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 どんなに「笑顔あふれる家庭」を目指していても、核家族化が進む現代では、ママだけでなくパパも「子育てがしんどい」のが現実。そんな新常識を前提に、社会学者、生物学者、保育のプロなどの専門家にインタビューし、様々な原因に着目し、子どもを持つ家庭それぞれが自分たちなりの解決策や落とし所を見出すきっかけ作りのための本連載。第8回は「ふたりは同時に親になる」の著者・狩野さやかさんに、ママとパパの産後の「ずれ」に対して知っておくべきことと、具体的な解決策を挙げてもらいました。

狩野さやかさん
ライター・デザイナー・「patomato」代表

早稲田大学卒業。株式会社Studio947デザイナー、ライター。ウェブやアプリのデザイン・制作に携わる一方で、技術書籍の執筆なども行う。ライターとして、子育てに関するコラムなどを書き、2015年から「patomat〜ふたりは同時に親になる」を運営。産後の夫婦の協業をテーマにしたワークショップなどに取り組む。2017年に『ふたりは同時に親になる 産後の「ずれ」の処方箋』を執筆。その他、自社で『知りたい!プログラミングツール図鑑』『ICT toolbox』を運営、子ども向けプログラミングやICT(情報通信技術)教育について情報発信している。著書に『見た目にこだわるJimdo入門』(技術評論社)他。

 

必要なのは知識・情報共有と率直なコミュニケーション

エディター平澤:育児におけるママとパパのズレに、改善策はあるのでしょうか?

狩野さやかさん(以下、狩野):そうですね、いくつか具体的な対策をあげるので、どれが自分たちに当てはまるかを考えながら、できることを実践して欲しいです。

解決策1:育児は大変だというイメージを夫婦で共有、知識を付けておく

 
イラスト提供「patomato」

 

 

狩野:まだ子どもを持ったことのない男性は、育児にひとつ目の図のようなイメージを持っている人が多いと思いますが、我が子が生まれるとなればふたつ目のイメージを頭に入れておいて欲しいです。育児は女性の仕事だなんて思わず「育児が始まるぞ、さぁ大変だ!」という感覚を持つこと。そしてこの時、お母さんが欲しいと思っているのは応援ではなく、仲間です。外から「無理するな」「頑張れ!」というのではなく、イラストのように当事者意識を持って一緒に飛び込む覚悟でいましょう。

ライター松倉:当事者意識、それ重要です。

狩野:また育児について様々な知識をつける。自分がやらなくても育児は女性ひとりでできると思っている男性が多いのですが、赤ちゃんが生まれてからの家庭の業務量は大人ひとりではこなせません。特に、赤ちゃんがいかに寝ないかとか泣き止まないかとか、そんな生活実態を知っておくことが重要。育児の大変さを知ることで危機感が生まれ、仕事を調整してでも時間を割く必要性を感じられるのではないでしょうか。

エディター平澤:今は本だけでなく、ネットやSNSなどにも育児情報が溢れているから、お父さんが自分なりに見つけやすいところからあれこれ拾うこともできますよね。

解決策2:ママはギブアップして「辛い」と伝える、数字も見せつつ話す

狩野:一方でママたちは「辛い」、「助けて欲しい」、「一緒に育児したい」とパパに伝えることが大切。ママたちは必死にがんばっているので、なかなかギブアップができません。でもそこはSOSを出しましょう。言いづらかったら、育児が大変だという記事をシェアしたり、自分のやり方でいいから伝えて欲しいです。

エディター平澤:「他のママもやっているから」「もう無理なんて言ったら母親失格⁉︎」などと、辛いのを背負い込んでしまいがちですが、もう言っていい、言うしかないですよね。

狩野:子どもが生まれる前までは、夫婦間で言わなくても察してくれたり、伝わっていたことが全く通用しなくなります。だから言いにくいことも、ときには表現方法を変えて伝える。

 感情任せに言うとパパは「怒ってたな」という印象しか残らず、肝心の言葉や気持ちが伝わりません。しかし「冷静に言おう」としても疲れ果てているとそれも難しい。そんな時はデータやグラフなど、数字を見ながら2人だけの問題にしないのも手です。家事時間の大幅な増え方を見ながら、社会的な視点で「大変だ」、「日本って他の国より働きすぎだね、これはまずい」と話すことで、それぞれが抱える大変さへの理解と納得感が高まることもあります。

