアントラーズのコーチに就任が決まったとき、「レネ監督のようなヨーロッパで指導してきた実績がある人と一緒にできる、僕は持ってると思うんですよね」と嬉しそうに話していた。

 その監督が退任して、自身がその責を追うことに「覚悟」が必要だったはずだ。

結局、岩政体制は「めでたい」のか

 岩政さんの覚悟。

 それを補強する話はいくらでも浮かんできてしまう。それは私自身が近くにいたからで、客観的な視点に欠けている可能性もある。

 でも、鹿島アントラーズというチームにとって、岩政さんが監督をすることは、やっぱり「めでたい」ことだとも思う。あくまで個人的な取材歴にすぎないが、これほどサッカーに情熱を多角的に持ち合わせる人を、私は知らないからだ。

 1年前まで群馬県の上武大学サッカー部の監督を務めていた。毎日往復250キロ近くを通っていた。

「さすがに走り過ぎて、廃車になっちゃうって言われて」

 笑って話していたけど、サッカーに対して、選手たちに対してここまで熱を傾けられる人はなかなかいない。

 7月上旬。思い立って、アントラーズの練習を見にいったことがある。特に連絡をしたわけでも、取材申請をしたわけでもない。でも、その日は試合の翌日でスタメン組のリカバリーの日だったから、岩政さんが練習を指導するんじゃないか、とちょっと期待していた。

 すると期待通りで、その練習はとても活気があって、控え組とは思えない強度のプレーが繰り広げられていた。

 印象的だったのは、練習開始前からひとり淡々とボールをセットし、コーンを置き、トレーニングの準備をする姿。練習が終わると、またボールを片付ける。「あれ、このボール入れ、何個入るっけ?」なんて大声で周りの人に尋ねていた。

 その是非は別として、準備や片付けは人にやらせてもいい立場だと思う。でも、岩政さんはそういうところに手を抜かない。

 250キロの通勤も、ボールの片付けも、「ちょっとくらい大変」でも「やらなきゃいけないこと」を自分で判別できる。そして、実践できる。

 実は、岩政さんは僕が仕事をさせてもらった6年間で一回も原稿の締め切りを「落とした」ことがない。その数はたぶん150本を超える。

 これからの鹿島アントラーズがどうなっていくのか。新指揮官の「覚悟」がどういう結果につながるのか。できれば、長くそれを見ていたい。