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「いつも笑顔のママでいたい」と思いながらも、子育てと家事や仕事の両立に疲弊し、イライラを爆発させてしまうお母さんお父さんたちへ。社会学者、生物学者、保育のプロなどの専門家にインタビューし、さまざまな角度から子育てがしんどい背景とその解消法を探ります。

 第1回は、愛知学院大学でライフコースと社会階層について研究しており、ご自身も子育てをされている鈴木佳代准教授に社会学的な要因を伺いました。

文=松倉和華子

鈴木佳代さん
愛知学院大学 総合政策部 総合政策学科 准教授

岐阜県出身。北海道大学大学院教育学研究科修士課程修了(2003年)。米国ノースカロライナ大学チャペルヒル校にてMA, PhD(Sociology)取得(2011年)。日本福祉大学健康社会研究センター主任研究員を経て,2014年から愛知学院大学。日本社会学会,社会政策学会,社会福祉学会,日本公衆衛生学会,貧困研究会,American Sociological Association, Population Association of America会員。

 

子育ての不安感を高める3つの社会的原因

エディター平澤:今、日本で子育てをするママたちのイライラの原因について、考えられる社会的な要因を教えてください。

ライター松倉:現在のほうが便利な家電もあるし、ベビーシッターのマッチングサービスなども増えているし、家事育児が楽になっていそうな気がするのですが…。

鈴木佳代准教授(以下:鈴木):総務省の社会生活基本調査のデータで「両親の育児時間」を5年ごとに比較すると、確かに家事時間は減っていますが、その分育児時間は増加しているんです。

総務省 平成28年社会生活基本調査より https://www.stat.go.jp/data/shakai/2016/pdf/youyaku2.pdf

 

ライター松倉:え、そうなんですか!?

鈴木:6歳未満の幼児を育てる親の生活時間に関する分析では、1996〜2016年の間で夫、妻ともに育児時間が増えています。

 夫は18分から49分へ31分増加、妻は2時間43分から3時間45分へ1時間2分増加。

 家事時間は、夫が5分から17分に12分増加、妻は4時間8分から3時間7分に1時間1分の減少。

 ロボット式掃除機や洗濯乾燥機、食洗機など家電の発達やネットスーパーなどにより家事時間は減っていますが、その分育児時間に取られてしまって、結局両親ともに余暇時間は増えていないんです。

エディター平澤:うちも洗濯乾燥機やロボット掃除機がありますが、乾燥機にかけられない服を途中で抜いたり、ロボット掃除機を使うためにおもちゃをしまったり、結局手間はかかりますよね。

鈴木:家事のしんどさの大部分はやるべきことを考え、段取りをつけてそれを修正しつづけるところ。便利になってもその負担が減るわけではありません。日本では、家事・育児時間が母親に偏っており、しかも育児時間がずば抜けて多い傾向があります。

平成30年版 男女共同参画白書より https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/h30/zentai/html/zuhyo/zuhyo01-03-08.html

ライター松倉:うわ、日本は圧倒的に育児時間が長いですね・・・。

鈴木:しかも、日本は家事に求めるクオリティが高い傾向にあります。

 さらに欧米と日本とでは、家族の関係に関する価値観がそもそも違います。欧米では、家族の中心は夫婦と考えるため、夫婦だけの時間を持つことを大切にします。そのために祖父母に預けたり、ベビーシッターを利用したりすることに抵抗がありません。日本はいまだに「子育ては母親がすべきもの」という価値観が強く、外部の人を入れることに抵抗がある人が多い。ベビーシッターや自治体の助成があるファミリーサポートなどの保育サービスも値段が高かったり、準備・手続きが大変だったりと利用するハードルが高いんです。

エディター平澤:たしかに。うちは認証保育園ですが、毎月6万円以上の月謝を払いつつ、さらにベビーシッター代となるとあまり現実的ではないですね・・・。

ライター松倉:家事・育児の負担は昔から変わっていないってことですね。

鈴木:それに加えて、社会環境の変化もあります。ここ数十年で社会が急速に変わった中に、現代の子育てが大変になった理由が大きく3つあると私は考えます。

原因1:少子化などで身近に子ともがいる人が減り、子育てへの手助けや共感が得られにくくなった

原因2:子育てをする親たち、ママたちのライフスタイルが多様化することによる分断

原因3:「子どもの行動を親が常に監督し、責任を取るべき」という社会的風潮の高まり

ライター松倉:共感が得られず、ママ同士にも分断が生じるとは、何が起こっているのでしょう?