解決策3:シートを活用してお互いの価値観をすり合わせる

 

(上)「産前・産後シート」ママになる前、ママになった後/パパになる前、パパになった後で変わったと思うことを、ジャンル別にいくつでも思いつくだけ書き出す。例えば、自分の生活環境、行動、周りの見え方などなんでもいいので、変化を見える化する。(下)「親の役割イメージチェックシート」パパとママ、それぞれどんな役割を担って欲しいと思っているかをチェックする。

提供「patomato」

 

狩野:さらに話のきっかけとして、こんなシートを使ってもいいと思います。どちらも夫婦で別々に記入し、お互いに見せ合うことで価値観の違いなどを実感してもらうためのシートです。これは回答が同じである必要はなく、互いの違いを知るコミュニケーション手段の一つとしておすすめです。

エディター平澤:たしかに、夫婦である前に一個人として、自分も相手も育児についてどう考えているかを知る良い機会ですね。

狩野:そう、夫婦でもそれぞれに育ってきた環境も違えば、男女で培われてきた価値観や意識も全然違います。例えば男性に、社会的にのしかかる「できる男像、男らしさ」って、女性には想像しづらいですが、少し時代遅れなところもあるんですよね。「一家の大黒柱にならねば!」とか。

 それを知ると「そんな無茶なこと言われてきたの?」と、意外にママもパパに寄り添えるポイントが見つかることもあります。このアンコンシャス・バイアスについてのシートもお互いの価値観が浮き彫りになって興味深いです。

 
「性別役割イメージについてのシート」内閣府男女共同参画局による「令和3年度 性別による無意識の思い込み(アンコンシャス・バイアス)に関する調査研究」に使われた質問項目をpatomatoでシート化。

 

ライター松倉:一味違うアプローチから互いの価値観を知ろうとするのは良いですね。

解決策4:「無理しないで!」よりもソリューション提案を

狩野:パパがママをフォローしたい時は、言葉がけだけでなく、行動や解決策を伴う提案をすることが重要です。「無理しないで休んだら?」ではなく「○○、俺がやるから休んでて」と言えば、「じゃあお願い」とか「そしたら△△をして欲しいな」とママは受け入れやすくなります。

 例えばママが毎日食事を作るのが大変だなと思ったパパが機転を聞かせて「外食にしたら?」とか「毎日作らなくてもいいよ」と言うとします。しかしこれではやっぱり当事者意識が薄く感じてママたちは素直に受け入れ難い。表現を変えて「外食にしよう。俺が奢るから!」とか「今日は俺がお弁当買って帰るよ」とソリューションとして提案しましょう。

ライター松倉:具体的な提案の一言があるだけで、当事者意識が感じられて嬉しいですね。

狩野:そこで初めてママが「じゃあこうしようか」と素直に受け入れられる。パパが自分と同じ視点で家事や食事について考えてくれることが安心感に繋がり、ソリューション提案の積み重ねは信頼関係の回復にもなります。

解決策5:パパの家事をプロジェクト化する、家事レベルもグレードダウンして

狩野:ふたりで家事をまわしていきたいときは、まずパパを部下にしないこと。ママがしている家事の一部をスポット的にお願いしてしまうと、ママの言う通りにやるだけの部下状態になってしまい、いつまでも任せることはできません。またママが細かく指導しないといけないし、いつもあれこれ指示されてはパパの意欲も減退してしまう。実はパパの家事の仕上がりが気に入らず、やり直すというママもわりと多いんです。

エディター平澤:やった家事をやり直されるのは、男女関係なく辛いですね。

狩野:だから、例えばお風呂掃除はパパのプロジェクトとして担当してもらい、パパの自由なやり方、裁量に任せる。信用して丸投げすることです。するとパパも自分で掃除道具を買ったり、掃除の知識を調べたり、スケジュールを立てたりと自分なりに管理しながら進めることができます。そこに対して、ママは文句を言ったり揶揄するのはなしです。

