Catherine Delahaye/stone/Getty Images

 夫婦の中に可愛い我が子が加わるなんて、幸せいっぱいな日々のはず…と思いきや、子育てと家事、仕事の両立を目指すだけで精一杯。疲弊し、時にイライラを爆発させてしまうお母さんとお父さんへ。社会学者、生物学者、保育のプロなどの専門家にインタビューし、多角的に子育てがしんどい背景とその解消法を探る本連載。第7回も引き続き、『ふたりは同時に親になる』の著者である狩野さやかさんに夫婦の環境変化の差についてインタビュー。今回はパパの変化とそれによって起こる状況に目を向けます。

狩野さやかさん
デザイナー・ライター・「patomato」代表

早稲田大学卒業。株式会社Studio947デザイナー、ライター。ウェブやアプリのデザイン・制作に携わる一方で、技術書籍の執筆なども行う。ライターとして、子育てに関するコラムなどを書き、2015年から「patomato〜ふたりは同時に親になる」を運営。産後の夫婦の協業をテーマにしたワークショップなどに取り組む。2017年に『ふたりは同時に親になる 産後の「ずれ」の処方箋』を執筆。その他、自社で『知りたい!プログラミングツール図鑑』『ICT toolbox』を運営、子ども向けプログラミングやICT(情報通信技術)教育について情報発信している。著書に『見た目にこだわるJimdo入門』(技術評論社)他。

 

パパだって昔よりは育児シーンに進出している、しかし……

エディター平澤:前回は夫婦間のズレが起こる原因「産後の環境変化の差」について、ママの変化に目を向けました。今回はパパの変化について教えてください。

狩野さやかさん(以下、狩野):出産に伴うお母さんの変化に比べると、お父さんの環境変化は少ない。とはいえ、皆さんも感じていらっしゃると思いますが、昔に比べて公園や図書館など、育児現場でも随分とお父さんを見かけるようになりました。保育園の送り迎えや幼稚園のバス待ちもお父さんが担当したり、休日や仕事から帰った後に家事をしたり、お父さんたちの意識に変化があるのは確かです。

 しかしそんなお父さんたちは今、仕事と家事育児、お母さんへの気遣いなど、想像以上に追い詰められているのも事実。これは社会の問題です。

エディター平澤:以前インタビューさせていただいた鈴木先生も「お父さんたちは今、ダブルバインド、板挟み状態」とおっしゃっていました。

お父さんの現状その1:時間がない

狩野:どうしても家事育児の負担は女性の方が大きいですが、お父さんたちはその分遊んでいるかというと違います。他国と比べると、日本のお父さんたちは圧倒的に働き過ぎ、それによって家事育児をする時間がないのが現実です。

データ提供『ふたりは同時に親になる 産後の「ずれ」の処方箋』より

狩野:上の表、夫の「仕事と仕事中の移動」の項目ですが、他の国が5時間台かそれを下回っているのに対して、日本は8時間弱と大幅に多いです。そして自由時間は他の国が4時間から4時間半以上取れているのに対して、2時間半と少ない。

エディター平澤:他の国は日本に比べて仕事時間が短く、その分を家事育児や自分の時間に回している感じですね。日本は仕事が第一、そして自由時間、次に家事育児という。

狩野:そう、仕事時間を調節して家のための時間を作る発想や習慣がないんです。家事育児をねじ込むだけではお父さんもお父さんで大変ですよね。そして下のグラフ、これは2021年の東京都だけのデータですが、2人の家事時間を合わせてみると12時間越えです。核家族化が進む現代の夫婦は1日の半分以上を家事育児に持っていかれる。

東京都「令和3年度男性の家事・育児参画状況実態調査(速報版)」よりpatomatoがグラフ作成

 

狩野:これだけ時間が必要なのに、お父さんは仕事を減らさないまま「自分なりにやっている」と家事育児をがんばる、でもその程度ではお母さんの負担はたいして軽くならない、これが時間がない現実です。

エディター平澤:こんなに時間が必要だとお母さんが専業主婦でも大変ですし、お父さんの協力は絶対に欲しい……。

お父さんの現状その2:必要ない

狩野:はい。ですが、お父さんたちの育休取得はまだまだ「必要ない」と思われている現状があります。育児休業に限らずにほかの有給休暇などを含めれば、およそ76%の人が出産・育児のために休みをとっていることが2017年の調査でわかっていますが、休んだ日数はとても短く、合算の中央値でほんの5日なんです。育児休業に限ってみると、2020年の男性の育児休業取得率はここ数年でかなり増えたものの、まだほんの12.65%です。

出典:三菱UFJリサーチ&コンサルティング「平成29年度仕事と育児の両立に関する実態把握のための調査研究事業 労働調査 結果の概要」※赤字、赤丸のみpatomatoで追加

 

