"夏の風物詩"全国高校野球選手権・第108回大会(8/5-8/22)が目前に迫り、各地方では出場権を争い熱戦が繰り広げられている。一方、プロ野球とメジャーリーグはオールスターゲームを終えると、優勝争いの色が濃いシーズン後半戦へと突入する。
そんな野球で盛り上がる夏には、元西武ライオンズ監督・辻発彦さんと2026年プロ野球前半戦を振り返るスペシャルトークイベント「平石洋介の探球論REAL&LIVE」が開催される。今回は、イベント開催を記念して平石洋介の探球論のバックナンバーを特別公開!
1)訃報、「つば九郎」の貢献
2)栗山巧が求めた「データ」
3)平良海馬がこだわったデータとその使いみち
4)データの重要性が高まる中での「感性」の扱い方
5)「配球を読む」にあるバッターの能力
6)配球を読む能力に見る感性とデータ
7)「感性」か「データ」という問いは正しいのか?
訃報、「つば九郎」の貢献
「つば九郎」さんのご逝去のニュースに、とても悲しく、驚いています。
ヤクルト・スワローズのマスコットとしてはもちろん、それにとどまらず、多くの野球ファンを楽しませてくれました。きっと野球を知らなくても「つば九郎」の存在を知っている、という方もいたでしょう。
野球界に携わるものとして、心からの感謝と、ご冥福をお祈り申し上げます。
つば九郎さんのような存在がいかに大切か。このテーマについては改めてまたお話できればと思います。
さて今回のレターは、キャンプ前に話題となったイチローさんの「野球界への警鐘」ともいえる話題についてです。
栗山巧が求めた「データ」
今年(2025年)の1月、日本人として初めてアメリカ野球の殿堂入りを果たされたイチローさんは、データが大きなウエイトを占める今の野球界に対し「感性も大事にしてほしい」と警鐘を鳴らされました。
そこで巻き起こったのが、データか感性か? という議論です。
これはイチローさんだけでなく、僕も含め多くの野球関係者が思案する、日本の野球界(プロ、アマ問わず、です)でも直面している大きな問題です。
僕が楽天に入団した2005年当初、野手個人にとってのデータと言えば、打率や出塁率、長打率、防御率、四死球率といった馴染みのある数字がメインでした。それが今では、長距離ヒッターの貢献度を示すOPS(出塁率+長打率などのセイバーメトリクスのほうが主流になっています。
とはいえ選手の立場でいえば、自分の技術を高める指標もあれば、相手を研究するためのデータも当時からあった、というのが実感です。
2011年に現役を引退し、コーチとなってからは、チームのスコアラーと協力しながら、過去の対戦を分析、対戦するピッチャーの持ち球やその割合といった配球、そのバッターへの傾向について選手に伝えるようにしていました。
また試合中には、データの再確認、あるいはその日の相手や自チームの選手の調子や傾向について、感じたことを伝えます。(ちなみにスコアラーとの分析には癖なども含まれていました。)
そんな中で最近、大きく変化したのはデータの量です。各球団がデータ部門を強化していることから、アナリストたちがより詳細なデータを膨大に用意するようになりました。
もちろん、データ量が増えたことによって選択肢が増えるわけですからチームは助かるし、恩恵を受ける選手もいるでしょう。
僕がコーチをしていた西武で言えば、ベテランの栗山巧選手がそうです。
自分のバッティングをとことん追求するタイプのバッターですから、個人的なデータを多数そろえてもらい、日々、精査していました。クリ(栗山)の研究熱心さはチーム一と言えるでしょう。
球団初の2000本安打を達成し、スタメンでの出場機会が減っているなかでも結果を残せるのは、彼の努力はもとより、データと真摯に向き合っていることも間違いないかと思います。
平良海馬がこだわったデータとその使いみち
ピッチャーでは平良海馬選手もそうです。リリーフと先発いずれでも結果を残せている背景にデータを挙げられるでしょう。
平良の場合は、自ら専門家の下で学んでいるだけあって知識が豊富です。
そこから導き出した彼なりの理論に「(一人の打者に対して)すべての球種に偏りがないよう、まんべんなく投げ分けたい」といったものがありました。