エディター平澤:もうパパの管理テリトリーにしてしまうと。

狩野:そうです、そしてママは育児を機に、家事や身の回りのことをグレードダウンする勇気も必要です。部屋が散らかっていたって、シンクに食器が残っていたってよしとする。掃除の頻度や料理の品数など具体的な目標値を下げる。パパと一緒に家事をやることが大変な育児を乗り越える方法のひとつなので、お互いのやり方を尊重しながら、ときに家事の仕上がりレベルを下げることも大切です。

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解決策6:「引き算」して、生活の土台を見つめ直そう

狩野:育児には引き算も必要です。自立している男女が夫婦になると、時間や労力、収入など2人のリソースを合算できることで良い面がありますが、子どもが生まれたらその中から時間、労力、収入のすべてを捻出しなくてはいけません。

 時間と労力を持ってかれているママと一緒に、パパも仕事時間などを削って、その時間と労力を育児に充てる。そこで自分の時間がなくなったり、収入が減ることもあると思います。でも会社員で受給資格があれば産休中の手当てや育休中の給付金もあると思って、もう一歩フレキシブルに考えて欲しいです。

エディター平澤:夫婦でフリーランスという家庭などは、どうしても収入は減りますが、それを許容することも必要ということですね。

狩野:私も出産当時はフリーランス同士の夫婦でしたが、育児には絶対的に「時間」の確保が必要なので、一時的な収入減を受け入れて育児をしていました。

 これまでの生活と育児、その両方の「理想の形」を維持することに注力するより、ずっと同じなんて無理だと考え、時間も収入も減るけどその度に生活全体を見直して、今大切なことにフォーカスしながらその都度、変化できることが理想です。

エディター平澤:育児という大きな事業が始まったと考え、これからの生き方も見直す良い機会かもしれないですね。

解決策7:ときには2人で同時に育児家事から解放される

狩野:また2人同時に家事育児から解放される時間を持つことも大切です。普段はどちらかが子どもを見て、単独で出かける交代制にしている家庭もあるかと思いますが、少しでも良いので子どもを外に預けて2人で映画へ行ったり外食をしたり、それぞれに別のことをして羽を伸ばす時間がとても重要です。

ライター松倉:うちも子どもを保育園に預けている平日に一緒に休める時は、ランチへ出かけたりするんですが、普段話さないことを話せたり、環境が変わるから気分も変わってちょっと言いづらいことも言えたりして意外に良い時間になりますね。

キーワードは「心の並走感」「納得感」「柔軟性」

狩野:ここまで「子育てがしんどい」の原因や対策にお話ししましたが、正直「これさえやれば間違いなく全家庭ハッピーになる!」というメソッドなんてないんです。みなさん、環境も価値観も違うし、できることとできないこともある。

 だから最終的には「自分たちはこれ!」というスタイルを確立していくことが大切だと思うんです。そのためにお互いを理解して、育児に対してはママとパパ2人でガッチリ肩組んでやっていくこと。その過程で夫婦2人に「心の並走感」が感じられるようになれば、一緒に親になっているという実感を持てると思います。

エディター平澤:心の並走感、大事ですね。

狩野:共働きだろうと、そうでなかろうと、家事育児の配分が偏っていようと、お互いが果たしている役割に対して、お互いが納得していれば問題ないんです。一緒に育児することは大切ですが、もしそれが無理でも自分の役割と相手の役割への「納得感」が高いということで、うまくやっているご夫婦もたくさんいます。そのためには相手が何を求めているかということを知る必要もあるので、前述した様々なシートをきっかけにコミュニケーションを深めるのもいいと思います。

ライター松倉:先ほどのシートは1人でやっても発見がありました。

狩野:そして最終的には柔軟性です。産後の大きな環境変化に始まり、子どもがいる生活は常に変化し続けます。乳児から幼児、そして小学生へと目まぐるしく変化しますし、子どもがふたり、3人と増えることもあります。自分自身の判断力を総動員して、会社や仕事という呪縛に縛られず、柔軟な行動をとれる強さを身につけて欲しいです。

エディター平澤:そうですね。最適解はその時々で、ふたりで作っていくものなんですね。仕事に家事育児に忙しい中で、夫婦のコミュニケーションを取る時間がなくなっていましたが、もう少しお互いの価値観を知る機会をつくりたいなと思いました!ありがとうございました。