原因1:少子化で子育てに共感が得られない

鈴木:まず1つ目の原因ですが、国民生活基礎調査によると、1986年には全体の46%の世帯に子ども(18歳未満)がいたのに対し、2019年には21.7%まで減っています。35年前はほぼ2世帯に1世帯は子どもがいたけれど、今は5世帯に1世帯しかいないのです。

令和元年 国民生活基礎調査より

https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa19/dl/02.pdf

 

 ライター松倉:確かに、うちの集合住宅にも4世帯入っていますが、子どもがいる家庭はうちだけです。

鈴木:加えて祖父母、両親、子どもの三世代で住む三世代同居世帯が減り、核家族の割合が増えています。(1986年は高齢者のいる世帯の三世帯同居率が約45%、2019年は約9%)さらに未婚、非婚率の上昇。現在、数値で言うと男性では4人に1人、女性では5人に1人弱が結婚をしていないことになります。

令和元年 国民生活基礎調査より

https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa19/dl/02.pdf

 鈴木:さらにファミリー向けのマンションに子育て世帯が集中するなど、同じ社会空間の中でも棲み分けが起きています。すると、その分子どもと触れ合う機会のない人が増えます。日常的に子どもの存在を目にしていないので、たまに外で子どもを見かけても共感や思いやりではなく、批判や拒絶が生まれやすくなるんです。

ライター松倉:なるほど。子どもが全然泣き止まない時など、我が子だから耐えられますが、他人だったら「うるさいな」と思う気持ちもわかります…。

鈴木:2軒に1軒子どもがいる時代には、子を持たない周りの大人たちも「子どもが泣いても仕方ない」と捉えていたと思うんです。でも今は、子どもと外出するときも周囲に迷惑にならないよう「静かにさせなくては」とママたちはものすごく神経をすり減らしています。

エディター平澤:“騒音が嫌で保育園の建設に反対”とか“電車の中でベビーカーが邪魔と蹴られた”などのニュースを見て、「子どもが迷惑をかけないようにしないと」という気持ちはすごく感じていましたね。

原因2:ママたちのライフスタイルの多様化による分断

鈴木: 2つ目にママたちのライフスタイルの多様化と、それによる分断が考えられます。

 1970年から1980年代の頃には、子育てをしているママたちは大半が専業主婦でした。そこから徐々に女性の就労率が上がり、1996年時の国民生活基礎調査では、母親が就労している割合は、子どもが0-2歳で21.7%、3-5歳で38.7%。2017年時は、子どもが0−2歳で51.8%、3−5歳で68.9%。この20年で倍増しています。

平成 29 年 国民生活基礎調査より

https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa17/dl/10.pdf

 ライター松倉:それを聞くと「働くママ同士で分かり合えるから子育ても仲良く助け合えるのでは?」と思いますが・・・。

鈴木:そう簡単にいかないのが問題です。働くママと専業主婦の違いだけでなく、フルタイム、パートタイムの違い、また保育園と幼稚園のどちらに預けているか、身近に頼れる人がいる人といない人、さらに収入格差など、選択肢が増えた分だけ、ライフスタイルも多様化しています。

 それにより些細な差でも「この人と私は違う」と互いに思い、ママ同士の中でも分断が起こってしまう。今はSNSが発達しているので、そこから他のママたちや家族の暮らしに優劣を感じたり、他者との違いに繊細になってしまうんです。

ライター松倉:たしかに、同じように育児で悩んでいるママ同士でも、いざとなれば実家に頼れる人と誰にも頼れない人とか、どうしてもっていう時にベビーシッターを頼める人と頼めない人とかで条件が違うので、自分の状況のすべてをオープンにしにくい状況にありますね。

エディター平澤:めっちゃわかる…。愚痴を言うにしても相談するにしても、「この人にこの話題は言える」「この人にこれは話せない」って考えちゃいます。

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 原因3:「子育ての大変さも自己責任」という重圧

鈴木:3つ目は、子育てのあらゆる役割と責任が父と母だけに集中していることだと考えられます。現代社会には結婚しない、子どもを持たないという人も増える中、「その選択肢もある中で自ら“子どもを生み育てる”という選択をしたのだから自分たちですべての責任を取るべきだ」という考えが浸透してきています。

エディター平澤:自己責任論ですね…。「お金がないなら生むな」「望んで生んだんだから文句を言うな」のような。

鈴木:はい。子どもに関することはすべて親の責任、と言う風潮が強くなり、それによって親の負担が増えました。

 例えば今、習い事は親が送り迎えをすることが多いし、子ども同士で遊ぶにも、親同士が連絡先を交換してアポイントをとる。宿題も親が見るのが当たり前です。私たちが子どもの時は、学校終わりに遊ぶ時も勝手に出かけていたし、塾や習い事も自分で通って、宿題も勝手にしていました。

ライター松倉:そうですね。

鈴木:昔の方が子育てに関する考え方が緩かったんです。夕飯を作っている間は子どものことを見ていられない、付きっきりで子どもの相手をするのは無理、という感覚。それが普通でした。子育てへの社会的な期待というのは、社会のありかたによってまったく変わってくるものなんです。

ライター松倉:たしかに今は、子どもの事故や事件があると、「こんなことになるのは親の責任」とすぐ言われてしまうイメージです。

鈴木:今のママたちって「この子育てが正しいし、この子育てしかない」って思ってしまっていると思うんですけど、世界を広い目で見たらいろんな子育ての仕方があるし、日本だって歴史の中で見ればもっと緩かったわけで。現代ほど子どものことばっかり見ている時代はないんではないかと思います。

 日中は仕事をして、それが終わったら急いで子どもを迎えに行き、寝るまで付きっきりで相手をする。そんな中、「子どもがいることで周囲に迷惑をかけないように」と思いながら、誰にも助けてもらえず、愚痴を言うことも許されずに過ごすのは人としてとても大変なことです。

ライター松倉:他のママたちもみんなやっていることだから、大変と思うのは自分の能力が低いのかと思ってしまっていましたが、大変と思っていいんですね。

鈴木:その通りです。