SNSが浸透し、YouTubeやTiktokといった動画で世界中の指導方法が見られる。指導においては指導者が一方的にまくしたてる、やらせる時代ではない。
大きな変化が起きる中で現場で選手を預かってきた指導者は何を感じているのか。
今回はこのうねりの中で平石洋介さんが感じていることを聞いた。
昨夏大きなニュースとなった広陵高校の出場辞退や、PL学園時代との違い……どうする?指導者。
この時代に野球をやりたかったという本音
甲子園が終わり、高校野球は新たな学年がスタート。プロ野球も順位争いが佳境に入っています。
僕はと言えば、プロ野球の解説や、ありがたいことに台湾リーグの台鋼ホークスさんに、毎月のようにお声がけをいただき指導をさせてもらっています。
同じ野球と言っても、日本のプロ野球と高校野球は違った魅力がありますし、それは台湾も同じ。
それぞれの野球にそれぞれの個性・歴史があって、その特徴を活かしながら、新たな理論ややり方にも挑戦しようとする変化への貪欲さを感じています。
いい時代だな、と思います。いろんな情報があって、昔は分からなかったこと、方法、環境が揃っている。
本音を言えば、僕自身もこの時代に野球をやってみたかったという思いがあります。僕たちの時代は、感覚が重視される指導法が主流でした。
結果を出している選手たちが「こうやって打っています」と話した(理論やデータではない)感覚が、指導現場にまで落とし込まれていました。
「バットは上から下に出せ」という理論は、まさにその結果を出している人たちの「感覚」が市民権を得た「打ち方」だったと思います。
よくお話させてもらっていますが日本が誇る最高のバッターのひとりである王貞治さんは「バットは上から下に出すイメージ」とおっしゃり、その素振り動画は今でも目にすることがあります。
けれど、王さんの実際の打席を見ると「上から下に」バットを出していることはありません。もしかするとまったく逆の、下から上に出しているようにすら見えます。
「上から下に」はあくまで王さんの感覚であり、下から「出すぎる」ことを防ぐための練習として取り組まれたものだったのだと思います。
けれどこうした感覚は、唯一の正解のように広がっていきます。
結果的に昔は、どの選手も同じ打ち方、投げ方、守り方のなかで戦っていました。
翻って、現代は「実際の動き」から指導が行われます。選手によって体形、柔軟性、性格といった特徴に違いがあります。みんなが同じ動きをするわけでも、できるわけでもありません。
その特徴に合わせてたくさんある理論の中から、最適なものを探していく。これが指導者の役割になるでしょう。
学生時代、色んなプロの選手のスイングを見て「誰も上から下に振っていないんじゃないか」と、試行錯誤を繰り返した僕にとっては、「感覚」だけではなく「実際の動き」から導かれた理論の数々を知った中で野球ができたら……なんて思うわけです。
とはいえ、それゆえ難しい時代だな、とも思います。指導者はいろんな理論を学ぶことが欠かせなくなります。そして選手の資質も、社会的環境も大きく変わっています。
その点で高校野球はとても示唆的な立場にあると思います。
今大会もDH制やビデオ検証といった新しいモノが徐々に取り入れられています。一方で過去の伝統を重んじ、何より教育性を大事にしています。何より、野球界にとっては欠かせない一大トーナメントで、日本中で多くの人が注目してくれています。
だからこそ昔と現代が入り混じった中で、指導者はどうあるべきか。編集部からもらった「高校野球と指導者」というテーマを念頭に置きながら、書いてみたいと思います。
広陵高校、PL学園「昔はよかった」のか?
僕はかなり厳しい制約があるなかで高校時代を送っていたと思います。先に書いた通り、現代の野球環境に羨望の思いがありますが、決してその厳しさが悪かった、とは思っていません。
ありきたりではありますが、現代にも昔にもいいところも、悪いところもあると思っています。
けれど、高校野球とその指導者を取り巻く環境を見ると、いつも“どっちか”に偏った形で指摘され、賛否を呼んでいるように感じています。
例えば、今の若い選手は(子どもは)甘い、といった主張はよく聞かれます。「昔はもっと厳しい環境で鍛え抜かれたものだ」「それこそが高校野球だった」といった考えや指導方法で、今も一定の支持を受けているようです。
言いたいことはわかります。けれど現代を知った今、昔を振り返って「あの時に戻るべきだ」という論調に賛同はしづらいところがあります。
昨年、広島県の名門高校・広陵高校が甲子園2回戦を前に辞退するという出来事がありました。
事の発端は、部員のひとりが寮のルールを破り、それを指導する先輩部員に暴力的な振る舞いと監督を含めた指導者もその先輩側に立ったこと。当該部員が追い詰められ、転校を余儀なくされた、というものだった、と理解しています。
テレビやSNSなどでも連日、かなりの時間を割いて報道・発信がされ、その多くは広陵高校野球部の体質や中井哲之監督への批判だったように記憶しています。
そして1年が経った8月の初頭、当時の監督である中井先生が、高校を退職されたことをきっかけに会見を開かれました。当時の報道量に比べれば、この会見はほとんど知られていません。
ただその会見を見た僕は、野球人として指導者として、そしてひとりの子を持つ親として考えさせられることがいろいろとありました。
断っておきますが、この広陵高校の出来事について僕が知っていることはメディア、SNSで言われている以上のものはありません。ですから、この件についてここで僕が意見や感想を書くつもりはありません。当事者同士にしか分からないことがたくさんあるはずで、今の僕の知っていることをもって言葉を発するのは失礼だと思っています。
むしろ考えてみたいのは、本当に「昔は良かった」のか。あるいはその逆の「今のほうが良い」のか、という先にも書いた“どっちか”という捉え方についてです。
僕が高校時代に在籍したPL学園は伝統色の濃い学校でした。
加えて、...