ElenaNichizhenova/ iStock / Getty Images Plus/Getty Images

「いつも笑顔のママでいたい」と思いながらも、子育てと家事や仕事の両立に疲弊し、イライラを爆発させてしまうお母さんお父さんたちへ。社会学者、生物学者、保育のプロなどの専門家にインタビューし、さまざまな角度から子育てがしんどい背景とその解消法を探ります。

第2回は、愛知学院大学でライフコースと社会階層について研究しており、ご自身も子育てをされている鈴木佳代准教授に伺う、社会学的な要因の後編。

文=松倉和華子

鈴木佳代さん
愛知学院大学 総合政策部 総合政策学科 准教授

岐阜県出身。北海道大学大学院教育学研究科修士課程修了(2003年)。米国ノースカロライナ大学チャペルヒル校にてMA, PhD(Sociology)取得(2011年)。日本福祉大学健康社会研究センター主任研究員を経て,2014年から愛知学院大学。日本社会学会,社会政策学会,社会福祉学会,日本公衆衛生学会,貧困研究会,American Sociological Association, Population Association of America会員。

 
 

最善を求める時代が育児を苦しくする

エディター平澤:第1回では、現代の子育ての価値観がどんどん厳しくなっていることを伺いました。なぜ子育ての価値観がそんなに厳しくなっているんでしょう?

鈴木:私はイギリスの社会学者アンソニー・ギデンズが唱える「再帰性」という概念で説明がつくと思います。ギデンズは、「これは最善のやり方か」「他にもっといい選択肢、方法があるのでは」とあくなき追及を続けるところに近代以降の社会の特徴があると考え、これを「再帰性」と名付けました。

ライター松倉:最善の道を追求するのは、いいことのように思えますが?

鈴木:それにより一度いいと思ったことも疑わしく思える、自分が何を選んでも他に正解があるように感じてしまうのが問題です。特に現代はSNSやメディアの発達で情報が溢れているため、「うちはこのやり方でいい」と思っても、「SNSを見たらこっちの方がよさそう」など、よりいいものの追求が無限化してしまう。それではつねに不安が付き纏いますよね。

エディター平澤:う、耳が痛いです。「モンテッソーリ教育」とか「シュタイナー教育」とかいろいろな育児法を見るたびによさそう!と思って取り入れてみては、長続きしなかったり、うまくいかなかったり…。SNSで見る他のお子さんと比べて落ち込んだりすることもあります。

鈴木:パパについてもそうですが、「よりいいママをしなければ」というプレッシャーが高まっているのが現代なんです。

女もつらいが男もつらいよ

ライター松倉:なんだか聞いてるだけで胸が苦しくなってきました(笑)。

鈴木:そうですね。昔のフルタイム専業主婦の母親の役割はほぼそのままで、そこに仕事も加わっている状態なのが現代のママ。子どもの遊びへの同行や保育園・幼稚園選び、習い事の送迎など育児にかかる手間も増えています。たとえば、子でもをどこかに預けることで育児のイライラからは解放される面もあると思いますが、そのために持ち物の購入・記名、健康管理、書類記入、時間のやりくりなどが必要。そういった複雑なマルチタスクを日常的に行うようになっているのが今日の母親の特徴なんです。

エディター平澤:そこで子どもがぐずって予定が狂った日には、怒りっぽくもなりますよね。ちなみに、パパの役割に変化はありますか?

 鈴木:パパたちは今、まさにダブルバインド、板挟みの状態にあると思います。

「イクメン」という言葉が浸透し、データ上でもパパの家事・育児時間は増えています。しかし、まだ日本の職場では「パパが育児をするのはいいことだが、仕事に極力影響しない範囲でやってくれ」といった風潮があります。

Yue_/E+/Getty Images

 また、「子育てのメインはママであり、パパはサブ的役割である」という認識がいまだに根強くあります。例えば子どもが保育園で熱を出しても連絡が行くのはたいていママの方だったり、夫婦揃って子どもの健診に行っても、保健師さんやお医者さんがみんなママだけに話しかけたり。若い世代ではとくに、主体的に子育てに参加したいと思っているパパが増えている中、社会の側にまだその認識や仕組みができていないと感じます。

ライター松倉:そうなるとパパのやる気も削がれますよね。

エディター平澤:うちの夫も家事や育児を頑張ってくれていますが、仕事が激務。毎日22時、23時に帰ってきて、そこから家事をしろっていうのも大変だなと思います。それで妻の機嫌まで悪かったら、休まる場所がないですよね…。

鈴木:実際、産後うつになるお母さんが1割ほどいると言われている中で、同じくらいの割合のお父さんがパタニティブルー(パパの産後うつ)になっているそうです。

ライター松倉:職場で「家で今大変なんですよ」って言ったって、「そうか、大変だね、それじゃ仕事して」ってなりますもんね。

鈴木:メディアでも、いかにママたちが大変な状況に置かれているかというのは結構発信されますが、パパたちはいまだにダブルバインド。父として、夫として、あれこれやれと言われていて、だけど社会人としての責任もきちんと果たせってことですごく重圧をかけられている。それを解消するには、「男は仕事に穴を開けるな」といった意識をなくさない限り無理だと思うんですよね。

 育児だけでなく「ケアニーズ」として認識する

Xabier Artola-Zubillaga/Moment/Getty Images

エディター平澤:結局は社会全体の問題ということですね。率直に、今後私たちはどのような社会を目指すべきですか?

鈴木:「育児に関連する親の負担を減らしていくこと」「ケアニーズの必要性をさらに広めること」の2つが必要だと思います。

 例えば、共働きの家庭が増えていることを踏まえて、保育園、幼稚園、学校などは対応困難なイベントやPTAの会合などを減らす。これはコロナの影響もあり、実現され始めているかもしれません。

 また職場では、子育てによる休暇などの臨時対応に企業がペナルティを与えないことが必要です。そのために男性がためらいなく子育てのために仕事を調整できる環境を整えること、育児経験のある上司が増えることも重要だと思います。

ライター松倉:パパもママも、子育てをベースにした働き方ができるようになるということですね。

鈴木:そしてもうひとつ重要なのは、育児だけを特別扱いしないこと。

 超高齢化社会の日本では、介護も大きな問題のひとつです。子どもを持たない人でも、性別問わずこの先介護に関わる人口は確実に増えていきます。そんなとき、その大変さを理解し共有できる人は、同じように介護している人と過去に子育てしてきた人だと思うんです。

エディター平澤:たしかに、1人ではできないことを助け合ったり、労いあったりするのは、子育てだけでなく介護やその他のケアも同様に必要ですね。

鈴木:そうなんです。他にも、心や体に病気を抱えている人がいます。そういう人々もきちんと支え、社会や労働力から切り捨てられることのないようにする。育児だけを特別扱いしては、それ以外の事情で大変な思いをしている人との分断が起こってしまいますが、数ある「ケアの問題」のひとつとして育児を考え、分断ではなく共感を目指す。自己責任だと切り捨てず、互いに助け合える社会へとシフトできれば良いと思います。

エディター平澤:そうですね。一人ひとりがSOSを発信でき、支え合える社会を目指したいと思いました。