街を歩いていると、不意に耳に入ってくる言葉がある。誰かの会話、カフェのBGM、看板の文字。芸人・鈴木ジェロニモが、日常の中で出会った“ちょっと気になる言葉”に耳をすませて、思考を巡らせます。

渋谷のロイヤルホスト。この連載の第2回でロイヤルホストに行ってロイヤルホストのことを書いてから、ロイヤルホストが生活の選択肢に入るようになってきた。それは私にとって嬉しい。座ってドリンクバー単品を注文する。この、ロイヤルホストでドリンクバー単品を注文するという行為が自分の中で結構怪しいのだけれど、今の自分の心のままに注文したらそうなるからそれを実行に移す。
コーヒーマシンにマグカップをセットしてボタンを押す。出来上がるまでの時間を利用してグラスに氷を蓄える。ドリンクコーナーの端にある透明でうれしい冷蔵庫からオレンジジュースを取り出してなみなみ注ぐ。コーヒーマシンの前に戻る。デジタルな砂時計がちょうど一周し終えるところで、まもなくコーヒーが出来上がる。よしよし。地球まるごと躾けたようなおおきな気持ちになって、マグカップとグラスを両手に席に戻る。
「整形しなきゃなー」。後ろから聞こえる。んっ、と思って半分くらい振り返る。私の意識が私の視界に登場した人物を状況のように把握しようとする。私より若い、10代後半か20代前半の女性2人組の後ろ姿、と思う。前を歩く1人を後ろの1人が急がずに追うような位置関係。服装はスタイリッシュかつボヘミアンというか、裾に向かって広がるデニムとTシャツ。銀色の装飾品とパーマのロングヘアがするどさとやわらかさを両立させている。
前を歩く1人が言ったのだと思う。「整形しなきゃなー」。しんどいことを打ち明けるとか何かに急かされているとかの印象ではない。宿題が残っていて、やりたいやりたくないに関わらずコミュニティにおける自身の体裁を保つには締め切りまでに提出した方がよいと思っていて呼吸のついでに声が出た、くらいの感じ。後ろを歩く1人も、んー、といった様子で肯定も否定もなく、そうであると自然に受け止めているように見える。
整形。私は私の身体に関して、整形を「しなきゃ」の温度感で捉えたことがなかった。人前に出る生き方を選んでいる割に容姿に関して無頓着すぎるのかもしれないけれど、自分の身体や容姿については、やることやってます、と開き直っているのだと思う。私の認識としては「やること」のその先に整形が位置付けられているのだけれど、2人にとっては、もしくは先を歩いた1人にとっては「やること」の内側に整形が含まれているのかもしれない。私は整形について分からない。だからまず知りたい。「整形しなきゃなー」の気持ちは私にとっての何なのだろう。


【次回更新は5月24日(土)正午予定】

プロダクション人力舎所属。R-1グランプリ2023、ABCお笑いグランプリ2024で準決勝進出。第4回・第5回笹井宏之賞、第65回短歌研究新人賞で最終選考。第1回粘菌歌会賞を受賞。YouTubeに投稿した「説明」の動画が注目され、2024年に初著書『水道水の味を説明する』(ナナロク社)を刊行。文芸誌でエッセイ掲載、ラジオ番組ナビゲーター、舞台出演など、多岐にわたり活躍。>>詳細

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芸人・鈴木ジェロニモが、“ちょっと気になる言葉”に耳をすませて、思考を巡らせるエッセイ連載。(毎週土曜 昼12時更新)
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「渋谷はね、もう全部ありすぎて、ない。」——駅ですれ違った高校生 |
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