「なるほど」と思いつつ、ヘッドコーチの立場からすると悩んだことも事実です。
例えば、彼は155キロを超えるストレートが魅力のピッチャーでもありますから、極端に言えば「ストレート3球」で打ち取れることもあります。あるいは、そのストレートを意識していることで変化球にタイミングが合っていない、という場合もある。
そんなとき「まんべんなく投げる」ことがベースにあると、打ち取る確率の低いボールも投げなければならなくなり、球数が増えてしまうのです。
ただ、平良には自分のスタイルが確立されていますし、何より結果を出してくれていましたから、「球数多いな、今日」と冗談っぽく告げる程度で、彼の考えを尊重していました。
その分、キャッチャーには目を光らせていました。
平良とバッテリーを組むことが多かった古賀悠斗選手には、打ち取るために必要だと思ったら、それを言えるだけの関係性を築いていくんだよ、と伝えていましたし、平良以外にも多くのピッチャーを観察して「相手の考えと自分の想いをちゃんとすり合わせて、いい信頼関係を結んでくれ」というような話は頻繁にしていました。
データの重要性が高まる中での「感性」の扱い方
今回はまず、試合に勝つ=ゲームにおけるデータについて考えてみます。データの活用と現在の議論にはもうひとつ、選手の成長を促すためのデータという視点も欠かせません。それはまた今度。
さて、野球とは駆け引きのスポーツです。だからこそ、感性も大事になります。
例えば、投げたボールに対して、バッターはどのような反応を見せるのか?
その日は自分が想像していたよりもボールが走っていない。いつもなら捉えられているはずの変化球でも抑えられる――相手の動きによって様々な選択肢が生じるわけです。
野球に限らず、スポーツとは生身の人間が行う〝生き物〟ですから、僕としてはそういった現場の一瞬、一瞬の肌感覚は大切にしないと勝ち残っていけないと考えています。
では、「データ」はそこに対立するものなのでしょうか。
確かに「データ」量は増えました。それに伴って選手の考え方も以前より「データ」を根拠にするマインドに変わってきています。その気持ちはじゅうぶん理解できて、自分や相手が「可視化」されるので頼りたくなる。
決して「悪い」ことではないと思います。
気を付けなければいけないのは、散見されるデータ偏重に見える選手たち――つまり、「データがあるから感性をいらない」と考えてしまうことです。
「配球を読む」にあるバッターの能力
最近強く感じていることに、「配球を読んで打つ」タイプのバッターが少なくなっている、というものがあります。
当たり前のことですが「配球」とは、ピッチャーがバッターを打ち取るために駆使するものです。
翻って考えると、バッターは配球がわかっていればピッチャーを打ち崩す可能性は高くなる、ということです。配球を読む必要はここにあります。
そもそもですが、もしどんな球種が来ても打ち返す能力があるバッターなのであれば「配球を読む」必要はありません。
一流の結果を出しているバッターは、そうした能力に近しい技術を身につけていますし、バッターは少しでもその領域に近づこうと日々練習を重ねています。
しかし、実際の試合ではそうはいきません。自身の持った能力に加え、その日のコンディション、調子、相手のそれらを加味してピッチャーに勝負を挑みます。その中に「配球を読む」能力も含まれる。
相手ピッチャーが松坂大輔だったと仮定しましょう。150キロを超えるストレートが持ち味のよう語られますが、そこに加えて「打てない」と思わされたのがスライダーでした。
あの変化量のスライダーをしっかりとコントロールされたらお手上げ。そう思わされるほどです。
ここでバッターはリスクと引き換えに勝負の確率を上げようと試みます。
「スライダーではなく、ストレートを狙おう」。
単純に言ってしまえば「3球スライダーを投げられたら終わり」です(実際は1球ごとにそれを変えることもあります)。
ですからこのリスクを取るのには勇気がいります。そこで重要になるのが「配球を読む」能力、そして「データ」です。
配球を読むとは――【前の打席でストレートに反応できなかった。ならば、ここも初球はストレートがあり得る。ストレート狙い、しっかり振り切ろう】、といった具合に、1球1球、次の球を予測していくことです。