ライター松倉:男性の育休取得状況はまだまだってことなのですね。

狩野:パパが育休をとらなかった理由も「職場が育児休業を取得しづらい雰囲気だった」、「職場が育児休業を取得しづらい雰囲気だった」、「自分にしかできない仕事や担当している仕事があった」など、どこか消極的ですし、子育てへの「危機的状況だ」と言う認識の薄さから会社に遠慮して自ら身を引いているように感じられます。

三菱UFJリサーチ&コンサルティング「平成29年度仕事と育児の両立に関する実態把握のための調査研究事業 労働調査 結果の概要」より上位結果を抽出しpatomatoでグラフ再作成

 

狩野:私自身も「家事育児は本来男性の仕事ではない」、「やっぱり手伝ってあげると言う感覚がある」と言うパパの声を聞いたことがあります。どこかで「家事育児はやっぱり女性の仕事だ」「ひとりで出来るはず」と思うから、休む必要性を感じていないかもしれません。

エディター平澤:これは、どこからどう改善すべきか……。

お父さんの現状その3:仕方がない

狩野:子どもが生まれたことで「父親として我が子に立派に働く男の背中を見せたい」、「一家の大黒柱だから、子どものためにもっと働かないと!」、「子どもや家族を業績が上がらない言い訳にしたくない」と、今まで以上に仕事モードに入ってしまうお父さんもいます。

ライター松倉:うちの夫も一時期、その仕事モードになっていました。

狩野:子どもが増えたぶん、今までより確実にお金が必要になるし、収入を得る責任は放棄できない。共働きだったらお母さんの収入が減るか、丸々なくなる可能性もある。だからこそその姿勢を否定はできませんし、男性の育児参加に理解が薄い職場だと、育休も取りづらくなり「仕事だから仕方ない」と言いたくなってしまう。でも「仕方がない」と言うのは、激しい環境変化の中で育児に奮闘しているお母さんにとっては冷たく感じるし、家事育児自体を軽く見ていると思われてしまう可能性もある。

エディター平澤:時間がない、必要ない、仕方がない、これが狩野さんの言う男性の3つの「ない現実」ですね。

狩野:そうです。子どもが生まれ、家事育児の必要時間と労力が圧倒的に増えるのに、それを背負うのは満身創痍のお母さんと、各所から板挟みで疲労困憊のお父さんの2人だけ。そしてそんな2人のキャパシティーが限界を超えたとき、お互いの環境変化に気づかないまま相手への苛立ちがつのりお母さんは「なんで大変さをわかってくれないの?」、「なぜ、あなたは変わらないの?」と思い、お父さんは「俺だって必死で頑張っているんだ!」となる。このすれ違いが「子育てがしんどい」の原因のひとつであり、日本の育児の現状です。

ライター松倉:まさに無理ゲーと言う感じですね。

環境変化の差が広がり、パパへの不信感は嫌悪感へ

エディター平澤:ママとパパの環境変化の実態とその差が広がる理由は分かりましたが、それは時間の経過や子育てに慣れてきときに自然と解消されることはないのでしょうか?

狩野:産後1〜2年目の大変な育児期が過ぎ去ったとしても、もしその時期に夫と協力し合えていないと、その時に抱いた不信感は消えません。パパが孤独を感じているママの状態に気づかず歩み寄る姿勢をなかなか見せないと「言ってもわかってもらえないんだ」と不信感が募ります。そしてさらに差が開くと「そもそもこんな人に分かってもらおうと思ったのが間違いだった」という嫌悪感へ。

ライター松倉:それは、夫婦関係として致命的ですね。

狩野:とはいえ歩み寄りと言っても難しく、お父さんが労るつもりで「無理しないで休んだら?」と声をかけても、それだけでママは休めませんよね。「口先でそう言われたって、その間の家事育児はどうすりゃいいのよ?」となる。

ライター松倉:「無理するな」なんて言われても、「お前が言うな!」って思ってしまいそう(笑)。

狩野:そもそもママには、パパの何気ない日常が特権階級に見えてしまうんです。赤ちゃんのケアに生活のすべてを持っていかれているママからしたら、自分のペースでご飯を食べ、トイレへ行き、新聞を読んだり仕事するという、パパにとって当たり前の日常が文字通り「特権階級」レベルです。そんな人から「手抜きしたら?」と言われても、ママは「あなたは蚊帳の外なの?」と一層孤独感が強まってしまう。イラストにするとこんな状況です。

イラスト提供『ふたりは同時に親になる 産後の「ずれ」の処方箋』

エディター平澤:なるほど……。しかし、ママの大変さを知ってもらえれば、パパたちの意識も変化しそうですよね。

狩野:そう、パパが普通に生活をするだけで「冷たくて無神経で非協力的な人」認定されるのは困ります。しかし、少しでもママの大変さの原因が分かれば対策が建てられるはずですよね。

エディター平澤:では、次回その解決策について考えていきましょう。