データとは――リスクを負ったときに感じる不安をかき消すものです。【いや、待てよ……でも、前のバッターは1打席目と配球が変わっていたぞ……初球、スライダーがあるかもしれない。いや、他の変化球もあるか……】。そんなとき【松坂大輔の2打席目の初球の入りは80%がストレート】というデータがあれば迷いなく、リスクを負えるのです。
配球を読む能力に見る感性とデータ
データ量が増え、選手のデータへの信頼が増したとき、危うさが残るのはこの「配球を読む」ことができなくなることです。
データでこのカウントならばこの球種、このバッターの弱点はアウトローだからそこだけ打てばいい――メジャーでもこうした指示が徹底され始めています。
しかし、ここに配球を読む能力は必要ありません。
ピッチャーの調子はその日のコンディションや調子といったあらゆる状況のなかで「打ち取るためにベスト」な選択をしてきます。
それに対応するのはグラウンドで感じとるもの――例えば「今日はスライダーの曲がり方が違う」とか「変化球が投げづらそうだぞ?」といった感性が絶対に欠かせません。
もし相手のピッチャーが「変化球が投げづらそう」な状況なのに、「データの指示では変化球」だからとその球を待っていたら……それは勝負しているとはいえないのです。
配球にはもっとたくさんの駆け引きがあります。ストレートを投げさせたいために、変化球はタイミングが合っているような素振りをしたり、思い切って振ってみたり……。
そしてこうした駆け引きを通してバッターは、先の「どんな球種にでも対応できる能力」を身につけている、とも言えます。
「感性」か「データ」という問いは正しいのか?
そもそも論でいえば、数値化されないだけであって、僕からすれば「感性」もデータだと思っています。
アスリートという生き物は、経験というデータを忘れることはありません。失敗に対しる学習を1回ではなく、2回、3回と多く繰り返した末に学んだとしても、体に染みつけば必ずその選手の血肉となる。
僕が指導者となってからそれを体現してくれた選手は数多くいますが、藤田一也選手はデータと感性を的確に使い分けてパフォーマンスを発揮してくれた選手でした。
セカンドでゴールデングラブ賞を3回受賞し「守備の名手」と呼ばれた一也は、データを精査したコーチから「一、二塁間に打球が飛ぶことが多い」と指示を受ければ、もちろん従います。
しかし、セカンドはキャッチャーのサインからピッチャーの投げるコースなども見えるポジションなので、「内角に構えたからセカンドベース寄りに守ったほうがいい」といったように、瞬時に判断して動いていました。一也はよく、ライト付近まで守備位置を下げるなど大体なポジショニングを取り、ことごとく好守を見せてくれましたが、それは彼の経験の蓄積があったからです。
バッターなら、西武の中村剛也選手も感性を大事にしている選手ではないかと思います。
ホームラン王を6回も獲得しているサンペイ(中村)は、経験則に基づいた対応をする打席が多い。打ち取られるリスクを承知の上で初球からスライダー1本に絞り、「それ以外ならこめんなさい」といった潔さがある。
毎打席、それくらいの勝負をかけているサンペイの姿は、僕からすれば野球を面白くしてくれる存在だと見ています。
データはあらゆる角度から分析し、選手を可視化してくれますが、その時々のメンタル、打席やマウンド、守備位置で何を考えているかなど、選手の感情を数値化してくれません。これからの指導者は、そういった要素もうまく伝えながら選手をいい方向へと導くことを求められてくるのではないかと思います。
野球界の〝データ社会化〟の波は、これからより大きくなっていくでしょう。
僕としては、そうなってしまうことも時代の流れとして受け止めています。
きっと一度は「(数字の)データがすべて」という時代が来るでしょう。そうなったとき、改めて、野球の面白さも含め課題が浮き彫りになるはずです。
きっとそこではやっぱり「感性も尊重していくべき」となるはずです。だから感性は捨てないでほしい。
なんて言ったって感性も経験も、データなのですから。
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